#25 勇者イルマの大冒険
翌朝──ウルセラが階段から降りてくる。
酒場には既に人の気配はなく、マージフただ1人ポツリと朝食を食べているだけだった。
「石の枕に岩のベッド……初めての体験だったが、いい経験になった。今日は立って寝る事にしよう」
「よう、おはようさん」
「む? マージフお前だけか。女性陣はどうした」
「とっくに出かけたよ。修行、1週間は帰ってこないってさ」
コーヒーのようなものを飲み、平たい黒い物を齧りながらそう告げるマージフ。
ウルセラはその言葉に絶句し、肩を落とてしまう。
「なんと……では1週間もイルマに会えないのか。どうやってイルマエネルギーを充電すればよいのだ……!」
「んな事言われてもなァ。ま、彼女と一緒なら心配ない。1週間後、どう昇華するのか楽しみだね」
「ところでそれ……旨いのか?」
「……味のしない煎餅を焦がした感じ」
サラマリードから数十キロ離れた遥か上空──イルマは何故かニールの背に乗っていた。
凄まじい速度で飛行するニールから振り落とされないよう、前にいるエロシェに必死にしがみつき、下を見ては顔を青くしていた。
「し、しし、師匠……一体朝っぱらからどこに行くんですか?」
「うーん、最初の町? 旅立ちの場所ってトコね。あなたにはこれから勇者になってもらう」
「どういう事ですか……?」
「イルマちゃんが世界を救うの。竜王を倒してもらうわ」
「は、はあああああぁぁぁーっ!?」
イルマの悲痛な叫びは突風となって消え去っていく。
突然の命令に、開いた口が塞がらないイルマであった。
「これも修行の内よ。終わったら上位スキルを完全に解放してあげる。期限は1週間ね」
「ちょ、ちょっと待って下さいよ! 私が竜王を倒す!? 世界の親玉を!? 勝てるわけないです! だ、第一私達社員じゃないですか! 世界をめちゃくちゃにできませんよ!」
「大丈夫よ。異世界の多次元適用法は知ってるでしょ? ここは私たち専用の世界だし、調査じゃないんだから好きにしていいの」
「で、でも……」
「仲間を集めていざ竜王退治! ワクワクするでしょ? どうせなら楽しく強くならなくちゃね♡」
イルマは唐突に突きつけられた試練に困惑していたが、何かを決意したかのように頷いて見せる。
「……分かりました。師匠がそう仰るなら、私も全力を尽くします!」
「よく言ったわ。それじゃ、イルマRPGの始まりね!」
エロシェはおもむろにイルマを抱きかかえると、ドラゴンから飛び降りる。
自分の全身を駆け巡る浮遊感に、イルマの口から絶叫が漏れる。
「ぴゃああああああああぁぁぁぁーっ!!」
地面に向かって逆さまに急降下するエロシェ。
岩山に激突する瞬間ピタリと空中で止まり、そのままゆっくり地面へと着地する。
「はーい。最初の町近辺に到着よ〜」
「あば、あばばばばば……」
白目を剥いてうわ言を漏らすイルマだったが、目の前に現れた岩山の町を見てすぐに立ち上がった。
「ここは……?」
「リヴァラドの町……らしいわよ。竜王がいる場所まで歩いて約5日。屈強な冒険者が集う戦士達の町。最適のスタート地点だわ」
「ほ、本当に竜王を倒しに行くんですか……?」
「楽しそうでしょう? 確かに厳しい相手だけど、それは生身での話。上手くスキルを使って攻略してみなさいな。私がついてるから大丈夫よ」
「や、やっぱこの人見かけによらずスパルタだ……」
リヴァラドの町へと入る2人。
中心街にある酒場を目指して、商人達の活気で溢れる中央通りを歩く。
「にしても、昨日の事まだ衝撃なんですけど。師匠、本当に人間じゃないんですか?」
「本当よぉ。イルマちゃんIN9は知ってる?」
「IN9……ハートゼニアですよね。人口の8割を女性が占めていて、その女性達の美しい容姿とある生態により、男性人気がえげつない異世界」
「流石ね。じゃ、その世界の女王も知ってるわよね?」
「ええ。10番以前の異世界の主要人物は、小学生の教材にも出てくる程ですから。レロシェント女王……絶世の美女と謳われるクイーンサキュバスですよね」
