#14 神樹より現れし黒翼
「朕の眼下を汚す塵芥共め……消え去るがいい!」
皇帝は翼を広げ、その蠢く眼から黒い閃光を飛ばす。
閃光が刺さった箇所は深く抉れ、一つ一つが恐ろしい威力を放っていた。
「えっ、あっ──」
「マルちゃん!」
イルマは瞬きをした。そして瞼を開けた時には、目の前に黒い槍が迫っていたのだ。
死を覚悟した瞬間、軽い衝撃が身体を走ったかと思えば、気付けばマージフの腕に抱かれていた。
「……え? あ、マージフさん……」
「ふぅ、間一髪だな。こりゃ少し手に余る。マルちゃん、下がってなさい」
「で、でも……」
「ありゃ、戦闘経験が無い君が相手していい敵じゃない。レベル1の僧侶が、いきなり魔王に挑める訳がないようにな……悪いがこれは上司命令だ。下がれ」
いつになく厳しい口調で、イルマに命令を下すマージフ。
イルマは一瞬で理解してしまった。
あの何か一瞬光ったようにしか見えなかった攻撃……マージフが助けなければ死んでいたと。
イルマは唇を噛み締め、拳を固く握り、そして静かに後ろへ下がる。
「さて……どうしたもんか。なんとか綺麗さっぱりに対処したいもんだが。元に戻す方法とかないのかね?」
黒き閃光を最小限の動きで躱すマージフ。
後退しながら避けるが、木を背にした瞬間に皇帝の腕が剣のように変形し、斬撃を飛ばす。
圧倒的な威力を誇る剣は、大木を枝のように両断する。
刃は遥か遠方まで飛んでいき、森を破壊していく。
「わーお、あぶねェな。食らったらヤバかったわ」
首を直角に曲げるマージフ。
その耳の数ミリ上で、大木は綺麗に切り倒されていた。
「なあ大精霊サマよ。あれなんとかしてくれよ」
「そうしたいけど難しいわね。力の殆どを神樹に残してきたし、その魔力は最早ローゼルの手に……でも一つだけいい方法があるわ」
「ほう。なんだいそれは」
「ローゼルの魔力は未だ不安定……魔力は元の主に帰ろうとする作用を利用すれば、アレの魔力を吸収出来るかもしれない。魔力の持ち主はこちらだと、分からせればいい」
「なるほど魔力を奪うのか。それはどうやって?」
「それには準備として、妖に力を送る存在が必要だわ。妖とローゼルの血が濃いエルフが最適ね。まあつまり──」
「余の出番だな」
声の主は、立ち上がったウルセラであった。
「王子サマ、行けるのか?」
「ああ……問題ない。余は覚悟を決めた。父上を止めて見せる!」
「……ふーん。ま、アンタでもいいけど。アンタは妖に力を送る必要がある。アンタのエネルギーを妖が吸収して、アンタという個を宿した妖が、ローゼルの魔力を騙して吸収する……口で言うのは簡単だけど、結構辛いわよ?」
「問題ありません。父上がこの美しい世界を滅ぼすのを阻止する……余には嫡子として、父上を止める責務があります」
「そお。いい返事ね……じゃあ遠慮なく吸い尽くしてあげる。時間かかるから、アンタはローゼルの相手してなさい」
「俺は囮ね。なんか軽いな随分と」
「まあ、アンタなら平気でしょ。人間とエルフ、どっちでもないんだし」
「……ハハ、そりゃどーも」
首と肩を鳴らすマージフ。
隣にはロアンが並び立つ。
「ロアン君平気か? 別に俺1人でもいいんだよ」
「いえ。僕にも責があります。この咎は、自らで贖うつもりですから」
「何やら訳アリっぽいな。よっしゃ、んじゃやるか」
覚悟を決めた囮役の2人。
背後では、何やら騒がしい声が聞こえていた。
「そ、そんな事……ですか!?」
「まず……飲まないと吸収……ないの……覚悟を決め……しょ? いいから大人しく──」
「しかし余には……めた人が──」
「うるさい……から、早く……飲め──」
何やら喚いていたウルセラだったが、突然何かに口を塞がれたような声を漏らす。
そして慟哭に似た苦悶の叫びを響かせると、やがてその声は聞こえなくなった。
「な、何をされてるんでしょうか一体」
「……考えるのはよそう。彼らには彼らの戦いがあるのさ。俺達はこっちに集中しよう」
「何を企もうが無駄だァァ! 朕が全てを破壊し、裁断してくれるゥーッ!」
皇帝は再び黒き槍を降らせる。
今回の攻撃の密度は、身躱すのみでは被弾は免れない。
「くっ、妖精魔書!」
「上位スキル【防壁】」
ロアンは書物を使い炎の壁を。
マージフはロック解除した上位スキルを使い、青い電子防壁を展開しそれぞれ防いだ。
「激しいねェ。無事かいロアン君」
「ええ、なんとか……しかし攻撃が非常に重い。全てを恨むような、憎悪を孕んだ深い闇も感じます。これほどまでとは……」
「失うのが怖い、か……やっぱどこでも変わらねェもんだな。次、来るよ──」
