#13 大地の母
「あなたが大精霊シルフィード……」
「そうよ。この神秘的で美しいご尊顔見れば、すぐ分かるでしょう?」
「え? えーっと──」
「にしてもムカつくくらい小綺麗な顔してるわねーアンタ。人間の癖に妙に艷やかだし。妖が知る人類は、もっと体毛ボーボーでくっさい奴らなんだけど」
「あの大精霊……様? 私は一体どうすれば? こうしてる間にも、外で皇帝ローゼルが──」
「あらそうね。ってそうよローゼル! あんのアホガキ! アイツが諸悪の根源なのよ! 妖をこんな狭い場所に閉じ込めて、挙句の果てには意識を閉じ込め、魔力だけを利用して予言なんてしてさーあ! 妖は一言も授けてないのよ!」
頭をクシャクシャと、その場で地団駄を踏む大精霊。
傍から見れば、とても聖なる存在には見えないだろう。
「そもそも妖は不老不死なのよ! 妖を封印した途端に、大精霊は消えたーなんてデタラメ言っちゃってさ!」
「あの──」
「今思い出してもムカつくわ! この怒りは何万年経っても消えないわね! アンタもそう思うでしょ、ねえ!?」
癇癪を起こすように、イルマの肩を激しく揺さぶる大精霊。
イルマはただただ辟易。
「……今なら皇帝の気持ち、ちょっと分かるかも」
鬱から始まる形容詞が脳裏に過るイルマ。
が、なんとかそれを飲み込んで首を横に振った。
「大精霊様。早く外に出て、惨状を止めないと……」
「あらそうだったわ。けど今のままじゃ外に出れないし……あ、じゃあちょっとアンタの身体に入らせて貰うわ」
「え?」
「妖の魔力とかほぼ神樹にある訳だし、このままじゃ外に出られないのよ。だからアンタの身体借りるわ。別に意識乗っ取る訳じゃないから安心なさい。居心地良かったら永遠に住み着くけど」
「え!?」
「フッ、冗談よ。なんかアンタ変なの持ってるし、長く住めそうにないわ。んじゃ、ちょっと失礼するわよ」
「えと、あのどうすれば……」
「こうするのよ──」
「ん、んん……!?」
シルフィードは唐突にイルマに口付けをする。
2人の重ね合った身体は徐々に一つとなり、光に包まれながらその線を霞ませる。
光は導くように一点の元へ収束し、その圧縮された光が恒星の爆発のように解き放たれた。
「ん……ここは……」
「おお、マルちゃん。おかえり。無事かい?」
「え? あ、はい全然無事です。外に出られたんだ」
キョトンとするイルマに、マージフは安心するように深く息を吐く。
皇帝は妖精魔環に手を付き、そこにあったものが無くなっているのに動揺していた。
「な、なんだ!? 大精霊の肉体はどこに消えたのだ!」
「ここよ、お馬鹿さん」
全員が頭上を見上げる。
そこに──かのものは存在していた。
薄緑の肌を包むように、極彩色の花々が彼女を覆っていた。
深緑の長髪は、枝分かれした蔓のように宙を撫でている。
身体の何倍もある羽根を広げると、辺りに燐光が舞い散る。
「妖は大精霊シルフィード。遍く生命を生み出し、このウィズロスを創世せし存在なり──あ、一応これ定型文ね」
「き、貴様はっ!」
「あーら久しぶりねローゼル。なあに? そのダッサイヒゲ。モジャモジャで威厳出そうと努力してんじゃないわよ」
「何だと……!」
「頭部モジャモジャで首から下はガリガリとか、どこの野菜よ」
「こ、この鬱陶しい物言い……やはり貴様かシルフィード!」
光を纏った半透明な身体。
ウィズロスの母大精霊シルフィードは、この神樹の森にて顕現した。
「こ、これが大精霊様……なんて美しい」
「でもなんか、口調がイメージと違うなァ」
「そこのスケベな男2人。幼気な少女の裸をマジマジと見ないで」
「えっ!?」
「……幼気?」
大精霊は宙で胡座をかき、ビシッと皇帝ローゼルを指差す。
「中から大体聞いてたわよローゼル。魔力を持つエルフの創生、ね……アンタやっぱアホよ」
