#26 命を燃やす戦士
4人は語り合い、昼までひたすら酒を呷る。
この娯楽のない世界では、人々は生の苦しみを忘れる為に酩酊するのが常。
つまみになる話は好みの食事や武具の事。
互いを詮索しないたわいない会話であった。
「へえ、お前医術の心得があるのか。そりゃ貴重だな」
「医術……と言っていいのか分かりませんけど、大抵の傷なら治せると思います」
「なら大人しく医者やってればいいのに、危険を冒して竜王を倒したいだなんてな。ますます気に入った!」
何度目か分からない乾杯を終えた昼下がり。
4名──勇者一行は酒場を後にし、竜王が住まう山へと向けて出発した。
目の前に広がるのは、彼方まで続く険しい山脈。
先人が築いた古い橋を渡り、一行は山をひたすらに登る。
「それで、ガドムさんとヨラムさんは──」
「あーあー、かてえかてえ。さん付けなんていらねえよ。その聖職者みてえな喋り方もやめてくれ」
「……うん、分かった。で、2人はその、やっぱり前に出て戦うタイプなんだよね?」
「おうよ。さっきも言ったが生まれてこの方、この得物を振り下ろす事しか知らねえ」
「あたしもだ。この双槍でニール共を串刺しにしてやる」
武器を手にニヤリと牙を見せる兄妹。
この2人は脳筋だと理解したイルマは、自分は後衛からサポートする事をそっと誓った。
「私も今回だけは前に出るわよ」
「師匠?」
「身体が疼いて仕方ないの。ほら、今の日本って法制度が整いすぎてるじゃない? 基本業務でがんじがらめだし、好き放題暴れられる機会中々ないのよ〜」
「さいですか……」
内なる破壊衝動を抑えつつ舌なめずりをするエロシェに、前を歩いていた兄弟は表情を明るくする。
「そっちのねえちゃんも近接か。長年の経験で、お前の力は凄まじいって分かる。お手並み拝見だな。一緒にニール共をブチ殺そうぜ」
「こんな世界じゃ、女も立派な戦士であるべきだ。あんたはあたしと同じ臭いがするよ」
「ウフフ、ありがと。短い間だけど宜しくね♡」
兄妹と握手を交わすエロシェ。
目をギラつかせ獣のような眼光を放つ3人に、イルマは苦笑いを浮かべる。
「戦士っつーかもう狂戦士ね皆。僧侶狂戦士×3って、どんなパーティーよ……」
イルマが汗を拭って、赤く淀んだ空を見上げた時。イルマの視界に一筋の影が横切った。
「あれは!?」
「あらら、見つかっちゃったわね」
黒い影は急降下し、イルマ達の上空で羽ばたく。
青き鱗で覆われた巨大な竜。
翼の風は地の小岩を散らし、その双眸は捕食者の輝きを放つ。
「ガァァァーッ!!」
「あの青い体は……ブラーグニール! 毒液を吐く危険なニールですよ! ここは慎重に──」
「お、ニールじゃねえか! っしゃあ、ぶっ殺してやるぜ!」
「おうよ兄貴!」
青竜を視認した瞬間、武器を抜いて猪突猛進するバーサーカー兄妹。
「あ、ちょっと!?」
待てが出来ない狂犬2匹に、青竜は容赦なく毒液を飛ばす。
射出された毒は地面を抉り、岩肌をも溶かす……が、兄妹は巧みな身のこなしで毒を躱し、懐に潜り込んで刃を突き刺す。
「ゲギャアァッ!!」
「へっ、見たかトカゲ野郎!」
致命傷とはいかないものの、青竜に傷をつける事に成功した。
「へぇ、やるじゃないあの2人。世界の覇者たるニール相手に臆せず突っ込めるなんて。あの兄妹ホントに強いわよ」
「でもなんだか見てられないというか……危なっかしいです」
「そうね。強いけど、諸刃の剣である事には変わりない」
青竜と攻防を繰り広げる2人。
悶える青竜に勝機を見出した兄ガドムは、欲張って間合いに足を踏み入れた……が、その一瞬の油断が死を招いた。
「何!?」
ガドムに振り下ろされたのは青竜の尾。
腹部を打つ極大のムチは、小さな身体を破壊するには十分な威力であった。
「ぐはァ!?」
鈍い音と共にガドムの身体は吹き飛ばされ、付近の岩へと叩き付けられる。
青竜は追撃の体勢で血塗れのガドムを睨んでいる。
「兄貴!」
ヨラムは兄を助けようと背を見せるが、青竜はその無防備な背中に足爪を振り下ろす。
「ああ、危ない!」
「仕方ないわねえ──」
エロシェは地を蹴って2人の元へ駆けつける。
青竜の爪がヨラムを貫く寸前に、エロシェが両手で爪を押さえる。
地面がひび割れる程に踏み込み、そのまま巨躯の青竜を腕力のみで薙ぎ倒す。
体格差を無視したエロシェの体術に、イルマは唖然とする。
「イルマちゃん。彼らをお願い」
「……! はいっ!」
イルマは瀕死のガドムの元へ急ぎ、固有スキルを使って治癒する。
ガドムは緑色の光に包まれ、跡を残さず傷は完治された。
「な……あんた兄貴に何したんだ!?」
