#17 魔力無き空
そして夜──酒を片手に人々は広場へと集まっていた。
一抹の不安を抱えながら、ただ一つの報告を待つばかり。
「お前見たか? 昼に倒れた神樹を」
「ああ、陛下の宣言通り神樹は倒れた……陛下からの報告があると言っていたが、予言の魔物は倒されたって事だよな?」
「陛下は何を仰るんだろうか……」
シルフィリアの民が今か今かと皇帝の言葉を待つ。
そして時はやってくる……テラスに現れたのは、ウルセラとアロセラであった。
「おぉ、ウルセラ殿下だ! 隣にいるのは誰だ?」
「ウルセラ様ぁーっ! きゃあーっ!」
「ハハハ。殿下があそこにいるなんて珍しいな。祭事ではいつもここで我々と飲んでいるのに」
「執政官の元老までいるぞ。珍しい事もあるもんだ」
「あれ、皇帝陛下はどこだ?」
国民の視線が王宮テラスに一斉に集まる。
ウルセラは呼吸を整えると、拡声植物へ向かって声を発する。
「親愛なるシルフィリアの民達! 諸君も周知の通りであろう。神樹は倒れたが、悪しき魔物は討ち果たされた! 今は勝利の美酒に酔い、そしてこの国の変わりのない平穏と繁栄を約束しようではないか!」
ウルセラが剣を掲げると、次々と称賛の声が上がる。
民の声が落ち着いたのを見計らって、ウルセラは演説を続ける。
「しかし……朗報ばかりではない。完璧なる勝利叶わず、余は誇り高き騎士団を失った。そして……父上も行ってしまわれた」
「ま、まさか陛下が!?」
「嘘だろ……嘘と言ってくれ殿下!」
ウルセラの言葉に、民衆はどよめき出す。
想定し得る最悪な出来事を予想していたのだ。
しかしウルセラは手を振り払い、民に沈黙を促す。
「沈静せよ! 父上は死してはいない! だが……今は王座に座す事能わず。しかし必ず戻ると約束してくれた! さらなる繁栄をもたらす叡智を授かり、再び戻って来ると! 幾星霜の時がかかろうと今は待つのだ。父上の帰還を……応えを!!」
「お、おおぉっ!」
「し、しかし政治の方は……殿下がなさるのか?」
「……余は未熟者だ。政を行う知識も器量も、未だ備わっていない。故に父不在の間、政を姉上に任せる事にした!」
「あ、姉上だって……? 殿下に姉なんていたのか?」
「いたにはいたが、アロセラ王女殿下はとうの昔に亡くなったはずじゃ」
「噂では帰って来たというが本当かどうかは……はっ、まさか隣にいるのは!?」
民衆から次々に困惑の声が漏れる。
民が固唾をのんで見守る中、正装に身を包むアロセラは、拡声植物を握って声明を出す。
「皇帝が嫡女、アロセラ・イェンローゼル・シルフィリア。恥ずかしながら戻って参りました。我が父王に代わり、今より国政を執り行う事と相成ります。未熟者故に不行き届きもありましょう──」
アロセラ王女の帰還。
その事実に民衆は、まだ受け止めきれていないでいた。
箇所で不安の声を漏らす程に。
「──などと、弱音を吐くつもりはない!」
しかしそんな不安を掻き消すように、アロセラは大声を張り上げ喝破する。
「父上より賜わりしは偉大なる帝国の誇り! 諸君は我が帝国を等しく照らす光である! 私は……この身を以て、全身全霊をもって! 諸君を導く事を此処に誓おう!」
「姉上……!」
隣で見守っていたウルセラ、後方で見据える元老、そして見上げる民衆。
皆が漏れず、アロセラの檄に心打たれていた。
「異を唱えることは許さぬ。我が帝国の未来の萌芽は、この手で築き上げん。この萌芽を雑草に吸われる若き芽に終わらせるか、世界を覆い尽くす神樹に成長させるかは、諸君の手に委ねられている。大精霊シルフィードの加護の下に、私が導く! だから……私について来るがいいっ!!」
