#16 結婚してもいいですか?
神樹がただ朽ちて落ちる様子を、一同は見守る事しか出来なかった。
この世界の象徴は役目を終え、崩され去ったのだ。
「神樹が……ウィズロスそのものが……もう、どうしたらいいんだ……」
ウルセラは膝を突いて愕然としてしまう。
茫然自失とするウルセラの右手が、ふと不自然に上がる。
そして自らの頬を思いっきり引っ叩いた。
「ぶ!?」
ウルセラは勢い余って頭を地面に打ち付ける。
この行為が腕に宿る大精霊の仕業だと把握するのに、然程時間はかからなかった。
「いつまでもウジウジしてんじゃないわよ。アンタそれでも王家のエルフなの?」
「し、しかし……大精霊様は何とも思わないのですか? 神樹は世界の象徴。ウィズロスそのものなんですよ!」
「バカね。あんなのただのデカい木じゃない」
「え!?」
「大事ならまた芽を植えればいい。壊されたら何度もやり直せばいい。エルフに残した妖の言葉……伝わってないのかしらね?」
「そ、それは……」
「壊れたからって絶望し、考える事を放棄しないで。したら文明の進化はそこで止まってしまうわ。落ち込んでる暇があったら、前を向いて未来を築き上げなさい。誇りを胸に刻み、常に叡智を追い求めよ──忘れないで」
「大精霊様……はい!」
ウルセラはぐっと顔を上げる。
もう弱音は吐かない……その瞳には、次代の王としての強き意志が宿っていた。
そしてウルセラとアロセラは顔を見合わせ、コクリと頷く。
岩の上で背中を丸め、項垂れる皇帝ローゼル。2人はその頼りのない背中の前に立つ。
「父上……」
皇帝は2人をゆっくりと見上げる。
疲れ切ったような覇気失せし表情。
野望打ち砕かれた今の皇帝には、威厳ある王の面影も無かった。
その瞳からは狂気が消え、腫れ物が消えたのかどこか儚げな色が浮かぶ。
「朕に……私には、お主らの父を名乗る資格はない。父と呼んでくれるな」
「またそうやって逃げるんですか? 父上」
「アロセラ……」
「私はもう逃げません。自らの運命に、罪に。あの夜、全てを投げ出し去った結果が、この事態を招いたと言っても過言ではありません。でも、もう二度と踏むまいと誓った地……会って間もない友に導かれ、再びこうして父上と会えた。これからは生涯をかけて償っていくつもりです」
皇帝の前で頭を下げるアロセラ。
皇帝は一瞬驚いた顔を見せると、顔を空に向け少し口角を上げた。
「……お前を喪ってから、ずっと暗黒を彷徨っているようだった。先程お前の顔を見て、アロセラだと認識した刹那、私は何をしているのかと我に返った。闇の中で魔力を追い求めるあまり、禁忌を犯してしまったと……虫の良い話に聞こえるであろうな」
皇帝ローブと王冠を外し、岩の上で胡座をかく。
「お前の顔を見れてよかったよ……生きていてくれただけで、これ以上ない果報よ」
次に皇帝は、ウルセラの方へ向き直る。
彼の腕を眺めると、そっと瞼を閉じ、首を横に振った。
「ウルセラよ許してくれ……とは言わぬ。この愚かな父を恨んでくれて構わん。お主には苦労をかけた。お主が望むのなら、この命は差し出そう。私の首を斬るがいい。ウィズロスを脅かした暗君に生きる資格はない……覚悟はできておる」
「ち、父上……!」
動揺するアロセラを黙して制し、皇帝は俯いて剣をウルセラの前に差し出す。
「父上……よろしいでしょうか?」
ウルセラの声音に憐れみの色はない。
何かを決意したかのような……覚悟を決めた一声であった。皇帝もそれを悟ったのか、深く頭を下げた。
が、ウルセラは剣を受け取る事なく、後方にいたイルマの腕を掴んで引き寄せ、皇帝の前に跪く。
「イルマを妻に迎えてもよろしいですか?」
「え?」
「……は!?」
「何?」
突然の衝撃告白に一同は固まる。
そしてローゼル以外の全員が「えぇー!?」っと驚愕の声を漏らす。
イルマは開いた口が塞がらず、マージフはアホ面を晒している。
当の本人は、涼しげな顔で顎に手を当てていた。
「いや、昨夜テラスで伝えるはずだったのですが、父上が演説に入られたので叶わず……ようやく報告できましたよ。という訳でイルマと結婚してもいいですか? イルマもいいだろう?」
「いやいやいやいやいや急に何言ってんすか!? 当然だろ? みたいな澄ました顔でさらっと言わないでくれます? 状況もおかしいし色々と無理ですから!」
首が取れる勢いで、脈絡のないプロポーズに首を横に振るイルマ。
