#18 帰還、そして
「ん、んん……」
イルマはゆっくりと目を開ける。
まるで何日も寝ていたかのような目覚め。
軽い頭痛と目眩を感受しつつ、ゆっくりと上体を起こす。
陽光に目を細めながら辺りを見渡すと、そこは見覚えのある景色。
会社のロゴが入った、白い防護壁に囲まれた作業現場──東京都第3商業区画、有楽町であった。
「戻って……来れたんですかね」
「んだよ。ここは地球、現実世界だ。お疲れ様マルちゃん」
「えーっと、そうですね。とりあえずお疲れ様です。あのマージフさ……藤間さん」
「ん、どったの」
「私の横、多分何かいるんですよね。右を見るのがすごく怖いんですけど」
円依は首をキリキリと動かし、自らの真横を見やる。
そこには、涼し気な顔で円依の右腕にがっしりとしがみつくウルセラの姿があった。
「んああああぁぁーっ!! やっぱついてきてるぅーっ!」
「ほほう。ここがイルマ達が住む世界か。なんとも奇っ怪で面妖な……実に興味深い」
「興味深いじゃねーよ! 何しれっとついてきてるんすか! あんなオセンチな雰囲気出して、感動の別れの流れって感じだったのに! どんだけ図々しいロミオなんすかアンタは!」
怒鳴る円依に反し、目を輝かせるウルセラ。
その植物の鎧で覆われたウルセラの腕が、突如として緑色に発光する。
「あ、着いたの? んまー、すごい空気ねここ」
「え!? ちょ、大精霊さんまで! 世界の創造主が世界脱出しちゃダメでしょ!」
「しょーがないじゃない。妖はウルセラの腕なんだから。それに、創造主なんて名ばかりよ。元より役目なんて終わってるんだから」
「流石です大精霊様! 手解きをするのではなく、自らの足で道を歩ませる……次世代の神樹は自らで植えるのだと!」
「そゆこと。妖がいなくても、ウィズロスには教えとして永劫に残り続ける。妖はもう必要ない……これからは、楽しい隠居生活の始まりだわ!」
「も、もしかしてただ抜け出したかっただけじゃ……自由奔放にも程がある」
ウルセラと大精霊は高らかに笑い合う。
円依はただ絶句。藤間は深くため息を吐いた。
「あーあ……こうなっちゃったか。参ったねェこりゃ」
「早く送り返しましょう藤間さん! 異世界からの招かねざる客なんて、世間に知られたら大問題ですよ! ていうか、一刻も早くするべきです。こんな場所じゃ誰に見られるか……」
「平気さ。辺りは厳重に封鎖してあるし、最高レベルのセキュリティが厳戒態勢を敷いている。覗かれる事はない……あとどっちにしろ彼をそのまま返す訳にはいかん。前例もあるしね。規則に則り、彼は重要な保護対象だ。これから本部へと転送する」
「規則……? ちょ、待ってください。前例がある? 異世界は何ものも持ち込めず、持ち込ませないが法則なんじゃないんですか……!?」
円依の問いに答える事はせず、藤間は暫し黙す。
近くに置いてあったタバコを取り、火をつけて一服した。
そして煙を空へと逃すと、ポツリと一言漏らす。
「それはただのプロパガンダ。社外秘なだけで、前例はあるよ沢山。ま、頻発するもんじゃないがね。基本は社員にも明かさない事だこれは」
「そんな……」
「DOITはこの他にもたーっくさんの秘密を抱えてるよ。彼の件に関しても能力にしても、これからマルちゃんは重要な社員となるだろう。少しばかり覚悟しておいてほしい」
イルマの脳内に様々な事が駆け巡る。
イルマはそれらを飲み込もうと、ギュッと目を瞑った。
「さて。まずは諸々の後始末だ。マルちゃんは本部に移送後、経過観察や検査を受ける事になる。なに、これは帰還後全員がやる事だし、1週間の休暇みたいなもんだよ。マルちゃんは色々あるだろうが……まァ、楽にね。楽に」
「はい……」
「王子サマ。これから君の処遇について、上司と話し合う事になる。頼むから大人しくしていてくれよ」
「ふむ、すなわちこの世界の王と謁見せねばならぬということか……任せよ。このウルセラ、王家の高貴なる血筋を受け継ぎし者として、一切の恥辱無くその責務を全うしよう。大精霊様に誓ってな」
「妖は眠るわ。少しでも回復しないとね……ふわぁ」
藤間は転移装置を起動し、3人の体をDOIT本部ビル内へと飛ばす。
円依の長い初めての異世界調査は、今終わりを告げたのだった。
DOIT本社ビル某室。
いくつものホログラム画面を展開し、藤間は手慣れた様子で報告書を仕上げていた。
こめかみに指を当て、内臓されてある通信機で電話口の相手と言葉を交わす。