「回復スキルです。今はとにかく下がって──」
「イルマちゃん! そっち行ったわよ!」
「え?」
付近に大きな影がかかる。
見上げると、青竜が翼を広げてこちらに滑空してきていた。
ヨラムの背に再び竜爪が迫る。
イルマは反射的に彼女を引き寄せて、庇う形で前へ踏み出す。
「うわあああぁぁーっ!」
イルマは片手で【セイバー】を作り出し、それを青竜の目に突き刺した。
青竜は断末魔を響かせて悶え、怒り狂ったように毒液を吐き散らす。
が、後ろに控えていたエロシェを一瞥すると、そのまま空の彼方へと消えていった。
「はぁ、はぁ……」
「いい攻撃ねイルマちゃん。生きるか死ぬかの瀬戸際で、攻撃に転じれる生物は強くなるわ」
「が、がむしゃらだったので……守ろうと思ったら、身体が勝手に……」
「……なるほどね」
ヨラムはガドムに肩を貸し、武器を拾い直す。
ガドムは己の腹部を眺め、あるはずの痛みを探して擦る。
「俺は死んじまったのか……?」
「生きてるよクソ兄貴。イルマが助けてくれたのさ」
ガドムは暫く考え込むような顔を浮かべていたが、吹っ切れるように笑うと、イルマの背中を強めに叩く。
「よく分からねえが助かったぜ! お前の力があれば、もしかするかもしれねえな!」
「いてっ……あの、あまり無茶しないでね。私が回復してなかったら今頃──」
「いいんだよ。これが俺等のやり方なのさ。死に損なったら、また次の死に場所を探すだけだ」
「ちょっと!」
言いかけたイルマだが、それをヨラムが制止する。
「安心しなよ。あたしも兄貴も、中途半端な覚悟で戦っちゃいない。黙って殺されるのは御免だからね。全力で戦って全力で死んでやるさ」
「……死ぬのが怖くないの?」
「おう、怖くねえな。まだ死んだ事ねえし」
武器を手に立ち上がり、再び歩みを進める兄妹。
イルマは決して立ち止まらない2人の背中を眺めて、キュッと目を細めるのであった。
「少し休憩にしましょうか。1日中歩きっぱなしだしね」
「さ、賛成……」
山を越えた所でエロシェがそう提案し、一行は山の麓で野宿する事に。
疲労困憊であったイルマは、1人で麓近くの温泉へと足を運んでいた。
エメラルド色に輝く水面と立ち上る湯気。
岩に囲まれた天然の個室温泉に、イルマは吸い寄せられるように入って行く。
「うあぁ〜……気持ぢぃ〜……」
湯船に浸かると同時に、イルマの口から歓喜の声が漏れる。
連続の登山で、こむら返り寸前だった全身の筋肉をゆっくりとほぐす。
「お、泡が。天然のマイクロバブルかな」
「イルマちゃーん♡」
「ぎゃああああああぁぁーっ!?」
泡を覗き込んだ瞬間、水中より現れたエロシェに抱きつかれるイルマ。
「心臓止まるかと思ったっすよ! 師匠いつからそこに!?」
「私はいつでもイルマちゃんの側にいるの。ダメじゃな〜い。1人で遠くに行っちゃ危ないわよ」
「す、すみません……」
「何か悩んでるの?」
エロシェに後ろから抱きつかれ、背中の感触に悶々としながらもイルマはポツリと呟く。
「あの2人は死ぬのが怖くないって言ってました。短い寿命の中で命を燃やす姿を見て……眩しいなって思ったんです。私もああなれたらなって」
「……そうねえ。命を捨てた戦士は何よりも強い。死を恐れない勇気は、どんな敵をも貫く刃となるわ」
「はい……」
「でも死を恐れなすぎるのもダメなのよ。逃げる勇気も時には必要。勝っても生き残らなきゃ意味がないわ。あの2人もそうだけど、イルマちゃんも気を付けなさいね」
「え?」
「フフ、さっきの事自覚はないのね。ああなれたらって言ってたけど、あなたは人の為に簡単に命を投げ出せる。その過剰な優しさがあなたの長所であり短所。いい? ヒーラーが倒れたらパーティーは全滅するのよ」
「……」
エロシェは俯くイルマの肩に手を伸ばし、優しく抱擁する。
「人を助けるなとは言わない。けどもう少し、自分にも慈愛の心を持ってあげてね」
「……はい」
「それにしても──」
「ひゃあ!?」
肩に置かれたエロシェの手が、不意にイルマの胸まで伸びる。
「ちょ、ちょっとどこ触ってんすか!」
「すんごい大きいわよねえ……イルマちゃんのイルマちゃんズは。その細身でこの豊満さは反則よ。ほら、両手から溢れちゃう♡」
「あ、やぁ……ひぃっ!? へ、変な所摘まむなぁ!」
「イルマちゃんに変な所なんて無いわよ。いい事? おっぱいは吸う為だけに存在してるの。将来使う為にも、私がしっかりと調教してあげるわ!」
「やーめーてーくーだーさーいぃぃーっ!!」
エロシェに押し倒されたイルマの悲痛な叫びは、湯気と共に空に消えていった。




