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#2 東京支店の2人

「あー、怠惰(だる)い」


「あら? マージフさん。お疲れ様です」



 DOIT東京第4支店に、隈が出来た気怠げなスーツ姿の男が入ってくる。

 男はボサボサの頭を掻き上げると、タバコを咥えて客用のソファにドカっと腰掛ける。



「仕事もしないで、どこに行ってたんですか?」


「あァ? いやいや。してるって仕事。悪い奴がいないか、この都心を警備してるんだぜ」


「どこかですか……それ、外回りという名のお散歩ですよね」


「あ、してるじゃん外回り。ほら、このDOITの名札が歩く広告な訳よ」


「今思い付きましたよね? もう……あと髭くらい剃ったらどうですか。その天日干しのワカメみたいな髪型も、接客業の人とは思えませんよ」


「いーじゃんデップみたいでさ。こうして自然体でワイルドさを醸し出してる訳よ」


「いつの時代の人ですか? もうっ、支店長なんだからしっかりして下さいよう」



 男の首に下げられたカードホルダーには、東京第4支店支店長藤間──DOITコード=マージフと書かれていた。

 男は頬を膨らませる女を尻目に、内蔵されたマイクロチップを起動させ、右目から浮かび上がるホログラムのニュースを眺める。



「異世界No.32『エリンガード』が文明レベル4から5にランクアップ……通信機の発明が確認された、か。ちょっと前までは移動手段が馬だった世界なのになァ。初期に発見された異世界は発展が著しいねェ」


「マージフさん。店内禁煙ですよ」



 鼻を摘んで手で煙を払う円依。

 藤間は憚る事なく、自前の携帯灰皿へタバコの灰を落とす。



「営業時間過ぎたろ。齷齪と残業に勤しんでもいい事ないって……よし、というわけで飲みに行こうよ」


「どんな訳ですか。まだ仕事は終わってないですよ。先程見送った方の書類をまとめ、本部に提出しなきゃいけないですから。あとタバコ臭いです」


「残業ォ? 若い内から残業なんてイカンぜ。ワーカホリックになっちゃうぞ」


「もー、残業の原因は藤間さんが仕事しないからなんですよ」



 藤間は首をソファに預けたまま、円依から書類を受け取ると、半仰向けの体勢で書類を流し見る。



「え、マジで。ウチで転生(リン)出たの? 転生って事は永住(エタ)だよな? こんな辺境のちっせェ場所じゃ、転移旅行(トリフラ)が1日1人来れば大したもんなのに」


「本当ですよ。数刻前にNo.48に旅立たれました」


「へェー、そりゃいい。もう今月はノルマ達成じゃないか? よし景気づけに一杯行こうよ。な?」


「もー、強引すぎますよう」



 上司藤間に半ば無理やり業務を中断され、イルマ──円依香南(かなん)は渋々支店を後にする。

 東京第4支店はこのやる気のない藤間と、入社したばかりの円依の2人だけで運営している零細商店である。



「あーっ、マジでつっかれたぁー! 毎日残業で眠いし、ニコニコしすぎて表情筋もメチャ痛いわ。研修終わった直後にこんな激務だなんて、噂には聞いてたけどハードすぎるっつーの」



