#21 淫魔の囁き
「ど、どど、どうしますか!? すっげーカッコいいんですけど、めちゃくちゃ怖いですこれ! 逃げ、逃げるべきでしょうかっ!」
驚き戸惑うイルマと風圧立てないウルセラの前に、エロシェとマージフが庇うように躍り出る。
「奴さんが制空権を握ってる以上、どこ走っても逃げられんよ。ここで追い払うしかねェ」
「うーん……ちょっとこのステップは早すぎるかもね。安心して。可愛い新入社員は私達が守ってあげるから」
赤竜は仰け反り力を溜めると、イルマ達に向かって容赦なく炎を吐き出す。
身を焦がすような灼熱が彼らを襲うが、それはマージフの上位スキル【防壁】によって遮断された。
「おぉ、助かったぞマージフ。褒めて遣わす」
「グレッド色のニール……ね。こっちは守っとくから、そっちは頼みますよSPサマ」
「……フフ、全く意固地ね。いいわ。最近哨戒の仕事ばかりで溜まってたし、スキルを発散するいい機会ね」
エロシェが垂直跳びをすると、その身体は空中に浮かぶ。
腕を組みながら、赤竜と宙で対峙するエロシェ。
滞空時間が長い事に違和感を覚えるイルマだが、すぐに察してマージフに問う。
「マージフさん、あれもスキルですか?」
「んだ。上位スキルの【浮遊】だね。制御ムズイし、あそこまで綺麗には飛べんな俺は」
「ふわぁ、いいなあ上位スキル。私もいつか……」
「マルちゃんならすぐ社内試験の告知来るだろうよ。焦らない焦らない」
「そ、そうですね。私なんて汎用スキルの扱いもままならないし、まずはそこからか」
赤竜とエロシェの睨み合いは続く。
赤竜は困惑していた。
矮小な捕食対象でしかない生物が、自らと同じ視線で立っている事に。
「ガアアアァァァァーッ!!」
赤竜は咆哮し、エロシェに向かって突進する。
空の絶対王者である誇りが、翼持たぬまま宙に浮かぶエロシェの存在を許さなかったのだ。
「フフ、もうギンギンみたいね。それじゃ、お望み通りガッチンコ勝負とイきましょうか」
エロシェは片腕を天高く上げると、目を見開いて高々と叫ぶ。
「淫楽王=淫魔の囁き!」
彼女が固有スキルを発動させる。
淡いピンク色のオーラが辺りを覆い尽くすと、赤竜は速度を落とし、やがてて完全に停止してしまった。
「……終わったな」
「え?」
エロシェを凝視したまま、まるで躾けられた犬のように大人しくなる赤竜。
エロシェは赤竜の鼻を優しく撫でる。
その呆気ない終幕に、イルマとウルセラは呆然と見上げるだけであった。
「一瞬で大人しくなった? あれってもしかして、エロシェさんの固有スキルですか?」
「その通り。スキル名は淫楽。ステートは王の階級だ。生物学的な雄個体を洗脳し、完全に支配下に置く。彼女の抗えぬ性フェロモンの前では、どんなに強い男であろうと勝負にすらならん。別名男殺し……末恐ろしいねェ」
「なんと」
「す、すごい……!」
エロシェは赤竜を山の向こうへ返すと、ややスッキリとした顔付きで、イルマ達の元に帰ってくる。
「はー……気持ちよかった♡」
「全く、何がガチンコ勝負だよ。一方的な洗脳だったぞ」
「フフ。ドンパチしても良かったけど、今はイルマちゃん達の安全が最優先だしね。飛んだついでに町を見つけてきたわ。案内するからついてきて〜」
エロシェは3人を先導し、岩山の方角へと歩いていく。
ウルセラは前を歩くエロシェを凝視しながら、小さく感嘆の声を漏らす。
「戦わずして勝つか。素晴らしい力を持っているな、彼女は」
「そっすね。華やかなスキルというか、エロシェさんらしいというか」
「ま、余はイルマのスキルが1番好きだがな。この世で最も美しく、そして優しい。この余が褒めているのだ。自信を持てイルマ」
「あ、ありがとうございます……」
1時間程山を登ると、やがて小さな町が見えてくる。
切り立った崖を掘って作られた赤岩の町。
賑わっているという程でもないが、チラホラと人影も確認出来る。
「見えてきたわね。人間の集落みたいよ」
「確か町名は……ガイドに聞いたほうが早ェか。ガイドロイド。教えてくれ」
マージフの問いに、ガイドが画面を表示しながら答える。
『はい──ここは旧バハムトリア王国領跡地。サラマリードの町です。大陸の北西に位置する町です』
「む、跡地? 滅びたという事か?」
『仰る通りです。この世界にはいくつかの帝国や王国が存在しておりましたが、竜界戦争後に全て滅ぼされたようです』
「なんと……言われて見れば確かに、遺構らしき痕跡が見え隠れしているな。盛者必衰とは虚しきものよ」
朽ち錆びた遺物を前に、虚しそうな顔で首を振るウルセラ。
「さーて、早速町へ行きたい所だけど、まずは変装しなくちゃね」
「変装とな?」
「ええ。この世界の人類は人の形はしてるけど、角や鱗といったドラゴンの特徴を持つ所謂竜人。私達もそれに肖って見た目を変えた方がいいのよ」
「竜人か……竜の血を引くという事か?」
マージフの疑問に、イルマは少し躊躇しつつも口苦く答える。
「いいえ。彼らは元々私達と変わらない形だった。竜界戦争で負けたせいで、彼らには呪いが掛けられている」
「呪いだと?」
「竜王が撒いた竜化の呪い……竜血の炎は身を焦がす。彼らは30年も生きられないんすよ。そういう呪い」
「30年!? ほんの瞬きの間ではないか……!」
「そうだな。まァ、これが生存競争ってやつさ」
マージフはそう言い放つと、右手を宙に掲げて気怠げにスキルを唱える。
「上位スキル【変身】」
スキルの詠唱が終わると、4人の身体はモザイク調の光に包まれ、その姿を再構築していく。
鹿のような角、尖った耳、顎を覆う鱗。この世界に生きる竜人の姿に変身したのだ。
「わ、これが変身ですか。すごいですね……って、こんなスキルあったんならウィズロスで使えばよかったじゃないですか、マージフさん」
「……」
「忘れてたんすか……」
「イルマ……! その神秘的な姿、森の精霊のように美しい」
慣れない不思議な感覚に、やや興奮気味に体を触るイルマとウルセラ。
「さァて。これからどうするよ?」
「そうね。折角だし2人1組でデートでもしましょうか。私はイルマちゃんの特訓。マージフはウルセラちゃんの研修を行ってきなさいな♡」
「えー、なんかこっちムサくねェ?」
「異議ありだぞエロシェ女史! 2人1組なら余とイルマで──」
「はーい文句言わないの。丁度上司が2人いるんだし、この方が効率的でしょう」
「……マルちゃん気に入ったから独り占めして食いたいだけだろ」
エロシェはにこやかな表情で、隣にいたマージフの横腹を肘で刺突する。
マージフの顔は出目金のように変形し、苦悶の顔を浮かべて膝を地につけた。
「日没になったらまた落ち合いましょ♡」
エロシェの提案でイルマエロシェの特訓組とマージフウルセラの研修組と、2パーティーに別れる事になった。
日没の集合を伝え、町を拠点に各々行動する一行。空は未だ赤く、黒く……淀みきっていた。




