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#1 DOITへようこそ!

 我々は地球に住んでいたのではない。

 地球という異世界の1つに住んでいたのだ──



「いらっしゃいませ! DOITへようこそ。本日はどの異世界をお求めでしょうか?」



 人々の往来激しい中央区画から外れた、郊外の一角に佇む真新しい白い建物──DOIT東京第4支店に、1人の客が訪れる。



「あ、あの……はじ、はじめまして」


「こんにちは。はじめまして!」



 緊張した様子の男を出迎えたのは、純白のエナメル服に身を包んだ若い女だった。

 顔立ちは、まるで作り物と見紛う程に美しい。



「どうぞ、こちらへ」


「あ、はい……」



 白藍色のボブから覗く、不壊の営業スマイルがなんとも無機質で不自然な女性だ──男は心中でそう溢し、女の顔を眺める。

 しかしその長らくの沈黙と視線が不愉快であったのか、女は一瞬にして氷のような凍てつく表情を見せる。



「何ジロジロ見てんだ? 早く要件言えっつーの」


「え……!?」



 その口より紡がれる粗暴な言動に、男は酷く動揺する。

 女はハッとするように、わざとらしく口元に手をあてがてって軽くお辞儀をする。



「あ、大変失礼いたしました。今のはどうぞお忘れ下さい」


「え、あの──」


「私は当店にてお客様のサポートをいたします円依と申します。失礼ですが、お客様のお名前を伺っても?」


「あ……澤渡です……異世界転生を予約した……です」


「ご予約のお客様ですね? 失礼ですが、渡航ライセンスの方はお持ちでしょうか?」


「高校卒業してすぐ……! はい、取ったばかりですけど。あります……」


「はい。ご提示ありがとうございます。異世界選び……そして()()()()を選ぶ前に、簡単にご説明させていただきますね──」



 これまでの人類史を覆し、理を崩す異世界という存在。確認されている異世界の数は2000を越え、現在も増え続けている。

 異世界が初めて確認されたのは、バブル経済の黎明期……日本中は大混乱に陥った。

 国は瞬時に異世界規制法を制定し、新たに行政機関を設け、必死にそれを制御した。

 そして国は1人の男を事務総長兼、最高経営責任者として抜擢しDOITを設立した。



「弊社は行政など様々な事に従事しておりますが、多くの皆様が関わるのは異世界渡航サービスのみとなっております。それが我々Dream Of Isekai Travel──DOIT社でございます」



 異世界渡航はDOITが管理する『iゲート』と呼ばれる門に入る事で成立する。

 異世界はVRのような仮想空間ではなく、実在する世界である為、多くの問題が懸念されていた。

 異世界に存在する資源や、異世界住人との交流。

 大量の問題が山積みになり秩序が崩れると思われたが、このゲートの()()()()により、それらは全て払拭された。



「ライセンス取得時に聞き及んでいるとは思いますが、異世界は独立した次元と時空を持っています。先駆者や他人と接触する心配はございません」



 男は改めて、渡された注意事項書類を流し読みする。

 多くの手続きをネット上で事前に済ませてある男は、逸る気持ちを抑え切れず、飛ばし飛ばしで書類を確認すると、すぐにサインをした。

 書類を受け取った女──円依は笑顔のまま一礼する。

 手元の端末を手早く操作しながら、男をゲート前最後の部屋へと案内する。



「ありがとうございます。澤渡様は今回、旅行ではなく転生といったご予約ですね? 転生は一度ゲートを通ると二度と戻れない仕様ですが……」


「大丈夫です。これから行く異世界の事は10年以上勉強してたので……」


「失礼いたしました──澤渡様は初回転生のお申し込みですので、今回はこのような料金となっております。肉体適合、言語機能など、諸々込みでございます」



 提示された金額に男は息を呑む。

 裕福な家系に生まれ、幼少期より18年貯め続けた金を以てして、ようやく届く莫大な金額であった。


「はい。では、最後に異世界選択ですね。こちらの店舗でご利用可能な異世界は現在3つとなっておりますが、澤渡様は──」


「異世界No.48の『アジール』です! あ……小さい頃から憧れがあって……文化とか勉強もしてる……ます……」


「──はい。現在この異世界No.48『アジール』は累計渡航者23万人、永住者928人の異世界となっております。文明レベルは3……中世期の文明度であり、魔法やスキルといった概念は無く、地球に非常に良く似た環境である為、大変人気の異世界となっております。素晴らしいご判断かと思われます」


「あ、ありがとうございます……」



 男はカードを端末に差し込み、支払いを完了させる。

 円依はそれを確認すると、iゲートがある部屋の扉の前へ立って端末にデータを打ち込む。

 3分ほど作業をすると、女は男の方へ振り返る。



「それではお待たせいたしました。渡航準備が完了しましたので、ゲートへ待機願います。ご荷物や衣類は自動的に消滅しますので、ご了承下さいませ」


「は、はい……」



 男は扉を開け中へと足を踏み入れる。

 夥しい数の装置が置かれた小さな空間であった。



「最後確認でございます。ゲート通過後、澤渡様専用の空間維持装置及び強制送還システムを解除いたします。今後こちらから接触する事も、澤渡様からこちらに接触する事も出来ません。今が現世へ戻れる最後の機会ですが……よろしいでしょうか?」


「だ…………大丈夫です……! う、ぐぅ……」



 男は頬に流れるソレを止める事が出来なかった。

 焦燥、期待、不安──澤渡昌司として18年歩んだ人生へ別れを告げ、生まれ変わる瞬間。

 そんな初めての経験に、感情が抑えきれなかった。呼吸を乱し項垂れる男に、女は優しい声音で語りかける。



「澤渡様──」


「は、はい……!!」


「本日は異世界への転生をお選びいただき、誠にありがとうございます。異世界永住が永劫の幸せに満ちたものとなりますよう、心よりお祈り申し上げます。勇者に幸運を──それでは、いってらっしゃいませ」



 円依は深くお辞儀をすると、そのまま部屋を退出する。

 男は暫し呆然としていたが、やがて意を決したように震える手で球体の扉を開け、中へと入り込む。

 この何も見えない窮屈な空間。

 球体が機械音と共に振動を始める。

 今まさに異世界への扉が開こうしていた。



「ようやくだ……ようやく変われる……! ようやく自分の居場所を見つけられるんだ……!」



 そして──ゲートは閉じられた。  



「No.233087……澤渡昌司様。転生完了でございます」


 誰もいない部屋に向って、再び一礼をする。



「ある者は未練無く希望に満ち溢れ、またある者は、澤渡様のように多くの複雑な感情を抱いて旅立たれる。転生者……その勇気ある一歩を踏み出す場面は、何度見ても素晴らしいものですね。さーて、早く報告書を仕上げましょう」



 我々は地球に住んでいたのではない。

 地球という異世界の1つに住んでいたのだ。

 現代から100年前の1985年──異世界から帰還したある科学者の男は、興奮気味にそう言い放ち、異世界へと転生して地球人としての人生に終止符を打った。

 永住を『死と同義』と唱える者は少なくない。

 だが実際、異世界渡航が可能になって若者の自殺者は激減した。

 永住は最後の救いの手である。

 そう唱える者もいる。

 異世界永住は死と同義なのか? それとも救いなのか? これは100年議論しても答えの出ないものだった。

 DOITは今日も異世界の扉を開く。

 また1人、勇者を待ち望むのだ。

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