「──ええ。送った通り、ウィズロスは特に問題ないかと。しかしやはりこの世界にも……はい。マルちゃ……円依についてですが、詳細は報告書にもある通りです。これからも彼女には期待して……ん、ああ、はい。例の件も滞りなく──」
藤間は通信を終えると画面を全て閉じ、真っ暗になった部屋で1人デスクに座る。
「マルちゃん……やっぱ君は優しすぎるね」
その頃円依は、オフィスエリアから離れた階層にある医務室で、検査を受けていた。
数時間後──人体実験のように、数々の機械に弄られ終えた円依は、無機質な白い部屋へと通される。
『円依さん、身体検査お疲れ様でした。これより7日間の経過観察となります。通常、経過観察後は長期休暇に入っていただくのですが、円依さんは担当の者がお迎えに上がりますので、期日までお待ち下さい』
そう淡々と告げるのは合成音声。
検査を終えた円依は、力無く備え付けのベッドに倒れ込む。
「はあ、頭ゴチャゴチャする……目にある全てが巨大に見えて、今にも押し潰されそう。弱いなあ、私……強くなりたいよ……」
枕に顔を埋め、足をふらつかせる円依。
気分転換にと、机に置いてあったホログラム端末を起動させ、ニュース記事を眺める。
「……あ、ウィズロスの事もう出てる。藤間さんが報告したのかな。えーっと、DOITは新たに見つかった異世界をIN2088『ウィズロス』と命名。今後の調査と開発に大きな期待が寄せられ、新たな異世界渡航先に注目が集まっている……か」
円依は記事を眺め、仕事をやり終えたのだと実感する。
ウルセラがやってきた事や、調査員である自身の事等は一切書かれていなかった。
「本当に……終わったんだ。達成感あるはずなのに、なんだろうこのモヤモヤ……あー、スッキリしないなーもう」
うつ伏せから仰向けに寝返り、真っ白な天井を眺める円依。
悩みを振り払うように、冷たく張り詰めた頬をピシャリと叩く。
「ゴチャゴチャ考えても萎えるだけね……疲れたしとりあえず寝る。それが一番……うん」
円依は電気を消し、布団に包まって眠りにつく──その様子を、監視カメラ越しに眺める影が2人。
彼らは好奇の目で、彼女の一挙一動を観察していた。
「へぇ……あれが円依香南、DOITコード=イルマか。回復の固有スキルだってさ。ハッハァ、とんでもねえな」
「かーわいい顔してるわねえ。身体も素晴らしい曲線美。ブチ犯したくなるわぁ……やばい、勃起してきたかも」
「女のテメエがどうやっておっ勃てるってんだよ」
「バーカ。女の心の中には、チンチンの一本や二本誰だって生えてるものよ。可愛い子を見る度、私のイマジナリーチンポ達が聳え狂うの」
「ウハハハ。何本もあんのかよ、そりゃ負けたな」
「早く会いたいわ……シドもきっとそれを望んでいる」
人影はゆっくりと姿を消す。
暗闇の残光に輝かせるのは、世界に7つしかない玉虫色のバッジであった。
その頃ウルセラはと言うと──藤間に連れられ、いくつかの検査を終えた後、オフィスの応接間へと通される。
「すごいなマージフ。目に映る全てが新鮮だ。我が国のものとは、比べ物にならない程に発展を遂げている。まるで伽話に出てくる空想世界だな」
「そりゃそうだ。いきなりこんな世界見せられてるのに、むしろそこまで驚いてない方に驚きだよ」
「フフ、そう見えるか? 余はこう見えても、溢れんばかりの興奮を今も尚必死に堪えているんだぞ」
ウルセラはソファに座ったり立ったり、ソワソワと落ち着かない様子で辺りを観察していた。
「しかし余を運ぶ時の真っ黒な箱はなんだったんだ? この世界では、あれが高貴な人物を乗せるものなのか」
「いや、あれは君を見せない為の代物だ。付近にいる尋常じゃない数の警備員やドローンも全部君の為。大統領でもやってきたような騒ぎだよ全く」
「なるほど、斯くも丁重に迎え入れるとは……余が重要なる王家のエルフであることを理解していたようだな。ノルゲンの世界も侮りがたい」
「人間な。重要ねえ……ある意味では、そういう事になるけどさ」
「ところでイルマはどこだ? 余がいなくて寂しくて、啜り泣く声が聞こえてくるようだぞ」
「寂しん坊やは君だろ……マルちゃんなら1週間は会えないよ」
「むう、イルマ……1人で泣いてないといいが」
来訪者ウルセラ、そして影で蠢く者達──円依の周囲で、確かに何かが動いているのは疑うべくもない。
ウィズロスの冒険譚は、一旦は幕を閉じる。
しかし、それは新たなる物語の序章に過ぎないのだった。




