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異世界渡航ビジネスDOIT〜幾千万と存在する異世界なんて管理しきれません〜  作者: あ
〜奴隷蔓延るエルフの森林世界〜ウィズロス編
16/33

#15 喪われたはずのもの

 凄まじい地鳴りが辺りに響き、神樹は再び葉を散らす。

 深緑の森も、段々と枯れ色を帯びていく。

 神樹が、森が死に行く様を見て、皇帝は静かに口角を歪ませる。



「ククク……神樹の崩壊も近い。このシルフィリアの……ウィズロスの象徴が地に伏せし時、朕の時代が始まる。魔力溢れる素晴らしい世界がな!」


「神樹が崩壊……! そんな事、あってはなりませんよ父上!」



 皇帝はウルセラの怒号を嘲笑うかのように、神樹へと手を伸ばし、その魔の手を幹に突き刺す。



「な……!」


「最早この大木も朕の餌に過ぎぬ。今しがた、自己崩壊の魔法を組み込んでやったわ。今の朕にならこの程度容易い」


「なんて事をするのですか!? 自己崩壊の魔法……妖精魔環と同じ血の誓約か! ならば、血族である余ならば──」



 ウルセラは腰を低く構え、瞬速の太刀筋で魔法陣を断ち切ろうと踏み出した。

 ウィズロスで1番の騎士の初動は、常人の目には追えぬ程。ウルセラも速さには自身があった。

 魔法陣を捉え、いざ宝剣を抜刀しようとした刹那──自らの腕が存在しない事に気付いた。



「あ、がああああぁぁーっ!?」


「手癖の悪い愚息め。悔い改めて懺悔せよ。尚、朕の覇道を認めぬというのなら、父を止めてみせい。その様で再び剣が握れるならな……ハハハ」



 高らかに笑う皇帝。

 その手には、ウルセラの両腕が握られていた。

 皇帝は黒い炎でそれを燃やし、腕を消し去った。



「い、今私が治します!」


「無理だマルちゃん。そんな満身創痍の状態で固有スキルを使ったら倒れちまう。それにガイドロイドも言ってたろ……失われた部位の蘇生は無理だ」


「くっ、そんな……」


 項垂れるイルマ──そんな時、ウルセラはマージフ達に向かって頭を地面に擦り付ける。

 両腕があった箇所からは血が滴り、枯れた草木を赤く染めていく。



「神樹は……大精霊様が残したこの聖なる神樹は! この美しいウィズロス唯一の象徴だ! これが倒れてしまえば、この世界は暗黒に包まれてしまう! 頼む……父上を止めてくれ……!」


