#22 2人の男は語り合う
サラマリードの中心街を練り歩くのは、マージフとウルセラの男2匹。
ウルセラは辺りを見渡しながら、マージフに質問を次々に飛ばしていた。
「マージフ。あれはなんだ?」
「多分食べ物だね。岩にしか見えんが」
「マージフ。この行き交う人々は皆、竜人というワケか?」
「そだよ。てかさっき言ってたろ」
「マージフ。イルマはどこだ?」
「いや、数分前に別れるって言ってたじゃん」
マージフは深く溜息を吐いて、やれやれと首を横に振る。
「はァ、小さい甥っ子と歩いてる気分だ。年なんて推定20倍以上離れてるのに……こういう時の表現で倍なんて初めて使ったぞ俺ァ」
「いやはや素晴らしいなイセカイは。チキュウはとてつもない文明度を誇っていたが、この世界はウィズロスにやや劣ると言ったところか。見聞が広がるというものよ」
破れたツギハギの布で出来た屋台。
塗装が剥がれた岩壁が連なった家々。
スラムを彷彿とさせる大通りだが、竜人の人々はそれぞれ──大声で客寄せする男、大荷物を頭に乗せた女、ボロボロのボールで遊ぶ子供。
皆、逞しく生きていた。
「しっかし研修っつってもなァ……俺もマルちゃんが心配で──まァ、彼女がいるなら万が一でも平気か」
「どうした? マージフ」
「なんでもないよ。ここじゃなんだし、どっか落ち着ける場所行こうか」
2人は街角の酒場へと入る。
岩を削って出来た赤壁の酒場──中は、鍛冶服や鎧を着た竜人達で既に賑わっていた。
マージフは適当に飲み物とツマミを注文し、角の半個室の席に着く。
「さァて王子サマ。何から教えたモンか……」
「マージフ。一つ聞くが、エロシェ女史が先程見せた……スキルと言ったか。あれは余にも扱えるのか? 使おうと思えば今すぐ使えるのか?」
「あァ、そこも話しとかないとか。DOIT社員が使えるスキル【DOITの加護】は、大きく分けて4つある。1つ目は汎用スキル。特殊スーツを着てる社員なら誰でも扱える」
「ほう、それならば余にも使えるという事か」
「そゆこと。2つ目は上位スキル。これは社内試験ってのに合格せんと使えないものだ。その分、便利なものが多いのさ」
「エロシェ女史が見せた【浮遊】と言ったか。確かに便利そうであるな」
「最後が世界に一つだけの固有スキル。これは個人によって内容も強さも千差万別。使い手の欲望を具現化させる……才能と言い換えてもいい。君はまだ使えないよ。正式な手続きが全部済んでないからな」
「むぅ、そうか。まあいずれ分かる事か……ところでマージフ。お前の固有スキルはどんなものなのだ?」
マージフは乾いた笑みを浮かべると、頬杖を突いたまま樽を傾け、中の酒を一気に飲み干す。
「それもいずれ分かるさ。スキルに関してはこんなものか」
「む? 4つあるのであろう? 残りの1つは?」
「あァ……マニュアルにも記載してないモンだが、SPスキルってのが存在する。文字通りSPの7人にしか扱えない特殊スキルでな。ま、今は知る必要ないよ」
「フフ、授かった知識で知ったぞ。頂点に君臨する7人だとか。最高天……その王気溢れる響き、余にこそ相応しい。いつか君臨してみせるぞ」
「ハハ、流石の上昇志向だなァ」
ウルセラが顎に手を添え、不敵に笑った瞬間であった。
突如その緑色の両腕が光り輝き、溢れた光の粒は集束して人の形を成していった。
「んふわぁ〜……よく寝たっ」
「だ、大精霊様!」
光より顕現するは、草花で彩られた際どいドレスを身に纏った手のひらサイズの少女。
深緑色の髪を翻し、テーブルの上で欠伸をする彼女こそ、ウィズロス創世の大精霊シルフィードである。
「おーおー、こりゃ大精霊サマ。お目覚めかい?」
「んあー……ここどこ? 空気きったな……てか、なんなのアンタ達の格好」
2人は事情と経緯をシルフィードに説明する。
彼女は腕を組んで、分かったようにただ黙って頷くばかりであった。
「な〜るほどねえ。ウルセラがDOITの社員になって、今は研修中と……」
「うお、こんだけの説明で伝わったのか? 社員とか研修とかの、言葉の意味も?」
