#23 2人の女は語り合う
その頃──イルマとエロシェは町外れの遺跡に足を運んでいた。
錆びて朽ちた城跡。
不安定な足場の中、イルマは暗い空を見上げ、エロシェは身体を浮かせて欠伸をする。
「ん〜……さ、イルマちゃん。これで2人きりね♡」
「よ、宜しくお願いしますっ」
「フフ、カタイカタイ。そんなガチガチにしてちゃ、出るものも出ないわよ。もっとリラックスしなさい♡」
「……なんで語彙がいちいちエロいんだろうこの人」
「さーて。それじゃ早速修行といきましょうか」
「修行……! もしかしてこの苛烈な環境のコメットを選んだのって、修行だからですか?」
「その通り。人口も少ないから暴れても大丈夫だしね」
「なるほど……」
「ねえイルマちゃん。1つ聞かせてくれる?」
エロシェは【浮遊】で近付き、イルマの鼻に人差し指を当てる。
「あなたはどうして強くなりたいの?」
「理由……ですか。先の異世界調査で、自分の無力さを思い知ったんです。だからもっと皆の役に立つような強い自分でいたいんです」
「そお。じゃ、どういうのが強さ? 敵をバッタバタと倒して蹂躙したいの?」
「いや、そうじゃないですけど……心の強さといいますか」
「役に立つ事が強さなのかしら? 心の強さなんて、そんなのは人から教わるものじゃないわ。心なんて見えないの。他人の心に縋って生きてちゃ一生成長しない。スキルも然り、ね」
俯くイルマからそっと飛んで離れるエロシェ。
「フフ、詭弁が過ぎたわ。けどま、強さという言葉に縛られすぎるのもよくないの」
「す、すみません……漠然としたイメージしかなくて、見切り発車で師事を頼んでしまって……」
「いいのよ。焦る気持ちも分かるから。さて、まずはあなたの固有スキルをもう一度見てみましょう」
エロシェは空中で端末を操作し、真剣な顔付きで画面を眺める。
「スキル名は慈愛。ステートは民。己と他者の傷を癒す、ね。ホント民でこの強さなんて、とんでもないスキルだわ。心から人を助けたいなんて欲望……可愛すぎて食べたい♡」
「えっ」
「でもそうねえ。確かに身を守るには適さないスキルだわ。要は、あなた1人でも戦えるようになりたいんでしょ?」
「は、はいそうです!」
「フフ、いいわよ。とびきりのオンナにしてあげる♡」
「お願いします! 師匠!」
健気な意欲を見せるイルマに、エロシェはクスリと笑みを溢す。
「私の固有スキル淫楽も、メスに機械に兵器……両性具有の生物とか、そういう相手には一切効果が無いの。その場合はどうするか……対抗策は2つあるわ。イルマちゃんには、その内の1つを教えてアゲル」
「おぉ……是非ご教授を!」
「と言っても、あなたはもう既に持っているわ」
「え?」
「ほら、これよ」
エロシェが人差し指を立てると、指先から青い閃光が迸る。
イルマが先の調査で使用した、馴染みのあるスキルであった。
「それは……【セイバー】?」
「そ。【DOITの加護】よ。職員は基本的に、スキルを使って敵に対処する事が推奨されている」
「スキルを……」
「使い方は無限大よ。けど最初から使えるのは固有スキルと汎用スキルだけ。固有スキルはまだしも、汎用スキルは敵との戦闘は想定していない。マージフから聞いたけど、すごい存在と戦ったんですってね」
「……はい。マージフさんに言われました。私は初めてだし失敗して当然だって。落ち込むのが筋違いなのは分かってます。けど……けどやっぱ、悔しいんです」
「そうね。この先も汎用スキルのまま敵と遭遇すれば、厳しい戦いを強いられるでしょう──だから私が今ここに来たの」
「え?」
エロシェは指から射出していた【セイバー】を、もう片方の手のひらで掻き消す。
「通常、規定数の実績や業務年数……そして筆記試験と実務経験を経てようやく届く特権──それが上位スキル」
両手を合わせ合掌をすると、隙間から紫電が溢れ出す。