「王子サマ……」



 血に塗れながらも、その高貴なる頭を垂れるウルセラ。身分なんて関係ない必死の懇願なのは、誰の目から見ても明らかである。

 マージフは歯噛みしていた。

 調査員である以上、簡単に手を差し伸べてはいけないからだ。

 目の前で助けを求める人物がいても、何も出来ない己……マージフは、ある過去を思い出していた。



「ハハハハハ! もう神樹は倒れる。これでこの世界は朕のものだ! 頭を垂れ平服せよ! 新たなる世界の支配者に!」


「誰か、一瞬でもいい。ローゼルに隙を……」


「くそ、マルちゃん……ダメだ。これ以上はもう……この世界にゃいられん」



 崩壊寸前の神樹、慮外の強さを得た皇帝、疲弊するイルマ。

 見兼ねたマージフは、イルマの手を取って緊急帰還装置に手を伸ばした──その時であった。



「はああああぁぁーっ!」



 突如として前へ躍り出たロアン。

 ロアンは飛び上がり、皇帝の後方にある神樹へと手を伸ばしそれに触れる。

 すると地を鳴らしながら崩壊する神樹は、その揺れを収めていく。

 葉を散らす事を止め、再び沈黙する神樹……その光景に皇帝は驚愕の声を上げる。



「自己崩壊の魔法を消し去った!? 何だ貴様は!」


「ロアン君、まさか妖精魔書とやらで崩壊を防いだのか」



 ロアンが答えを紡ぐ前に、大精霊が首を振った。



「いいえ、あり得ない。作った妖が自信を持って言うわ。多少は妖の魔力が残ってても、そんな絶大な力は無い。ただの歴史書だもの」


「なんだって?」


「ま、つまりそういう事よね」



 ロアンは皇帝の前に堂々と立ち、そして憐れみ深い目で皇帝を見上げる。



「貴様……! よくも朕の邪魔を! 誰ぞ知らぬが、一度ならず二度も三度も朕の前に立つとは。極刑に値するわ!」


「……やはり分かりませんか。もうこんな事は止めましょう──父上」


「何だと? 小汚い下等エルフに、父と呼ばれる筋合いなど無いわ! 朕の子はそこにいる愚息ウルセラと、とうの昔に死んだアロセラのみよ!」


「まだ気付きませんか。僕は──私はアロセラ・イェンローゼル・シルフィリア。皇帝ローゼル……貴方の娘です」



 ロアンは手を胸に当て、そう名乗りを上げる。

 その事実に、シルフィードを除いたこの場にいる全員が驚嘆していた。



「アロセラって……皇帝が昔亡くしたと言っていた王女様……? ロアンさんがまさか」


「ていうか、女の子だったのか……」


「あ、姉上……だと」


「虚言を申すな! 何をほざくかと思えば、アロセラの名を騙るか下賤の者めが! アロセラはあの夜確かに死んだ! 死んだのだ!」



 毅く否定の言葉を投げる皇帝であったが、その声音には明らかに動揺の色が孕んでおり、目の前に突きつけられた現実に、焦りを隠せないでいた。



「魔物の手にかかったと報告を受けただけでしょう? それに私は、血の誓約である自己崩壊魔法を解除した。それが揺るがぬ証拠ですよ父上」


「……!」


「貴方の後ろ暗い野心は、妖精魔環を通して知っていた……だから私は死を利用して、王宮を脱したのです。こんな血濡れた国の発展など見たくもないと」


「アロセラ……本当にお前なのか……?」



 怨嗟が形を成したような、禍々しい黒い炎のオーラが一瞬途絶えた。

 皇帝から発せられる負の威圧感による息苦しさがプツリと消えたのだ。

 シルフィードはその隙を決して見逃さなかった。



「今よ! 流動する魔力よ……妖が元へ来たれ!」



 小さな大精霊は、大きく腕を動かして巨大な魔法陣を宙に展開する。

 魔法陣より射出された光は、皇帝めがけて飛んでいき、光は矢となって皇帝の身体を包みこんでいく。



「ぐがあああぁぁーっ!? お、おのれシルフィードォ……朕の魔力は渡さぬぞぉぉ……ッ!」


「元々妖のだっつーの! 一瞬の心の綻び……ずっと待ってたわよローゼル。ウルセラ、アロセラ。今よ! ローゼルに触れて魔力を吸収しなさい! 血族であるアンタらなら出来るわ!」


「し、しかし余には……」


「手なら問題なーし!」



 シルフィードはウルセラの元へ飛ぶと、その自らの身体を緑の光へと変貌させ、ウルセラの身体を包む。



「ええーい! 妖、彼の者の腕とならん!」



 無くなった両腕の断面から蔦が伸び、それは花を咲かせながら手の形を成してゆく。

 大精霊の紋章が刻まれた植物の鎧──ウルセラの新たなる腕は、淡い緑光を帯びていた。



「こ、この腕は……!? 日差しのような温かな光が腕全体を包み込み、緑溢れる大地のような力が溢れてくる! しかも自由に動くぞ!」


「妖がアンタの腕になったげる。さあ、ローゼルの目を覚まさせてやりなさい!」



 ウルセラはコクリと頷き腕を皇帝へ向ける。

 ロアン──アロセラも隣に立ち、皇帝に近寄って手をかざす。



「ぐあああぁぁ……朕の魔力を……!」


「思い出して下さい父上! 貴方は私利私欲の為に全てを破壊するようなエルフではない! 万人から恨まれようとも、民の為に覇道を貫く父上に……厳しくも優しい父上に戻って下さい!」


「ああぁ、黙れ……! 朕は大精霊、この世界の支配者……朕は、朕はもう何も失いたくないのだ……!」



 アロセラは肥大化した皇帝の手をそっと握り、自らの額に当てる。



「失ったものならここにいます。嫌気が差して王都を抜けたのが父上を苦しめる事になっていたのを、私は心の奥底でずっと悔いていました……邪ながらも貴方は王として、ただ種族を繁栄させようとしていた。今なら贖えます父上」


「魔力などなくとも、何度でもやり直せます。我々はこのウィズロスにて大精霊様の加護を受けし、誇り高く美しいエルフなのですから!」


「が……ああああぁぁ……ッ!! 朕は、朕はぁぁ……」



 皇帝の身体を包む光は輝きを増す。

 シルフィードが力を込めて魔法陣を押し込むと、皇帝はまるで太陽のように赫灼と燃え上がる。

 そして恒星爆発の如く光を撒き散らしながら、皇帝の身体は爆音と共に破裂した。

 その悍ましい魔の肉体は滅び、元の老エルフとなって地面に倒れ込んだ。



「父上!」


「終わりねローゼル。子供たちが諦めず正の道を説いたからこそアンタは死なずに済んだ。これに懲りたら改めるのね」



「父上……!」


 皇帝の下に駆け寄るウルセラとアロセラ。

 後ろ手で頭を掻きながら、マージフは深く息を吐く。



「はぁ……なんとかなったか。ロアン君に感謝だな」


「……」



 突然、辺りに立っていられない程の大地震が起こる。

 木々がざわめき、草木は再び枯れ落ちる。



「な、なんだ!?」


「マズイわね。神樹が崩れるわ」


「な、なんですって!? 魔法は解除したはずじゃ……」


「もう限界だったのよ。それに加えて度重なるローゼルの魔力吸収。今までよく耐えた方よ。早く逃げなさい」



 小さな大精霊は光となって、再びウルセラの腕に消える。

 ウルセラは歯を食いしばって、意識のないローゼルを背負って駆け出す。



「うおっと。こりゃやべェ。マルちゃん、俺等も逃げるぞ」


「は、はい……」


 マージフは2人に続いて、イルマと共に森を脱する。

 メキメキと音を立てて軋む神樹は、まるで世界全体が泣いているような……そんな悲しげな音が響かせていた。



「全力で逃げろーっ!」



 騎士達が残した騎乗生物に跨り、大草原の中央へと避難する。

 神樹が一望出来る場所まで逃げ切った一同は、草原のキャンプ跡地からそれを見守る。



「あぁ……神樹が……」



 緑葉は全て枯れ色と成り果て、大きく幹を揺らしながらその命を散らす。

 幾万年と世界を見守り続けた神樹は──完全に崩れ去ってしまった。

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