#24 4人の男女は飲み明かす
辺りが薄暗くなる時刻。
待ち合わせ場所で既に待機していたマージフとウルセラは、エロシェとイルマを静かに待つ。
「遅いな……2人共」
片足の足首のみを持ち上げ、地面を踏み続けるマージフ。
腕を組む手は力んでおり、特殊スーツに大きなシワを作る。
「マージフ、何をイライラしている?」
「2人にじゃなくてタバコだよタバコ! くっそ〜……もう6時間も吸ってないぞ。なんでどこにも売ってないんだチクショウ」
「ああ、紙に火を付けて毒物を吸う嗜好品の事か。こんな貧しい場所じゃ、そういった物は作られる暇がないのかもな」
「……逆だよ。人は貧しい程薬物に縋るもんだ。まともな娯楽も無いからな。死の恐怖を薬物で和らげ、中毒を治せる医者もいない……そしてまた中毒者は増加するっつークソみてェな悪循環さ」
「なるほど。ウィズロスにも中毒効果のある植物は数多存在していた。父上が厳しく取り締まっていたのは、そういう理由か」
「ってそんなヤバいもんじゃなくて、普通にタバコが吸いたいんだ俺は」
「ヤッホ〜!」
遠くからエロシェの間延びした声が聞こえてくる。
大きく手を振るエロシェと、ゲッソリと草臥れた様子のイルマが並んで歩いて来た。
「お、来たなお嬢さん達。マルちゃんすんごいゲッソリしてるけど、どうしたの?」
「急に容赦なくボコボコにされ、手懐けたドラゴンと戦わされて……死ぬって言っても回復出来るでしょって言われて……気付いたらたわわが目の前に……ぐふっ」
半日で酷く衰弱したイルマはその場で倒れ込み、ウルセラは慌ててそれを抱き止める。
「あらら。随分しごかれたみたいね」
「ウフフ、たっぷり搾り取っちゃった♡」
ツヤツヤとした頬を赤らめ、恍惚とした表情を浮かべるエロシェ。
「さーてそれじゃ可愛い子ちゃんたち。報告も兼ねて、そこの酒場で飲み会しましょ〜♡」
イルマとウルセラを両脇に抱え、強引に連れ去るエロシェ。
マージフは自分の背後にある破壊された足だけの像をジッと眺めていた。
「何してんのマージフ。早くしなさいな」
「……へいへい」
4人が入ったのは寂れた大衆酒場。
壁、カウンター、イスにテーブル。
全てが岩で出来たフロアには、仕事を終えた竜人達が既に酒盛りをしていた。
「はい、というワケでカンパ〜イ!」
テーブル席でジョッキを掲げ、火竜酒を呷る4人。一斉に口を拭って深く息を吐いた。
「かァ〜……随分と強い酒だな」
「でも死ぬ程旨いっす。生き返る〜……」
「業火のような熱さが喉を通り抜ける。果実の香りもまた心地良いな。火の化身を冠するに相応しい美酒だ」
4人は業務の話をつまみに、仕事終わりの酒を嗜む。
「で? どうだったのそっちは。特訓は順調か?」
「うっ……」
エロシェは笑顔でイルマの頭を撫でる。
イルマはジョッキを持つ手を震わせて、顔を青くしていた。
「ええ。少しキツめにやってるけど、イルマちゃんは頑張ってるわよ。1週間もすれば免許皆伝って感じ♡」
「そりゃ楽しみだな。こっちも負けてられないぜウル君」
「フフフ、任せよ。余は崇高なるエルフの王族。すぐに適応して見せるさ。イルマとの将来の為にもな」
戸棚にあった本を読みながら不敵に笑うウルセラ。
「てかウル君、さっきから何読んでるんだ?」
「この世界の歴史書さ。中々に興味深いぞ。ここには竜戦士について記述してある。厳正中立な歴史書とは思えん程に貶されているがな」
「竜戦士……あァ、竜界戦争で敗北した勇者だね。世界の破滅を招いた存在として、世界中で忌み嫌われている。さっきの像だってボロボロだったしな」