「フフ、美女だなんて。なんだか自分の事のように嬉しいわね。あの子、私の孫娘なのよ」
「ま、孫ぉ!?」
「そ。あとハートゼニアの首都を作ったのは私なのよ。まあ、会社都合で私の名は歴史から消えてるけどね」
「ふわぁー……そういえば教科書でちらっと見た気がします。下級サキュバスから成り上がった名も無き伝説の建国女王。まさか師匠がそうだったなんて」
イルマはエロシェの口から出てくる事実に、ただただ驚嘆。
「この事実を知ってるのは上層部の数人だけ。他の人にはお口チャックね」
「DOITについて知らない事ばかりです。世界的企業だし、秘密の1つや2つあるのは想定してましたが……ここまで衝撃的な事実があったなんて。でも、前もそうでしたけどなんで私にその……真実を?」
「……なんでかしらねえ。イルマちゃんはこれから大きくなる。そんな気がしたからよ」
エロシェは含み笑いを見せると、長髪を翻して歩みを進める。
イルマはエロシェの背中を眺めて、大きく深呼吸をした。
「マージフさんも、私は重要な社員になるって言ってたな。期待されてるんだ……しっかりやらなきゃ」
「行くわよ〜イルマちゃん」
「あ、はい!」
2人は中心街の酒場に辿り着く。
岩山を切り開いて作られた酒場に余計な装飾は一切なく、椅子もテーブルも全て岩製の無骨なスタイル。
そんな酒場では様々な武器を背負った竜人達が、酒を片手に酒宴を開いていた。
サラマリードの酒場とはまるで規模が違う空間に、イルマの気分は高揚する。
「わぁ……すごい人だかり。皆ムキムキで強そうですね」
「さ、後は竜王に挑む仲間を見つけるだけよ。いい出会いがあるといいわねえ」
「な、仲間ですか……本当にRPGみたいですね。けど世界を支配する竜王に挑むなんていう、命知らずいるんすかね」
「んー、そこはまあイルマちゃんの人望ね」
「うええ……営業得意じゃないんですけど」
「イルマちゃんの場合、ソリューション営業の方が性に合ってそうね。顧客に寄り添ってニーズを理解し、自社に引き入れればいいのよ」
「ほうほう。つまり竜王を倒したいと強く思っている人を顧客にすればいいと」
「そうね。けど、こういったブルーオーシャンな市場は自社の強みが逆に伝わりにくい。必要に応じてプッシュする必要はあるわよ」
「成る程、流石営業部のトップ……って、あれ? これビジネスじゃなくて酒場で仲間探すだけっすよね?」
エロシェの営業論に小首を傾げるイルマだったが、出会いは突如として訪れる。
「そこの2人、先ほどから聞いていれば竜王に挑むのか?」
振り返ると、軽装の鎧を纏った若い男女がイルマの前に立っていた。
斧を背負った青髪の男と、2本の槍を携えた赤髪の女。輝く鱗と獰猛な牙を覗かせ、引き締まった肉体に刻まれた歴戦の傷……血気盛んな戦士達であった。
「え、ええまあ。そのつもりですけど」
「マジかよ? クックック……久しぶりに聞いたぜ。んな刺激的なセリフはよ。死ぬ気か?」
「死ぬつもりなんてないですよ。これも修行の一環です」
「ハッハッハ! あの竜王を討伐するのが修行だと? その自信は余程の強者か、余程の愚者か。どっちにしろ気に入ったぜ」
男が大笑いして斧の柄を床に打ち付けると、自分を親指で差してニカッと鋭い歯を見せる。
「よし、乗ったぜ! 俺等は兄妹で傭兵をやってるガドムとヨラムってもんだ。この最強の戦士が手を貸してやるぜ!」
「え……いいんですか?」
「親はニール共に食われた。あたし達の寿命も残り少ない……けどこのまま朽ちる訳にはいかない。竜王に必ず一矢報いる」
「死に場所を求めて戦い続けてきた。俺等はお前みたいな勇気ある奴をずっと待ってたんだ。お前に命を預けてえ」
凄絶な身の上を語るガドムとヨラム。
命を燃やさんとする兄妹に、イルマは暫し唖然としていたが、その向けられた拳を見て笑みを溢す。
「……最適な人材が見つかりましたね。私はイルマ。宜しくお願いします」
イルマはガドムの手を取る。
戦士2人が加わり、ここに勇者イルマのパーティーが結成された。