「ハッ、妖を誰だと思ってるのかしら。悠久の歳月を経て積み重ねられた叡智と見識は、万物の道理を解すのよ。元大精霊を舐めないで」
「流石。大精霊サマの年の功ってヤツ?」
シルフィードは羽ばたき、マージフの額を拳で軽く突く。
「こーら。もういい加減大精霊って呼ぶの止めてよね。もう引退したの」
「あ、怒るのそっちなんだ」
「ん? そりゃ年は食ってるわよ。何億歳だと思ってるの?」
「そですか……じゃあなんてお呼びすれば?」
「んー、じゃあシーちゃんで♪」
「うは、また大層砕けた愛称をお望みで」
「全てのエルフの母である大精霊様になんと畏れ多い! せめて、シー様で……」
「うん、いいわよ別に」
「あ、いいんだ」
テーブルに置かれた獣肉を千切り、ウルセラの肩の上でそれを頬張るシルフィード。
「あぐ……ウィズロスも大概だけど、この世界の食べ物も不味いわね。生きるのに背一杯みたいだし、仕方ないのかもしれないけど」
「ウィズロス、か。余は覚悟して世界を飛び出しましたが、郷愁がないと言えば嘘になりますね」
「戻ろうと思えばその内戻れるさ。別に世界が失くなった訳じゃないんだし」
「そこだマージフ。そこに余は疑問を抱いている」
ウルセラは机に前のめりになって、マージフの顔を覗き込む。
「余はまだしも、大せ──シー様がいなくなったウィズロスは大丈夫なのか? 抜け出した手前ではあるが、やってくる者はガッカリするのではないか?」
「あー……そこも説明せんとか。結論だけ言うと、全く影響はない。他の渡航者が向かうウィズロスでは、君もシーちゃんも健在だ」
「そうなのか? ん、一体どういう事なんだそれは」
「異世界ってのは異なる次元を持つ。渡航者ごとに違ってくるから、同じ世界は2つと無いんだよ」
「……?」
頭を傾けて虚無顔を浮かべるウルセラ。
肩に乗っていたシルフィードは、ウルセラの頬を突いて溜息1つ吐く。
「……いいわ。後で妖がみっちりと教えとくから。ね、それじゃ妖もいないウィズロスも存在するの?」
「それはないね。異なる次元とは言っても大筋の世界は絶対不変だ。今頃ウィズロスは、皇帝が大暴れしてるんじゃないかな」
「なるほど。複数の世界を生み出すのは飽くまで渡航者で、世界そのものは元から1つなのね。そして世界は今も尚時が進んでいる、と」
「そゆコト。流石に理解が早いねェ」
シルフィードは頭から煙を出すウルセラからマージフに飛び移り、そのボサボサの頭に乗っかる。
「にしても何千何万も渡航者がいるなら、それだけ世界も生まれる訳でしょ? 管理出来てるの?」
「そこはまァ技術力だよ。けどiゲートも万能じゃない。維持費も管理も大変だよ。異世界をホイホイ設置出来ない理由の1つだね。転生なら管理する必要ないから楽なんだけどね」
「リン?」
「業界用語……会社で使われる隠語だよ。ただの転移者はフラ。永住者はエタ。転生者はリンって呼ぶんだよ。って、ああそうだ。異世界管理について1つだけ例外があった」
「例外?」
「そう。いくら優れた技術でもキャパはある。渡航者ナンバーワンの異世界は、流石に管理しきれなくてね。そこだけ全ての渡航者で世界が共有されてる」
「ん、どゆこと?」
「次元が1つなんだ。その世界だけ他の渡航者と出会うって事。その巨大さ故に、入口も他と違って本社ビルからのみ。ま、海外旅行みたいなもんだよね」
マージフはホログラム画面を展開し、異世界がリスト化されてる項目の1番上のページを開く。
「IN1アースヘブン──約100年前に発見された最初の異世界だ。まさに理想的な異世界であり、旅行に最適と言える。だからこそ、渡航者の比率が大きく偏ってるのが現状だな」
「おお……そこまでの世界なのか。惹かれるものがあるな」
「復活したかい。君もDOIT社員として生きるなら、アースヘブンの知識は必要だぞ。EH基準とか覚えなきゃねェ」
「む、座学か……己が足で知識を得る方が好みだが、お前は余のジョウシだからな。ご教授願おうか?」
「ハハ、真面目だな。いいよ。元よりそのつもりだし、時間も沢山あるからね──」




