#27 色香に寄せられて
霧がかかる明朝。
2つ設置された簡易テントの内の1つから、ガドムが欠伸をしながら顔を出す。
「かぁー、よく寝たぜ。さて、女共のテントは……」
ガドムが女性陣のテントを見ると、中からツヤツヤしたエロシェと、ゲッソリと衰弱したイルマとヨラムが千鳥足で出てきた。
「抱き枕にされ揉みくちゃに……休んだ気がしないです……」
「兄貴……あたしもうお嫁にいけねえ……」
「はぁー楽しかった。やっぱ両手には花ね♡」
「な、なんだぁ?」
十分(?)な睡眠を取って竜王を目指して再び出発する一行。
高地を半日程歩いた所でそれは現れる。
「あれは……竜王峰!」
イルマ達を見下ろすのは黒き火山。
雲をも貫く標高を誇る巨大火山は、地球に存在する山とは比べられない程に雄大であった。
イルマは宙に画面を呼び出し、その山の詳細を確認する。
「竜王峰──竜王が住まう標高3万メートルの火山。我が社が提供する異世界の中でも5本の指に入る高さから、山好きの渡航者達から密かに人気だという……実物を見るのは初めてですよ。近くで見るとこんなおっきいんだ……」
「ホントご立派ねえ。3万メートルなんて、地球だったらほぼ宇宙じゃない?」
「あの、師匠……あれ登るんすか?」
イルマは頂上の見えない竜王峰を見上げ、震える声でおそるおそるエロシェの顔を伺う。
エロシェがにこやかに笑って頷くのを見ると、イルマの視界は全て真っ白になった。
「あと数日であれ登って竜王倒せって……チート使わないと無理っすよそんなん……」
「まあまあ。ゲームの目標は、先が見えないくらいがワクワクするでしょ? それに、あっちの兄妹はやる気みたいよ」
エロシェが指差す方向には、既に山目掛けて全力でダッシュする兄妹が。
雄叫びと共に駆け抜ける背中は、段々と小さくなっていった。
「だああああもうあのバーサーカー兄妹は!」
2人をダッシュで追いかける内に、山の麓に次の町が見えてくる。
速度を落とした兄妹に追いついた頃には、町の入り口へと辿り着いていた。
「かっ、はぁ……ぜえぜえ……久しぶりに……こんな走ったっつーの……おぇ……」
肩で息をするイルマの前に現れたのは、松明で照らされた四角い建築物が軒を連ねる崖の町。
極彩色の絨毯が壁や床に敷き詰められ、半透明の布が天井代わりとなり町全体を覆い尽くしている。
「うわ、すごい……」
バザールの軒先に並べられているのは、宝石や金属といった目移りする程の装飾の数々。
鼻をくすぐるのは香水と香辛料の独特な匂い。
そんなどこかアラビアンな雰囲気漂う夜の町に、イルマは生唾を飲み込む。
「ここは……シルファリスの町?」
イルマは膝に手をついて呼吸を整えながら、立ち上がって辺りを見渡す。
そんなイルマの突き上がった無防備なお尻に、後からやってきたエロシェの手が触れる。
「ひゃい!?」
「通称娼婦の町……よね。竜王峰から一番近い町であり、最果ての町でもある。つまり最後の拠点って事よ」
「……あの、解説しながら堂々とセクハラすんのやめてくれません?」
「今日はここで宿を取って、明日に備えましょう。いよいよラスボスも近いわよ」
兄妹は「武器の手入れをしてくる」と言って別れ、一行は指定した宿屋で後で落ち合う事に。
イルマとエロシェは、食料を買いに大通りを歩く。
「できたての岩貝の燻製だよ! 酒のつまみにどうだい!」
「世にも珍しい竜の香炉だ! ここで逃すと一生見れないものだよ!」
「お兄さ〜ん。酒瓶2本でどう? 私が竜口まで連れてくよ」
意気揚々と客引きを行う大通りの竜人達。
目を合わせれば、即刻手を引かれて捕まるに違いない……イルマはそんな異常な熱気を肌で感じていた。
「す、凄まじい活気ですね。商魂たくましいというか。お香の臭いと相俟って目眩がします。商人に娼婦……この雰囲気は好きなんですけどね」
「竜口ねえ。竜の口は謂わば死の世界への入り口。天国に連れてくって意味かしら? ニュアンス的に天国ってよりは、地獄じゃなあい?」
恰幅の良い商人に混じって客引きしているのは、露出の多い服を纏った女。
手足や角に尻尾……そこかしこに派手なアクセサリーを付けていた。首に下げられた赤い宝石は娼婦の証である。