「喧しい! 既にウィズロスは朕の国、朕の世界だ! 神樹に眠りし全ての魔力は朕の掌中に! 朕は魔法世界に相応しき、魔を統べる王となるのだ!」
「朕朕、朕朕うっさいわね! 何が朕よ偉そうに。昔は私なんて言ってたクセにさ。勝手に偉くなって朕だ朕だって……あーヤダヤダ!」
「……幼気な少女って言うなら、あんま連呼しないでほしいよなァ。その単語」
「アンタは魔力という存在を勘違いしているわ。支配しようとして出来るもんじゃないのよ。妖じゃあるまいし」
「……!」
「喪失の恐怖を支配と暴力で誤魔化し、人々欺き利用する統治者失格の行い。野望で自己を見失い、足元すら見えていない。今のアンタは、この世界中で誰よりも稚拙で愚かだわ」
「黙れェェェーッ!!」
皇帝は激昂したように大声を張り上げると、手に持っていた妖精魔器を掲げ、それを主のいなくなった妖精魔環へ向ける。
「もう手筈は整った! この集めた力と、貴様がいた魔環に残りし魔力を合わせれば、神樹など滅せる!」
「な……妖の魔力を!」
2つの光は皇帝の掌に集まり、それはやがて黒き雷となる。
その辺りに烈風が荒ぶ程の絶大なエネルギー体。
皇帝はその魔力の結晶を、徐に神樹へと放つ。
「神樹に眠りし貴様の魔力! 今こそ食らい尽くす時よ!」
黒き球体を神樹へと押し込み、自らの身体もまた沈ませる。
神樹より漏れた黒煙が、渦と成って皇帝の身体を包み込む……辺りの緑は徐々に枯れ果て、神樹もその幹を細く、そして葉を散らしていく。
その鳴動は、森全体が泣き叫んでいるようであった。
「かァァ……ハアアアァァー……!」
雷纏う黒煙が晴れた時──そこにいたのは、かつて皇帝だった者。
その目覚めは、大陸中に聞こえる程の鼓動であった。
「なん……という……!」
巨大化した身体は黒く光を帯び、四肢からは絡むように生え狂った植物が、主を守るように包んでる。
身体から咲く花弁は、主の呼吸に呼応するように花弁を広げていく。
大精霊と相反する漆黒の翼には、不気味に蠢く眼球が埋め込まれていた。
幾つもの命を宿す肉体に反し、皮肉にもその歩を踏み出す度に、森は枯れ果て死地と化す。
異型ながらも、そのどこか神秘的な姿。
まさに破壊を司る絶対的な存在──大精霊のようであった。
「ハハハハハ! 実に愉快ィィ! この無限に湧き出る絶大な力ァァァ! 全てを滅ぼせそうだァァァ!」
「あ、ああ……父上! 何も自ら魔力を取り込まなくても! 父上には民を導き、さらなる繁栄をもたらすという大役が──」
「どうでもよいわァ! この力を使い、全てを滅ぼしてくれるァァァ!」
「戯れがすぎます! 全てを破壊するなど……民達が築き上げた幾万年に及ぶものを、無に帰すというのですか!? 新世界を見せてやると……約束したではありませんか!」
「口答えするなウルセラァァァ! 何が民達が築いたものだ! 国も世界も、全て朕が作り上げたものだァァ! 最早何もいらぬ……朕が全てを破壊し創造し、支配してくれる! 貴様は手駒だ……ウルセラ。黙って朕に従えばよいわァァァーッ!」
変わり果てた父を前に、ウルセラはその美形に絶望を浮かべ項垂れてしまう。
「父……上……」
「結局、エルフの繁栄なんて嘘っぱち……自分さえ良ければ全てヨシなのよ。あれはもう、アンタが知る父じゃないわ。いえ、あれが真実だと言うべきでしょう」
「……聳える神樹より彼の者は顕現し、青き太陽は沈みゆく。まさに予言の通りですね。皇帝の本性は予め知ってはいましたが、ここまで露見するとは……」
「マージフさん、これ……」
「うーむ……このままじゃ本当に世界を滅ぼしかねないな」
「すみません……元はといえば、全部私が……」
「マルちゃんは悪くないさ。しかし、少しでも我々がこの事態に介入している以上は……さて、どうしようかね」
ロアン、そしてイルマとマージフは、皇帝ローゼルと相対するのであった。




