#29 竜王が住まう峰
雲を抜けた遥か上空。4人は銀竜の巨大な翼に揺られ、空の旅を楽しんでいた。
「師匠。今、すごい歌いたい曲があるんですが」
「フフ、私も浮かんだけど色々とダメよ〜」
身を寄せ合い、背中の棘に掴まって座る兄弟。複雑な面持ちで天を見上げていた。
「まさかニールの背に乗る事になるとはなあ。老い先短えとはいえ、こんな経験していいのかね」
「兄貴……あたし、雲の奥がこんな眩しいなんて知らなかったよ。竜王を倒したらこの雲も晴れるのかな」
「さあな。最期にそんなのが見れるといいが。もう少し寿命があれば、ニール共を滅ぼす事が出来るんだけどな」
兄弟の言葉に、飛翔する銀竜は高らかに笑う。
「我の背に乗りながらニールを滅ぼす算段か。中々に愉快な岩虫だ」
「言っとくがテメエも範囲内だぞクソニール。竜王を倒した後はお前だ」
「種族に対する私怨か? 個と衆を同一とするとは不合理な……狭き視野は進化無き生命の証だぞ岩虫。まあ、それでも己が信念を貫き通すというなら、喜んで食らってやるがな」
「ケッ、言ってろトカゲ野郎。そん時ぁ、腹の中から思いっきり切り裂いてやるからよ」
「フッ、楽しみにしておるぞ……そら、頂上が見えてきたぞ」
地上の町は最早視認不可能。霊峰は遥か上空を貫き、山の頂は霞がかっていた。
霧に包まれた竜王峰の頂上付近は、生命の息吹は感じられず、神秘的な雰囲気を醸し出していた。
「不思議な感覚ですね……まるで仙人が住む天界みたいです。オーラというか、引き込まれそうな恐怖感もあります」
「そうね。ラストダンジョンだし、気を引き締めていきましょ」
「我の案内はここまでだ。後は見守らせてもらうぞ。小さき岩虫共よ……己が闘志を燃やし、世界の運命を覆す事を期待している」
銀竜アルゲニールはイルマ達を背から降ろすと、翼を広げて雲の中へと消えていった。
「……さ、竜王対峙は明日にして、今日はここで休みましょうか」
「え? もう行かないんですか?」
「そうだぜ。身体が温まってる内に、奴をぶっ殺しちまおう」
「ダーメ。皆さっきの戦いで思ったより消耗しているのよ。相手は世界最高のニール……万全を期すのが一番。今日はもう寝ましょう」
3人はエロシェの言葉に従って休息を得る事に。簡易テントを展開し、キャンプを設営する。
岩貝のディナーを堪能し終えた後、夜風に当たろうと辺りを歩くイルマの頭上。岩山の上で何か独り言を呟くエロシェの姿があった。
「あれは師匠? 誰かと会話しているのかな」
「オイ、何してんだ?」
「あ、2人共……ううん、なんでもない。そっちこそどうしたの?」
「いや、別になんでも──」
「ああぁ……っ!」
ガドムの隣にいたヨラムが突然倒れ込む。苦しそうに息を乱し、背中を押さえようと必死に手を後へやる。
「ヨラム!?」
「ど、どうしたの!?」
「背中が……熱い……!」
「なんだと? お前さっきの傷が……」
「嘘! だって私が完璧に治療したはず──」
イルマの頬に冷や汗がつたる。ヨラムの服を脱がし、その背中を露出させる。
「こりゃあ……」
「ひどい……! どうして!?」
ヨラムの背中にはビッシリと真紅の鱗が張り付いていた。
そっと背中に触るイルマだったが、その感触に驚いてすぐに手を引っ込める。鱗は火傷しそうな程に熱を帯びていたのだ。
「な、何よこれ……! 待ってて、今私が助ける。慈愛──」
「やめろイルマ。これは病や怪我なんかじゃねえ」
「え?」
「これは呪いだ。俺等に流れるのは身を焦がす竜の血」
「……!」