「性にオープンですね……肉屋の隣に売春宿があるとか、普通じゃ考えられないですよ」
「そう? 食料品店、宿屋、売春宿……生物の欲求を満たせる素晴らしい並びだと思うわよ。徹底的に性をタブー視する地球の既成概念の方がおかしいと思うけど」
「わぁ、正論……」
様々な食料を買い漁り、宿屋へと向かう通りを歩いていた時、それは突然飛び出してくる。
「やあお姉さん達。とっても美人だね。ここら辺じゃ見ない顔だけど行商人かい? 今ならサービスするよ?」
「え?」
2人の通行を塞ぐように現れたのは、1人の若い男の竜人。
薄く透けたレースからは、程よく引き締まった上裸が見え隠れしている。首元からは赤い宝石を輝かせていた。
「男娼……! 性欲が均等な竜人らしい……現実世界じゃセクハラで訴えたら勝てるヤツですね」
「ウフフ、中々可愛い顔してるわね。でもごめんなさい。私達、先を急いでるの」
青年を軽く押し退けて先へと進むエロシェ。
イルマは意外そうな顔でエロシェを見上げる。
「師匠の事だからてっきりついていくのかと……」
「エロスは有事に自ら引き入れるものなの。己が性の海を泳いで、水面を揺蕩う快楽を掴み取る……それが真のエクスタシーよ。気分じゃない時にエロスは、それはもうエロスではないの」
「よ、よく分かんねー……」
「皆エロいのは好きだけど、エロい広告は嫌いでしょ?」
「あ、分かりやすい」
感心した様子で指を鳴らすイルマ。
2人は並んで目的地の食品市へ向かうが、寄ってきたエロスは簡単には引き剥がせない。
青年は2人の後を追い、並走しながら笑顔で接客を続ける。
「まあまあ、とりあえず店に顔出すだけでもいいからさ。今ならマッサージもサービスしとくよ?」
「いえ、あの……」
「僕達竜人の命は短い。だからこそ性を楽しむべきだと思わない? 初回限定って事で半額にしとくからさ。ねえ?」
「えっと……」
「いいよねお姉さん。僕と一緒に子供を──」
イルマの手首を掴んだ刹那であった。
青年はとてつもない殺気を感じて硬直する。
青年の脳裏に浮かんだのは、腹を空かせた竜の鼻息が顔にかかるイメージ──そんな威圧感であった。
周囲を刺すような殺気は、向けられていないイルマでも身震いする程に。
「坊や。ちょっとお姉さんと角に行こうか?」
青年は固まったまま、エロシェに抱えられて裏通りの角へと消えていった。
「淫楽王=淫魔の毒」
固有スキルを発動するエロシェの声が聞こえる。
路地裏がピンク色に光ったその直後……角から現れたのは、白目を剥き痙攣しながら倒れ込む青年と、笑顔で戻ってくるエロシェであった。
「ウフフ。ちょっとオイタが過ぎたわね。イルマちゃんに手を出すのは絶対許さない」
「し、師匠……」
「大丈夫よ。死んではいないわ。多分」
「あぁ……合掌……」
「イルマちゃんにもサキュバスキッス(物理)してあげましょうか♡」
「ひぃ!?」
そんなこんなで買い出しを終えた2人は、町外れの宿屋で待っていた兄妹と合流する。
兄ガドムは少し疲弊していた様子であった。
イルマはそんなガドムに首を傾げる。
「何かあったの?」
「はぁ……客引きだよ客引き。しつけえったらありゃしねえ。人の顔見りゃ兄さん兄さんって……妹なんざ1人で十分だよ」
「あー……なるほど。ていうか、誘いには乗らなかったのね」
「あ? 当たり前だろ。俺にとっての快楽は全て闘争にある。戦い以外の愉悦は知らねえよ」
「あたしもジャラジャラした宝石勧められたよ。戦闘に使えるのかと聞いたら、どいつもこいつも黙りやがって」
「うわぁ……マジでバーサーカーだわこの兄妹」
合流した一行は各々の部屋で食事をする事に。
しかし酒場は小さく狭かったので、集団が部屋を別けて取る事は禁止されていた。
故に4人は同じ部屋で寝る事になる。
1つ屋根の下で共に寝るのかとイルマは少し躊躇したが、酒や料理を手に、お互いの話に花を咲かせ大騒ぎする他の3人を見てどうでもよくなってしまい、思わず苦笑いを浮かべる。
「その内慣れる、か……」
こうして夜遅くまで酒を飲み交わす4人。
明日からの最終決戦に備え、英気を養うのであった。




