#30 老竜
夜明け──4人は早朝から火を囲んで向かい合い、同じ鍋を突いていた。
「いよいよね。この後山頂へ行き、そこで竜王と決戦よ」
「待ってたぜ。この時をよ。ここまでこれたのは、間違いなくお前らのおかげだ。兄妹揃って礼を言おう」
「ああ。思い残す事はない。竜王に挑めるんだからな。勝っても負けても英雄だ。ま、あたしは負けるつもりはないけどね」
「ここまで来たら勝ちましょう。私も全力を尽くします」
装備を整え、山の頂を目指す一行。断崖絶壁を登り、未踏の地へと足を運ぶのであった。
崖を登りきったイルマが目にしたのは、岩肌に囲まれた開けた空間であった。
「ここは……」
「霧がすごいわね。まるで天然のカーテンだわ」
「岩に囲まれた開けた平地……いかにも何かいやがるって感じの場所だな」
「どっからでもかかってきな竜王。あたしの槍を食らわせてやる」
辺りを包み込む妙な静けさ。そんな形容し難い空気に、イルマはシルフィリア城の謁見の間に近い異様な圧迫感を感じていた。
「いつどこから襲ってくるか分かりません。慎重に行動しましょう」
「ん? オイ、なんだありゃ?」
ガドムが指差す方向──岩肌を背に、横たわるように朽ちているニールの形をしたものがあった。
「ニールの死体か?」
「骨と皮だけ。まるでミイラですね……見てみましょう」
一行はニールの遺骸に近付く。そのニールは赤い鱗を持つが、グレッドニールより遥かに巨大であった。
角や牙には年季が刻まれており、鼻先やアギトから生える白髭から、このニールが相当の年齢を重ねているのが伺える。
「角は立派ですけど、苔も生えてるしヒビも入ってます。老いて死んでしまったニールのようですね」
「どんだけ生きたらこんだけヨボヨボになるんだ? 老いて死ぬとはいい身分だな」
ガドムがニールの顔のそばでしゃがむと、突然その瞳が開眼する。
「何!?」
「嘘、生きて……!?」
ボロボロになった翼を動かし、その竜はゆっくりと起き上がった。
「くぁ……ああ、よく寝たわい」
大きな口を開けて欠伸をし、翼の先端で髭を撫でる巨大な老竜。その垂れ下がった瞳はイルマらに向けられた。
「ぬおおぉ!? 何故こんな所に人が!?」
「え? なんかすごいビックリしてる……」
「ほっほう! め〜んこいオナゴじゃのお! ついにワシにも、黄泉の国から使者が参ったのかの?」
「え?」
「オイ、ニールのジジイ。竜王はどこだ? この山頂に奴が住んでいるはずだ。俺達は竜王をブチ殺しに来たんだよ!」
「はっはっは! こっちはえらく生意気な小僧じゃの──きさんが探してるニールなら目の前におるぞ。ワシが竜王じゃ」
喋喋しく笑う老竜は、向けられたガドムの斧に臆する事なくその問いに答える。その返答に全員が目を丸くしていた。
「え……」
「なん、だと……!? 嘘つくんじゃねえ!」
「嘘なんぞつかん。名こそ惜しけれ──この竜王、虚言を吐くほど耄碌しておらんよ」
「其奴の言っている事は本当だぞ岩虫」
突如として上空から声が降り注ぐ。その銀色の影は、並び立つ岩の1つに足を据える。
「てめえは昨日のアルゲニール……!」
「あらあら。何をしに来たのかしら」
「いや、行く末を見守ろうと思ってな。なんだ、まだ死んでおらんのか偽りの王よ」
「はっはっは。そう焦るな銀色小僧。ワシと戯れたいのなら、後で付き合おうぞ」
「……まるで岩虫共を倒した後に、我に勝つような口ぶりだな。その傲慢な喉、今すぐ食らってやりたいが……勝負は岩虫に託したからな。我は暫し見物させてもらおう」
「あ、どこ行くんだ!」
「気をつけろ岩虫。この旧き王は案外強かだぞ」
アルゲニールは翼を広げて、天高く舞い上がって行った──目の前にいるのが、竜王だという真実を残して。
沈黙の後、ガドムは斧の柄を握り歯を食いしばった。
「あり得ねえ……俺達が目指してた王が、こんな死ぬ寸前のジジイだと!? ふざけんじゃねえ!」
「ガドム……」
「認めてたまるか! さっさと竜王を出しやがれ! てめえは、竜王は……竜王はもっと……!」
やり場のない怒りに斧を構えるガドム。憎しみの眼で老竜を睨むが、その下唇は微かに震えていた。
「……ワシの言葉を是と捉えるかはきさん次第だ。が、いくら嘆いても事実は揺るがぬ。真は真。竜王かと問われれば、ワシはそうだと頷く他ない」
「……っ!」