イルマは自らの記憶を必死に探る。研修時に見たコメットの資料──そこには、竜人は寿命が近くなると体に鱗が浮き上がると書かれていた。
「お前も知ってるだろ? この竜血の呪いを。これは死んでも抗えねえ絶対の掟だ。全く……兄より先に逝くなんざなってねえなヨラム」
「はぁ、はぁ……まだ死んでないよクソ兄貴……竜王の首を貫くまでは、あたしは死ねない……!」
「……」
「さっさと寝ちまおうぜ。これ以上起きて体力消耗すると、ヨラムが明日には冷たくなってるかもしれねえ」
「言ってろ……ふぅ、私はもう寝るよ……」
呼吸を整え、足をふらつかせながらも、岩肌に手をついてテントへと戻って行くヨラム。
「彼女……人間で言うとまだ15歳くらいだよね。そんな年で戦って、必死に生きて、寿命が無いって自覚するなんて。私だったらどうしてるんだろう。ちょっと考えられないな……」
就寝時間──テント内でぼうっと天井を見つめるイルマ。すぐ横で槍の手入れをしているヨラムに、たまらずに声をかける。
「ヨラム。身体平気?」
「なんともないよ。また表れるだろうけど、その時はその時だ。この血が私を焦がす前に竜王を刈り取って見せるよ」
「そっか……ん、その本は?」
イルマはヨラムの足元に置かれたボロボロの本を指差す。表紙には『竜の戦士』と書かれていた。
「ああ、これはなんというかお守りみたいなもんだよ。小さい頃、兄貴が買ってきてくれた竜戦士の本なんだ」
「竜戦士の……」
「皆は竜戦士を嫌うけど、あたしは好きだ。ニールに立ち向かう姿に何度も勇気を貰えたからね。兄貴と2人で読んでる所見られた時は、親にもボッコボコにされたけどね」
「やっぱ嫌われてるのね……」
「でもそんな叩く手も年々弱くなってさ。強い戦士だったのに、最期はあたし達を庇ってニールに食われたんだ」
「……」
「あたしはなイルマ。守られるだけの存在だった自分が嫌で仕方ないんだ。だから次は私が守ってやるのさ。兄貴にあんたに、他の竜人も……全員だ」
ヨラムはニッと牙を見せると、拳で胸を叩く。
「だから死ぬ前に少しでも多くのニールを倒して、皆を安心させたいんだ。それくらいしか出来ないからな。はは、御大層だろ?」
「……そんな事ないよ。すごい立派だと思う。私なんかより、ずっとずっと……」
「そうか? イルマが何を思って生きてるのかは知らないけど、あたしはあんたがいて助かってるよ。イルマがいなかったら確実に死んでたしね」
「そうかな」
俯くイルマの背中を、強めに叩くヨラム。
「変に気負うんじゃないよ。本人は何もしてないつもりでも、助かってる奴もいるんだ」
「ヨラム……」
「さ、明日に備えてもう寝てしまおう。早く寝とかないと奴に襲われるぞ」
「う、それはやだね。もう寝ようか」
イルマとヨラムは床につき、夜は更けていく。
テントを見下ろす位置の岩山──エロシェはイルマらが眠るテントを見張りながら、小型通信機で会話を続けている。
「──ええ、順調よ。そっちは? ふうん……そう。とりあえずこっちに動きはない。ええ、全くね。前回も無かったんでしょ? 今回も姿は現さないでしょうね」
胡桃色の髪が風に揺られる。
普段は慈母のような穏やかな表情をしているエロシェだが、髪を撫でる彼女の表情は酷く冷たいものであった。
「……分かっているわ。彼らは我々の敵……ひいては地球の敵だからね。今は睨み合いが続いてるけど、いつか必ずぶつかる。相応の覚悟はしてあるつもりよ。ええ……じゃ、またね」
エロシェは通話を終え、頬を撫でる夜風に心地よさを感じながら、虚空を見上げるのであった。




