#19 Star Pinnacle
「ん……」
朝──円依は白い部屋で目覚める。眠い目を擦り、ベッドからゆっくりと起き上がる。
そして部屋で電子音が響くと、ホログラムが自動で起動し、合成音声が流れる。
『おはようございます円依様。経過観察から160時間経過いたしました。本日で検査入院期間は満了となります。お疲れ様でした』
「あ、そっか……今日で終わりだ」
『後ほど担当の者がお迎え上がります。準備の程をよろしくお願いいたします。それでは、いってらっしゃいませ』
円依の観察期間──その短いようで長い7日間が終わりを迎える。
朝の支度を済ませ、用意された朝食を食べ終わった時瞬間、まるで見計らっていたようにその扉は開かれた。
「円依さん。お迎えに来たんご」
部屋にやってきたのはスーツを着た女。
銀と漆黒が交差する髪が特徴的であり、顎のラインを覆う特殊なインカムを装着していた。
「……!」
円依はその女を視認した瞬間、言葉を失った。
その風貌にはとても見覚えがあったからだ。
イルマが画面越しに幾度も眺めた存在が、目の前に現れたのだ。
「うっそ。シンアイ……さん?」
「はじめまして。私をご存知でしたか」
「も、勿論! DOITのイメージキャラクターであり、最高天と評されるSPの1人……会社の広告塔として女優や歌手の顔も持ち、様々な分野で活躍する日本を代表するスター! 日本人で知らない人いないと思います……!」
「あざます。改めまして、私の名はシンアイ。親身に寄り添うAIというコンセプト掲げ、日々人類の皆様のお手伝いをしております。以後お見知り置きを」
アンドロイドの女シンアイは、円依に軽くお辞儀をする。
シンアイ──日本を代表する企業DOITのイメージキャラクターであり、社員の頂点であるSPの1人。
このシンギュラリティ社会では、彼女を見ない日はないと言っても過言ではない。
インターネットから文字を取得しており、柔軟な思考回路を持つが故に珍妙な略語を使う。
口調や言葉遣いが不安定なのは御愛嬌だ。
「あ、あの……不躾なお願いなのは承知してるんですが……さ、サインいただけませんか?」
「どぞ」
「え、はやぁっ!? てか字めっちゃ綺麗!」
「精密機械ですから。ちなみにこれでサインは記念すべき10000枚目です。きり番です」
彼女はれっきとしたAI搭載のアンドロイドであるが、見た目は勿論、思考も人間と変わらない最新鋭のAI。
他の追随を許さない人工知能の極致と言える彼女の中身は、社長である獅堂しか知らないブラックボックスである。
「お話がございますので、こちらへどぞ」
「はっ、はい」
緊張した面持ちでシンアイの後にする続く円依。
やがて大きな円卓が中央に置かれた会議室へと案内された。
会議室では先客がいた。
その人影は、円依を見るやいなや、一目散に駆け込んでくる。
「おぉイルマ! 会いたかったぞ!」
「え、ウルさん!?」
駆け寄って円依に抱きつこうとするウルセラ。
本人は両手で押しやってそれを阻止する。
「ちょ、なんでここに!?」
「彼はすぐに送還すべき保護対象なのですが、イルマを出せよときぼんぬするので……」
「ハッハッハ! 王の名はシドウと言ったか。中々に話のできる貴品溢れる王であったよ。斯くもああなりたいものだ」
「え? 社長と話したんですかウルさん……て、もう顔近いってば」
円依の髪に必死に頬擦りするウルセラに代わり、シンアイが補足する。
「社長は本人のきぼんぬを尊重したいと……一定期間の監視を条件に、我が社で保護せよとの社長命令です。本人の希望通り、円依さんの下につかせます」
「え……それってまさか、彼を雇うって事ですか!?」
「せやな」
「ええええええぇぇぇーっ!!」
まさかの命令に仰天する円依。
シンアイは目を閉じ、半ば諦めるように首を横に振る。
「いやいやあり得ないでしょ!? 意味わからん! 社長何考えてるんすか!?」
「はげどーです。あのお方は慎重派に見えて、とても大胆な人です。この処遇も好奇心故にでしょう……しかし社長命令は法の下に絶対ですから」
「り、理解が追いつきません……」
「ハッハッハ! これから宜しくなイルマ。帝国の王子から身を落とし、一民として立身出世するも悪くない」
「ウルセラさん。貴方には覚えてもらうべき事が山程ございます。こちらへ来てくれめんす」
「おぉ勉学か、任せよ。シルフィリア帝国の王子として立派に──」
自動ドアが閉まり、そこで声はかき消される。
ウルセラはシンアイに何処かへと連れ去られた。
円依はただ唖然と、会議室に1人残された。
「まさか彼がDOITに……前例があると言ってたけど、こうやって匿ってたんだ……社員にも隠れ異世界人がいるのかな? て、あれ? 私は一体どうしたら?」
ウロウロと無聊を託つ円依が、自動ドアを通ろうとした瞬間、その2人はやってくる。
「お、いたいた」
「イルマちゃんみーっけ♡」
金色のシャツが見え隠れしている白い派手なスーツを着た色黒の男と、胸を大きく露出している赤いスーツを着た大柄な女。
円依はこれまた見覚えのある2人に、驚嘆の声を漏らす。
「は、はぅわ〜……網田寿司郎さんに、恋淵紫江さん! ま、また有名人と出会ってしまった……!」
「あらあら。私達の事知ってるんだねえ。ますます可愛がりたくなるわ」
「いいねいいねえ! 俺の名声が轟いてるって事だ。女に知られてこその益荒男ってもんだぜ」
派手な身なりをした2人。