「天をも穿く程に巨大で、威光溢れる王を想像しておったのか? 生憎だがそれは遥か昔の話。老いの前では、ニールも存外脆きものよ」
「こんなの……こんなのまるで……!」
「介錯とでも言いたいのか? 小僧」
「カイシャク……?」
「命消え行く者の首を刎ねるという事だ。先程、ワシを殺すと言っていたが仇討ちか? そうか……代わりではないが、ワシは種を束ねる竜の王。正々堂々の果たし合いが望みとならば、受けて立とうぞ?」
老竜は立ち上がってガドムを見下ろす──刹那ガドムが感じたのは全身が震えるような威圧感。
老いた風貌は鋭く影を帯び、その細き身体は山のように。そんな抗えぬ殺意による幻は、ガドムの心を一瞬で恐怖に陥れた。
「フッ、戯れよ。驚かせてすまなんだ」
「な、あっ……」
老竜が深く息を吐くと、その大気を震わせるような殺気は露と消える。
ガドムの目に映っているのは、元の痩せ細った老いたニールであった。
「この山を己が土地とし、一所懸命に今まで生きてきた。しかしそれも間もなく終わりを迎える。全く数奇な道を歩んできたものよ」
「はいは〜い、おじいちゃん質問〜♡」
「ムホッ、こりゃまた淫靡なオナゴじゃのお。なんじゃい? 小娘」
「あなたが死んだら、竜化の呪いはどうなるのかしら?」
「残念ながらワシが死んでも、呪いは消える事はない。竜王が死ねば呪いは浄化されるが、竜王は死なんのだ」
「え? どういう事ですか?」
「竜王とは、継承されゆく篝火のようなものなのじゃよ。当代の竜王が死ねば、別の者が次の竜王に選ばれる。この竜王の血炎が尽きぬ限り、お前達の呪いも消える事はない」
「な……」
遠い目で空を見上げる老竜。イルマは驚愕の事実にただ唖然。
ガドムは暫く俯いていたが、意を決したように斧を再び構える。
「じゃあ何か? ようはてめえを殺せば、呪いがなくなるって事か?」
「そう聞こえたのならばその頭、余程足りぬと見た」
「何!?」
「言ったであろう。ワシが死ねば次の竜王が選ばれるだけ。そしてもう1つ教えておこう……竜王の血は、それを浴びた者に強く依存するのだ。血はその者に惹かれ、次の依代となる」
「どういう事だ! 分かるように言いやがれ!」
「ワシを殺せば、次の竜王はきさんになるという事じゃ」
その言葉に全員が驚く。この時イルマの脳裏に一瞬浮かんだのは、あまりにも先を見通しすぎている結論であった。
「あれ、何か……頭に……」
しかしその浮かび上がっていた言葉は、目の前の事実を受け入れる間に、忘却の彼方へと消え去っていった。
「てめえを殺したら次の竜王に……? 何だよそれ! 意味分かんねえよ! なんで竜王を殺したら、また竜王が生まれるんだよ!」
「それが因果というものじゃ小僧」
「じゃあどうやったら呪いは消えるんだ?」
今まで沈黙していたヨラムが口を開く。老竜は一呼吸置いてその問いに応えた。
「──1つだけ方法がある」
「あるのか? 教えてくれ」
「この竜王の血が最大に燃え盛る時、一撃のもとに葬るのじゃ。そうすればこの呪いは消え去るだろう」
「最大に燃え盛る……?」
「この血は炎なのじゃよ。老いて朽ちるワシに眠るのは小さな火種。逆に、譲渡され間も無い炎は業火そのものじゃ。その火力が高まりし時に、竜王を討ち果たす。それこそが呪いを消し去る唯一の方法よ」
「待って下さいよ。それじゃあ、もう……」
「左様。今のワシにはどうする事も出来ん。呪いを消すならばワシが死に、次の竜王が選ばれるのを待つしかあるまい」
「なん、だと……」
老竜の言葉に、ヨラムはそっと目を閉じて槍を構える。
「なんのつもりじゃ? 小娘」
「私がアンタを殺す。そしたら私が竜王になるんだろ? 好都合じゃないか。竜王になったらそのまま自分で死ねばいい」
「ヨラム!? お前何考えてやがるんだ!」
「無駄じゃよ。煌煌たる竜王の血は御せるものではない。全てを焼き尽くす業火は自我を喰らう。ただ目の前にあるものを破壊し尽くす……その怒りは100年は続くだろう。800年前、ワシがそうであったようにな」
「……!」
「そっちの小娘はもう気付いたようじゃの。ワシも老い先短い……最後に打ち明けて果てるも面白いか」
老竜は首を下ろし、遠い瞳でイルマらをじっと見つめる。
「ワシはかつて、竜戦士と呼ばれておった者じゃ」
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