アロセラが腕を突き上げたと同時に、国中を揺るがす大歓声が轟く。
「うおぉぉーっ! アロセラ王女殿下万歳ーッ!!」
「なんて立派な口上だ……あの美しきご尊顔、そして聡明さ。間違いあるまい。かつて陛下が未来を託すと仰っていた、あのアロセラ王女殿下だ!」
「帝国の賢女が帰って来たんだ! おおおー、シルフィリアに栄光あれーっ!!」
震える程の歓声を背に、アロセラはテラスを後にする。
その顔には安堵が浮かんでおり、深く息を吐く口元には汗がつたっていた。
「なんとか今は心を掴みましたが、酔いはいずれ冷めます。若輩者故に、私の政に不安を覚える者は少なくないでしょう。ですが、諸国放浪で培った知識を活かして、行動で黙らせてみせます」
「なんと……姫様はそこまでお考えに? 執政は儂らに任せてもらっても……」
「問題ありません。ここからは外交戦略です。強気な父無き今、他国より隙を突かれかねませんから。皇帝不在はすぐに漏れる……まずは、虎視眈々と反逆の機を伺うアロンウェル自治領を牽制しなければ。父上が残した帝国の権威は健在ですからね。それを利用し、他国との交渉を有利に進めるとしましょう」
「お、おぉ……! なんと素晴らしい。アロセラ様がおれば、我が国は安泰じゃ。儂らも全力で支えると誓いましょう」
既に偉大なる王としての片鱗を見せるアロセラ。
ウルセラは呆気に取られていたが、すぐに微笑を浮かべ何かを決心したように頷く。
そこに、元老の1人が気まずそうにアロセラに耳打ちする。
「あ、あのアロセラ王女殿下……ご立派な演説の手前、申し上げにくいのですが、お召し物が上下反対でございます……」
「え? あっ、しまったぁ!」
顔を真っ赤にしてドレスを摘み、どこかへと去っていくアロセラ。
ドッと辺りに笑いが起きる。
「しっかりしてるけど、ちょっとドジなのは相変わらずね……ま、彼女なら上手くやるでしょ。アンタどうすんの? このままここにいていいのかしら」
ウルセラの腕から上半身だけを露出させ、頬杖をついてそう呟く大精霊。
その言葉にハッとしたウルセラは、すぐに駆け出した。
城下町の外れ──お祭りのような喧騒から外れた郊外の広場で、イルマとマージフは酒のグラスを揺らしていた。
「さーて。あらかた楽しんだ事だし、我々もそろそろ帰るとするかね」
「……はい」
「なーんかずっと元気ないね。どうだったよ? 初の異世界調査の感想は」
マージフの一言に、イルマは無表情のまま木の机に突っ伏し、そして突然ぶわっと泣き出してしまった。
「んべあ”あ”あ”あ”あ”ぁ”ぁ”ーっ!!」
「うお!? どうしたのよマルちゃん。泣き方独特だね」
「グス……私何も、何も出来なかった……興奮して職務を忘れ掻き乱し、挙句の果てには世界を崩壊させかけて……戦いでも足手まとい……う、うぇええええん!!」
「……そういう事ね。まァ、初めてなんて皆そんなもんさ。そんだけ自己分析出来てるなら上等だよ。次に活かして進めばいいだけだ。マルちゃんはよくやったよ」
「うぅ……慰めないで下さいぃ……慰められると余計惨めになるタイプなんですぅ……」
マージフはグラスを呷り夜空を眺める。
イルマが落ち着くまで、マージフからはそれ以上口を出す事は無かった。
そしてえずきが収まり落ち着いたイルマは、机に頬を乗せながらポツリと呟く。
「……強くなりたい」
「なれるさ。マルちゃんならすぐにな。あァ、そうだ……マルちゃんから見てウィズロスはどう?」
「……正直、感動を覚えました。息づく大自然、逞しく生きる人々、築き上げられた歴史。異世界は本当に実在すると改めて実感しました。奴隷制度など問題も多く、完璧な世界とは言えないかもしれませんが……それも含め、素晴らしい世界だと思います」