その後も一進一退の攻防を続ける両名。
しかし、無尽蔵に飛んでくる怒涛の攻撃に、2人に疲れが見え始める。
「クッソ……キリがねェぜ。MP無限かよ。あー、しんどい。縛りプレイきっつい」
「くっ、このままでは──」
「……慈愛!」
疲弊した2人の背に何かが触れると、緑の温かな光が優しく包み込む。
「疲労感が消えた? これは……イルマさん!」
「これで少し早く動けるはずです。こんな事しか出来ませんが……」
「ああ、助かったよ。ありがとうマルちゃん」
「さて、それじゃ──」
「終わったぁぁーっ!」
気を新たに構える2人だが、背後より聞こえた大精霊の声にハッとする。
後ろを見れば、何やら溌剌としたシルフィードと、やせ痩けたウルセラの姿が。
「待たせたわね。準備完了よ!」
「あれ? 王子サマなんか老けた?」
「も、問題ない……ぐふっ」
「あらら。どんな凄絶な体験したんだ……」
煌々と光り輝く大精霊シルフィード。
その力纏いし内にと、皇帝の下に羽ばたき飛んで行く。
「覚悟なさいローゼル。その力、返してもらうわよ!」
「何!? なんだこの光は……ぐああああぁぁーっ!」
大精霊から放たれる光の波動。
それは皇帝の全身を包み、徐々に光を増していく。
皇帝が持つ魔力は漏れ出し、その魔力の流動は、吸い込まれるに主の元へと帰っていく──かに思えた。
「……と、戦慄くと思うたか。ただの戯れだ」
「何ですって!?」
皇帝の身体から、赤黒い不気味な茨が出現する。
その茨は肥大化しながら、あろう事か光を侵食し始めたのだ。
「そんな……この短期間でここまで魔力を……!」
「これは最早朕の魔力。貴様の力、食ろうてくれるわ!」
大精霊が放った光は、蠢く黒い茨に完全に飲み込まれてしまった。
そしてそれは、輝く大精霊をも蝕んでいく。
「あ、うぅ……あぁ……」
「だ、大精霊様!」
「ハーッハッハッハァァ! 貴様の全てを頂くぞシルフィードォ!」
黒い茨は大精霊の身体を覆い尽くし、それを無理やり圧縮させる。
皇帝はその玉を躊躇なく飲み込んでしまった。
「く……かああああァァ! はっはァァァーッ! 実に清々しい気分だ! シルフィードの力の全ては、今や朕の掌中にありィィーッ!」
「そ、そんな……大精霊様が……」
「オーラが増したな。こりゃマズイぜオイ」
目の前で起きた絶望の光景に、膝を突くウルセラ……その顔の真横に、緑色の燐光が集う。
「イヤイヤ無理無理! なんか全然奪えなかったわ……! はぁ、はぁ」
「え! 大精霊様!?」
全員が声の方へ振り返る。
親指サイズまでに縮小した大精霊が、ウルセラの肩で息を切らしていた。
「最悪よもう! ローゼルめ……妖に眠る残り少ない魔力まで奪いやがったわ!」
「あの、え? 大精霊様……父上に食われ吸収されたのでは……?」
「あらー? 言わなかったかしら。妖は不老不死。絶対不変の存在なのよ。肉体が滅びようとも、無から勝手に構築される。ま……今はこんなまで縮んだけどさ」
「そ、そうなのですか……この流した涙はどうすれば」
「記憶と一緒に流しちゃいなさい。そんな数滴じゃ、草木の栄養にもならないわ。それよか、攻撃が来るわよ!」
皇帝が人差し指を立てると魔力が指先に集まり、その魔力の粒は、紫電迸る巨大な魔球へと昇華する。
「この力……どれ、試してみるか」
皇帝は躊躇する事なく、その魔球をマージフ達に向かって飛ばす。
高密度の魔力の流動。
その凄まじさに、辺りには烈風が吹き荒ぶ。
「くっ、早い……ああああぁぁーーっ‼」
全てを飲み込まんとする爆発。地は裂け、周りの木々を薙ぎ倒す。
土煙が晴れた時には、立っていたのはただの1人であった。
「ぐ、がは……」
「はぁ、はぁ……」
「クソ、皆!」
マージフのみを残して、皆はボロボロになって突っ伏していた。
「……貴様。先程から見ておれば、朕の攻撃をことごとく躱し、苦しむ素振りを演じるが如く、どこか余裕が見え隠れしておる。虫けらの分際で……実に腹立たしい。何者なのだ?」
「……」
「慈愛=ヒール!」
マージフの後方で、イルマが再び固有スキルを使い全員を癒す。
「身体が動く……イルマさん、ありがとうございます」
「傷も塞がっているとは。なんという力だ……助かったぞイルマ」
「え、ええ……無事でよかった……はぁ、はぁ……」
気丈に笑みを見せるイルマ。
だが、その顔には疲労が浮かんでいた。
もう容易に何度も、スキルを使用できないのは明白であった。
「さて、どうしたもんかね」
大精霊の力をも吸収した巨悪。
後がないこの状況で、マージフ達は改めて皇帝と対峙するのであった。