この古い歴史書には、1本の角と2本の牙のみで戦ったとされる竜戦士の姿が描かれていた。
敗北の英雄に災厄呼びし元凶……竜王と契約し、世界を裏切ったとも書かれており、竜戦士に関する内容は散々なものであった。
「この人だって、世界の命運を背負って努力してたかもしれないのに。負けたらこんな書かれ方して……なんだか可哀想です」
「……いくら目に見えない努力があったとしても、人々にとっては敗北したという事実しか残らない。大衆なんていつだって勝手なもんなんだよ」
マージフはそう吐き捨てるように呟くと、残っていた酒を飲み干す。
歴史書を眺めるマージフの目付きが一瞬とても険しくなったのをイルマは見逃していなかったが、その剣幕に気圧されて言及を躊躇した。
「世界を賭した戦いに負けた竜戦士、か。一体どのような気持ちで戦ってたんだろうな。一介の騎士として聞いてみたいものだ」
「850年前よねえ。日本で言うと鎌倉時代かしら?」
「なんだそんな最近なのか。ならば、まだ当時の生き証人がいるかもしれないな」
「いや、エルフの尺度で語られても……」
ウルセラの言葉に首を横に振るイルマ。
マージフは頬杖を突きながら、皿に並べられた岩貝を口に運ぶ。
「生き証人か。いるにはいるぞ……竜王本人とかな。はっはっは」
「竜王本人? バカな。会話など不可能だろう」
「いや、言葉は交わせるよ。今朝のグレッドニールだって喋ろうと思えば喋れるし」
「何? なら何故言語を発しない?」
「虫と会話する人間なんていないだろ? それと同じさ」
「……なるほど、この世界の構図がよく分かった。支配する側とされる側……ウィズロスと然程変わらんな」
ウルセラは肩を竦めて息を漏らす。
エロシェは歴史書のページを眺め、何かを考えていた。
「竜王ねえ……フフ、それもアリかしら」
「え?」
「さ〜て、明日も特訓よイルマちゃん。早いとこ寝ちゃいましょうか。今日はもうお開きにしましょ」
「酒場の2階が宿屋になっててな。2部屋取ってあるから、先寝てていいぜ」
「よし、では余は就寝するとしよう。イルマ、共に寝るぞ」
「アホか……じゃ、おやすみなさい」
「おう。また明日」
イルマとウルセラは階段を上がって去って行く。
残されたマージフとエロシェは、暫し沈黙したまま酒をひたすらに呷っていた。
「──で? いつまで隠すつもりなのかしら?」
「別に言う必要もないだろ。重要人物とはいえ、マルちゃんもまだ若い。教団の奴らから守る為にも、余計な事は言わない方が安全だ」
「そう。だんまりを決め込むのもいいけど、溜まったものは放出させないと、いずれ身体を蝕む猛毒になるわよ」
「じゃあ俺はとっくに毒人間だな」
「吐き出させてあげましょうか? その毒、私が全部受け止めてあげる」
テーブルに置かれたマージフの腕に、そっと手を添えるエロシェ。
マージフは艶やかな彼女の瞳を一瞥する事もなく、平然とジョッキを傾ける。
「遠慮しとくよ。君とのワンナイトは悪夢を見そうだ」
「……フフ、安売りしてる訳じゃないんだけどね。連れないのは相変わらず……でもそんな所が好きよ♡」
「マルちゃんは優しすぎるからな。そこんとこ上手くフォローしてくれ。んじゃ俺も寝るわ」
マージフは欠伸1つして席を立つ。
エロシェは微笑を浮かべ、ジョッキに入ってる酒を人差し指でかき回す。
「面倒見がいいのね。私たちにはぜ〜んぜん構ってくれないのに。ねえ──SP筆頭、藤間嶺仙さん?」
「……おやすみ」
エロシェの言葉に一瞬立ち止まるが、マージフは背中で挨拶を交わし、そのまま階段を上がっていった。