イルマの答えに、マージフはニッと笑う。
「うん、良い答えだ。ある人からすれば、虐げられた奴隷という身分から始まる厳しい世界。しかしまたある人からすれば、攻略しがいのある楽しい異世界へと変わる。異世界が無限にあるように、人の捉え方も千差万別。俺達は傍観者であり、導き手でもある。客観的な意見が出るなら合格だよ」
「あ、ありがとうございます……」
「いつか出るのかねェ。ウィズロスに太古から根付く種族の壁を打ち破り、真の平和をもたらす勇者が……そんな人がウチの支社から出るよう、頑張って営業せんとな」
「そうですね……マージフさん一切仕事してませんけど」
「だははは。いつもの調子に戻ったなマルちゃん。よし、そんじゃ──」
「待ってくれッ!!」
帰ろうか──そうマージフが背伸びと共に言いかけた時、街角よりそれは現れる。
見ると、フードを深く被ったウルセラが護衛も引き連れず、こちらに駆けて来ていた。
「わお王子サマ。来ちゃったのね。ドラマチックな事で」
「ここにいると大精霊様が……はぁ、はぁ、イルマ……」
「ウルさん……」
ウルセラは呼吸を整えると、イルマの前まで来ると跪いて手を伸ばす。
「余は本気だ。お前を愛している……多くの女性を口説いてきたが、愛していると囁いたのはお前が初めてだ。アメライダの蔓に誓って、永久不滅の愛を誓おう。余の妻になってくれないだろうか?」
真摯な想いをぶつけられたイルマ。イルマはウルセラの手を取ること無く、一つ短い息を吐き、深く息を吸った。
「……嘘の告白なら何度も受けましたが、男性にここまで誠実な愛をぶつけられたのは初めてですよ」
「大精霊様から大凡は聞き及んでいる。お前は遥か遠き世界からの来訪者だと……帰るべき場所、そして余には想像もつかない使命があるのは承知している。だがそれでも──」
「だからこそハッキリお伝えします。貴方の事は嫌いではありません……一緒にいれない理由があるんです。世界の壁は決して壊れない。愛は受け取っておきます。お互いの為にも……忘れて下さい」
イルマはウルセラに頭を下げる。
これ以上は自分がどうにかなってしまいそうだと、イルマはギュッと唇を噛み締める。
マージフはそんなイルマを察してか、無言で準備していた帰還シーケンスを起動し、2人の身体を青く発光させる。
現実世界への扉が開かれたのだ。
「あっ、もう……」
「イルマ……そうか。お前の答えはよく分かった──」
「ウルさん……」
2人の身体は浮かび上がり、徐々にその身体は薄れていく。
「さようならウルさん。そしてウィズロス……とてもいい経験になりました」
ウルセラはぐっと拳を握り顔を上げる。
そして雄叫びを上げながら、イルマに向かって駆け出した。
「答えはよく分かったが! 諦めるとは言ってないぞイルマぁ!」
「え? あっ、ちょっと!」
イルマの手を掴み、そして手繰り寄せるようにして彼女の身体を抱きかかえるウルセラ。
その身体は、イルマとマージフと同じように青く身体を発光させていった。
「ちょ、何もやってるんですかぁーっ!」
「ハーッハッハッハ! 余も連れて行けイルマ! 魔力無き空へ! お前と共にならば、エンドラの深淵でも怖くないわ!」
3人の身体は大きな青い光となり、遥か空へと飛翔して行った。
王城テラス。空を駆ける蒼の流星──それを眺めるのはアロセラ王女。
光に照らされたその顔には、寂寥の色を浮かべていた。
「行ってらっしゃいウルセラ。マージフさんとイルマさんによろしくね。大精霊様のご加護がありますよう──」