そのスーツの襟には、SPを冠する輝くバッジが飾られていた。
「はじめましてだな円依。俺は綱田だ。咲かせるは燦然と輝く金の華、泣かせるは三千の女の涙。DOIT一の快男児とは俺の事だぜ」
親指で自らを指す男──綱田寿司郎。
DOITの営業部に属するSPの1人。
型に嵌まらない企画力と、人を惹き付けるプレゼン力を活かして、SNSや動画投稿サイトにて手腕を振るう遊撃隊長である。
「近くで見ると更に愛おしいわねえイルマちゃん。あーヤバい……むしゃぶり吸いつきたくなるわ」
「えっ」
サングラスを外して円依を見下ろす女──恋淵紫江。
同じくDOIT営業部に所属するSPの1人。
180を越える身長にグラマラスな体型が美しい女性だが、口開けば猥談飛び交う歩くわいせつ物。
男性からは非常に人気だが、子を持つ親や教育機関からは敵視されている。
「あ、あの……すみません。サインとかって──」
「「いいよ」」
まるで用意してたかのように、同時にペンを取り出す綱田と恋淵。
慣れた手付きでサインを書き上げ、円依に手渡す。
「はわぁ、ありがとうございます! SPの方に会えるなんて……しかも3名も。サインコンプする日も近いのかな」
「ウハハハ! そう幸運の元に出会えた訳じゃねえぞ。これは必然だ。それに、俺等とシンアイ以外は会っても分からんだろうよ」
「そうねえ。私達以外の他のSP4人は情報公開してないし、社員でも知ってる人少ないと思うわよ」
SPの素性は半分以上が不明である。
単純にメディア露出を嫌う者が殆どであると言われているが、実は存在しないのではないかとも囁かれている。
所謂、裏から会社を支えている縁の下の力持ちなのだ。
「あれ? そういえば私は、話があるって呼ばれたんですけど……」
「おお、そうだ。俺等が呼び出したんだよ。話題のイルマって奴を、この目で見ておきたくてな」
「話題?」
「1週間も機械に身体をぐちょぐちょにされてたから、イルマちゃんは知らないんだねえ。今、会社はあなたの話題でもちきりよ」
「ぐちょぐちょにはされてませんけど……そうなんですか? もしかして、世界をめちゃくちゃにして異世界人も連れてきたから……」
「お前の固有スキルだよ」
綱田は円依をビシッと指差し、大きく手を広げて天仰ぐ。
「固有スキルは謂わば人の夢だ! そいつがどうしたいっていう大望そのもの。スキルに嘘はつけん……本人も知り得ねえ深層心理から欲を引っ張り出す。だからこそ固有スキルには、本人の強欲さが滲み出るんだ」
「でもあなたは慈愛という回復スキルを授かった。人を助けたいっていう想いが、そのまま形になっている。偽善ではなく本心で人を助けたいと、ね」
「俺も含めて、どいつもこいつも我欲を全開にしてるのに、お前は他者を助けるという欲を出した。それが異常ですげーってんだよ」
「そ、そうなんですか……」
円依は自らの手を眺める。
授かった慈愛という回復スキル。
しかし本人の円依は、異世界では大して意味を成していなかったと、唇を噛み締めて悔いるばかり。
「そもそも回復スキル自体が稀有だ。傷付くのが嫌で自らだけを癒すみてえな、独りよがりな回復スキルはたまに現れるが、ここまで他人にも影響がある回復スキルは、今のところDOITでお前だけだ」
「しかも民でこれだからねえ……ムクムク成長して、ランクが神になったらどうなっちゃうのかしら。楽しみねえ♡」
「固有スキルは本人の器と欲の強さによって、その威力や影響力も左右される。お前のスキル……相当な器と欲深さと見た。己の深欲を見つめ、その欲を認めて開放した時、自然とランクも上がる。お前が民から始まったのは、自信がなく自らを弱いと思ってる証拠だ」
「うっ……」
ズバリと指差す綱田。
円依は思い当たる節があるように、シュンっと肩を落とす。
その頭を優しく撫でるのは、恋淵の手のひらだった。
「ランクなんて後からいくらでもついてくるけど、固有スキルは生まれ持った才能よ。自信を持ちなさいイルマちゃん」
「う、あ、はい……」
「浮かない顔ねえ。でも不安なのは分かるわ。だからこそ私はここに来た。忠告と顔合わせの他に、もう一つ提案あるの」
「え?」
「ここから本題なんだけど、イルマちゃん。私と一緒に異世界デートしましょ? 彼……ウルセラちゃんの研修も兼ねて、私がスキルや戦闘に色々と教えてアゲル。強くなりたいと願っているんでしょう? 私なら手取り足取り教えてやれるわ」
「え、えぇ? な、なんでその事を──」
円依の口に、恋淵の人差し指が充てがわれる。
その妖艶な瞳を円依に近付け、ニッコリと笑ってみせる。
「どう? 強くなりたくないの?」
「……なりたいです! 支店でお客様を支えるのも大事ですけど、もっとスキルについて知って強くなって、堂々といれる自分になりたいです!」
「いい返事ね。いいわあその若さ……あ、異世界調査手当の休日なくなっちゃうけどいい?」
「勿論! むしろ都合がいいくらいです」
「はーい、じゃあ決まりね♡」
恋淵は円依の額に優しくキスをすると、長い胡桃色の髪を翻してドアへと向かう。
円依は頬を赤らめてぽけーっとしていたが、すぐに我に返る。
「ついて行ってやりてえが、俺は多忙なんでね。頑張ってこいよ」
「はい、ありがとうございます。会えて嬉しかったです」
「さ、ついてらっしゃい。早速彼を迎えに行くわよ」
「はいっ!」
恋淵の後に続く円依。
明日の成長を願って、決意を固める彼女であった。