ゆっくり両の手のひらを離すと、青い光が棒状に形成されていく。
己が拳から生み出されたそれを掴むと、光は剣の形へと姿を変えた。
「これが上位スキル。【ハイセイバー】よ」
エロシェは宙で身体を捩って、剣状のセイバーを振り下ろす。
弧を描く演舞のような剣撃は、彼女の背後にあった大砲型兵器の異物を両断する。
断面は高温で赤熱しており、その更に奥の壁までも切り裂かれているのが、その凄まじい威力を語っていた。
「すごい……」
「どう? イルマちゃん。上位スキル使いたくない?」
「え、でも……」
「イルマちゃんが望むながら、上位スキルを解放してあげてもいいわ。大丈夫よ。一応最高幹部だし、私にもそれくらいの権限はある」
イルマはエロシェの言葉を聞いた瞬間、背中から熱が這い上がってくるのを感じた。
差し伸べられた千載一遇の好機。
イルマは拳を胸の前で握り大きく頷く。
「か、カッコいいです! めっちゃ使いたいです!」
「フフ、目をキラキラさせちゃって。でも上位スキルはご覧の通り、簡単に生命を破壊する力を持つ。大いなる責任が伴う代物よ。故に簡単には渡せない。それなりの試練を用意させてもらうけど、いいわね?」
「は、はいっ」
「んー、そうねえ。どんな内容がいいかしら」
「あの……気になったんすけど、さっき対抗策って言ってたじゃないですか。もう1つってどんなものなんです?」
イルマの問いに一瞬真顔になるエロシェ。
顎に手を当てて少し考える素振りをすると、イルマには聞こえない声量で呟く。
「──いずれ分かる事でしょうし、今知っておいてもらってもいいかもしれないわね。重要人物だし」
「あの、エロシェさん?」
小首を傾げるイルマに、エロシェは近付いて微笑む。
その妖艶な表情に、イルマはドキリと胸が高鳴ってしまう。
「対抗策は2つあるなんて言ったけど、イルマちゃんは多分出来ないわよ。スキルではなく──本来の能力って事だから」
「本来の……能力?」
「うん。個人が持つ種としての力よ。ま、見せた方が早いわね」
瞳を閉じると、エロシェの髪がフワリと浮く。
足元から黒い影が現れ、それは彼女の身体に纏わり付き、やがて全身を覆った。
その黒い影は突如として膨張して破裂し、影の欠片が舞い散る。それはまるで黒いバラのように。
「はァ〜……!」
黒バラに包まれていたエロシェの身体は外気に晒される。
燃え盛るような緋色の長髪は風に揺られ、透き通った海のような青色の肌は微かに輝く。
人間離れした肌色に、漆黒の羽とハート型の尾。
身体と同化した禍々しくも美しい鎧を纏うエロシェは、まさに悪魔そのものであった。
「久しぶりにこの姿になったわ。いい気持ち♡」
「え、エロシェ……さん?」
「これが私の真の姿よ。私、人間じゃなくてサキュバスなの」
「ええええぇぇーっ!?」
蠱惑的な笑顔を見せるエロシェ。
イルマはひっくり返る勢いで驚嘆の声を上げる。
「人間と似た形してるけど、構造は全く異なるわよ。例えば消化器官がない。入れる穴はあるけど、出す穴が無いの。見たい?」
「いや、いいっす……それよりど、どど、どういう事っすか!?」
「【DOITの加護】はシドが授けた謂わば祝福。私にはサキュバスとしての本来の力が使えるのよ」
「ま、ま、待って下さい! エロシェさん人間じゃないって……え、ホントにそんな事あります? へ? はぁ!?」
「驚きすぎよ。別に大した事じゃないわ。ただ異世界からやって来た生命体が、日本の会社で働いてるだけよ」
唇に指を当てトボけた顔をするエロシェに、イルマは首と手を激しく横に振った。
「いやいやいや十分ビックリ案件ですよ! でぃ、DOITの中に既に異世界人がいたなんて……どんだけ闇深い会社なんすかウチは!」
「フフン……じゃ、もう1つサプライズしてあげる」
エロシェはわざとらしく咳払いをすると、にこやかに告げる。
「SPの中に人間は1人もいないわよ」