 この建物を抜けた途端、円依の様子が一変する。

 着ていた白制服を脱ぎワイシャツ姿になった瞬間、不変の営業スマイルは崩れ険しい顔を見せる。

 制服を肩に担ぎ、藤間の胸ポケットからタバコを盗み取ると、自身もタバコを咥えて煙を接種する。



「……おーおー、切り替えが相変わらずワイルドだァな。マルちゃんタバコ吸える世代だっけ。生涯禁止世代じゃないの?」


「私ギリ合法で吸えますよ。私の3つ下が吸えません。健康増進法クソくらえっすね」


「あー……マルちゃん確か22歳だっけ。いやあ、若いねェ。ピチピチギャルじゃないか」


「おじさん臭いセリフ吐かないで下さい。もう腐臭がしますよそのフレーズ」


「もっと嗅がせる為に、明日からマルちゃん家に住民票移してやろうか。オジサン育児する? 略して育ジする?」


「扶養家族にニコチン依存で仕事しないオッサンいるなんて、ネグレクト待ったなしですね」


「ハハ、よくそんなツラツラと悪口出るなァ。何回聞いても飽きないよ──おっと、着いたぜ」



 雑居ビル群を抜け、東京都中央区画の街中入口にある地下バーで足を止める。

 個室付きの隠れ家バーで、藤間行きつけの店の一つであるが、仕事帰りのいつもの飲み屋街ではない事に、円依は違和感を覚える。



「なんすかここ。こんな小洒落た店、来たことありましたっけ」


「知る人ぞ知る大人の酒飲み場って所でね。蜜月の乾杯にはもってこいだろ?」


「私の事口説こうとしてますかコレ。逢瀬の段階踏んで店で乾杯とか……手法が古すぎっすよ」


「え? でも、マルちゃん彼氏いないでしょ?」


「いないっすけど……うん。ちょっと今日は予定が出来そうな気がするので帰っていいすか?」


「冗談だよ。今回は本部からマルちゃん宛にお達しがあってね。社外秘の機密文書も含まれてるから、少し人目を憚る必要があるんだ」


「まあ、そういう事ならいいですけど」


「よし。んじゃ行こうか」



 藤間はタバコを片付け、その筒状の携帯灰皿をワイシャツから露出していた円依の谷間へと押し込む。



「ちょっと……タバコまだ残ってたじゃないすか」


「あれ、そこツッコむんだ」


「私の台詞ですけど? ソレ」



 扉を開けると、昔ながらの鈴が店内に鳴り響く。統一感のある黒の家具で装飾され、仄暗い淡色の照明が雰囲気を彩っている。

 店内に他の客はおらず、藤間は真っ直ぐカウンターにいる壮年のマスターの元へ向かった。



「おうマスター。いつもの個室頼むよ」


「かしこまりました」


「個室とはまた随分周到ですね。それにいつものって……普段から利用してるんですか?」


「ああ。昼間にフラッと立ち寄る事が多いね。頼めば自動で酒とツマミが出てくるし、便利なんだ」


「へー……昼間に、ね。私が釈迦力と働いてる間、藤間さんはサボって楽しんでるワケっすか。そうですか」



 円依の一言に、仏像のような虚無顔を浮かべ静止する藤間。



「なんとか言ったらどうなんですかね」


「五反田行ったらとりあえずカレー?」


「……そんなカレーが有名なんすか? 五反田って」



 藤間はマスターからカードキーを受け取り、更に地下の部屋へと向かい円依と共に入室する。

 カラオケボックスのような小さな空間に、壁一面のワインボトル。

 ホログラムの注文パネルで頼んだカクテルとウイスキーが、展開した机の底から届けられた。

 2人はそれぞれのグラスを持って乾杯をする。

 防音の壁で閉鎖された個室は、密会には最適な場所だ。



「そういやさ。今日のエタリンどんな人だったの?」


「あ? 責任者さん、守秘義務契約って知ってます?」


「いーじゃん。そーゆー時のこの部屋だぜ。バレなきゃ漏洩にならねーのさ。ここは奢るからさ、ね?」


「……18歳の青年でしたよ。証券会社会長のご子息。現実世界に辟易し異世界へ救いを求める……よくある話です」


「まだワケーのに初回で転生(リン)ねえ……期限付きの旅行(フラ)と違って、永住(エタ)を決めたその人は二度と現れない。これが死刑執行人みてーで嫌だって、鬱で何人もこの仕事辞めてくんだけど。マルちゃんはどう?」


「……私は応援してますけどね。これから異世界に行くぞっていう色んな感情が混じった顔を見てると、後押ししたくなるのは性分です。その人生の分岐点に立ち会えるのは素直に嬉しいですし……やっぱこの仕事は好きです」



 円依は薄く笑うと、グラスに写った自らの瞳を眺める。

 そのまま萌葱色のカクテルを呷ると、ふぅっと一息吐く。



「そっか……そうだな。気持ちを軽くしてやりてェってのは俺も同意見だ」


「そーゆー藤間さんはどうなんです?」


「ハハハ、面接会場の時と逆だな」



 藤間はウイスキーの入ったグラスをカラカラと回すと、一気に飲み干した。



「俺はもっと渡航を楽に見て欲しいだけだ。異世界は悲観的な意見が目立つ。死と同義ってのは否定はしねェ……けど、無限の可能性が広がる場所でもある。もっと楽しむべきなんだよ」


「……そっすね」


「っといけねー。本題に入らねェとな」



 藤間はビジネスバッグからホログラム端末を取り出し、それをテーブルに映し出す。

 文字列が並んだ画面が、空中に浮かび上がる。



「これは……」


「ああ。研修期間が終わって、いよいよマルちゃんにも命令が来たぜ──異世界調査のな」


「調査、ですか……」


「ああ、社長からの直状ってヤツだね。新しく異世界が見つかったから俺と調査に行って来いってよ。場所は第三商業区画……有楽町周辺だな。日時は明日だ」


「入社して半年……いよいよ私にも、通過儀礼の時が巡って来たって事っすね」


「信用されたって事だよ。歩合制な以上、手持ちが増えるのはデカい。異世界のさらなる()()()()が出来るよ。大いなるチャンスだ」


「なんでそんな熱心なんです? あ……自分が楽したいからか」



 蔑みの目で藤間を眺める円依。サボりがちな藤間に対する不信感は、配属数ヶ月にして地の底にあった。



「はぁ……なんでこんな無能な上司の下に付かなきゃならないんだろう私。仕事しないのを度外視すれば、まあまあ良い上司なのが余計に腹立つ」


「んもー、営業時間外の君はトゲトゲしいなあ」



 ヘラヘラとグラスを回す藤間。

 円依は自分に言い聞かせるように改めて口頭で確認する。



「明日、私は異世界に行くんですね。会社の沽券に関わる異世界調査。失敗は許されない……」


「初めての調査で緊張するだろうが、俺がついてるし大丈夫だよ。ほい、乾杯」



 仕事終わりの晩酌を嗜む2人。

 円依は明日への不安を洗い流すように、グラスの液体を飲み干すのであった。

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