大精霊は呆れた様子でウルセラの頭を軽く小突く。
「未来を築き上げるとは言ったけど、アンタ早すぎよそれ……」
「地下の奴隷市で見た時から心に決めていた……心身共に強く、聡明でいて何より美しい。この余に相応しい女性だ。さあ、婚姻の儀の日取りを決めよう」
「無理って言いましたよね? 話聞けこら。うわ、ちょ、お姫様抱っこしないで下さい!」
呆気にとられていた皇帝だが、すぐにほくそ笑み、立ち上がって岩を降りる。
「……好きにせよ。私は王座を下りる。アロセラ、ウルセラ。シルフィリアを頼む」
「父上……」
「私は今一度世界を知り、そして己を知る為に諸国を周ろうと思う。全ての答えを見つけた時、改めてシルフィリアの地に戻ろう。許せよ……では、達者でな」
皇帝は2人の顔を記憶に刻むように眺めると、ゆっくりと歩を進めた。
「父上……行ってしまわれた。正直……行かないでくれと、言えなかった自分がいる。父上の背中を見たら、なんだか……」
「最上の結果とは言えませんが、あれが父上の出した答えなのでしょう。きっと、いつの日か己が罪と向き合ってくれますよ」
父の背中を眺める2人。
マージフは力が抜けたように、深く息を吐いて座り込む。
「はぁ……これで一件落着って所かな。一時はどうなるかと思ったが、深く介入せず本人達が解決してくれてよかったよ」
「……」
「ん、どうしたのよマルちゃん」
「さあ、イルマ、マージフ! 今宵は宴を開くぞ! 今後の方針も決め、民に示さねば……忙しくなるぞ」
4人と一柱は、シルフィリアの城へと向かう。
皇帝失脚とアロセラ王女帰還の知らせは、すぐに城中に伝わり、ウルセラの名の下、すぐに晩餐会と議会が開かれる事になった。
王城テラス。議会を終えた饗宴の準備中。
ウルセラとアロセラの両名はシルフィリアの城下町を眺め、酒の入ったグラスを傾けていた。
「改めてお久しぶりです……と、言っていいんでしょうかね。姉上」
「地下で貴方の名を聞いた時は、凍りつきましたよ。こんな場所で弟と出会う事になるなんて……と」
「死したと聞いたアロセラ姉上。こうして再び相見える事、このウルセラは嬉しく思います」
「本当に会えたというだけで、顔を綻ばせているのですか? 私にはどうも、別の理由があるとしか思えませんよ」
アロセラはグラスを呷り、不敵な笑みを浮かべる。ウルセラは間の抜けた顔を数秒晒すが、すぐに堪えきれず声を上げて笑った。
「……フ、フハハハ! 敵いませんね姉上には。全てお見通しですか」
「冒険好きなウルセラ王子の名は、私の耳にも届いていましたからね。ここに私のみを呼び出した時点で、ある程度は予想できますよ。後はまあ……フフ、血は繋がっているという事です」
「それで……その、よろしいのですか?」
「……ええ。覚悟の上です──」
一方その頃。
王城書斎にてマージフがただ1人、机の上である書物を開いていた。
「妖精魔書……なんてこった。歴史が書いてあるなんて言ってが、とんでもねェ。アカシックレコードどころじゃねェぞこりゃ」
「あら、拾ってきたのねそれ」
「うお。ちっさい大精霊サマ」
妖精魔書の上に大精霊が現れる。
マージフの肩に座り、足をプラプラと遊ばせていた。
「これに書いてあるのは真実なのか? 大精霊サマ」
「当たり前でしょ。妖が直々に執筆した世界に2つとない貴重な歴史書よ。ま……こんなものが出回れば、間違いなくウィズロス中で大戦争が起きるけどね」
「そりゃそうだ……歴史書は時として残酷な真実を告げるというが、想像以上だな。マルちゃんが寄越した聖録創世書。ありゃただの聖書って訳か」
マージフは妖精魔書に描かれている絵を眺め、眉をひそめて下唇を噛み締める。
「奴らこんな世界にまで……はぁ、こりゃ俺が慎重にデータを回収させてもらう」
「あっそ。じゃ、この原本は妖が持っとくわ」
マージフがホログラム画面を出して妖精魔書をスキャンし、情報を取得した。
大精霊が指を回すと、本は縮小し光となって大精霊の身体に溶け込んでいった。
「ウィズロスか……また来ることになりそうだな。ていうか、マルちゃんはどこ行ったんだ? 長居不要だし、そろそろ帰ろうと思うんだが」
「……ねえ、アンタ。あの子なんだけどさ」
「ん、どうしたの」
「……いえ、今はいいわ。忘れて頂戴」
それぞれの思惑が交差する中、宴は幕を開け、いよいよ国民に向けての演説が始まろうとしていた。




