#11 テラスでの一夜
「はぁー……なんかとんでもない事になったな」
「そうですね」
テラスから、灯りの灯された城下町を見下ろすイルマとマージフ。
豆粒のような人々の笑い声が、ここまで聞こえてくるような……そんな喧騒絶えぬ御祭騒ぎ。
建国記念式典の前夜祭である。
「大精霊が植えたという、ウィズロス創世の時代から生える神聖な樹……それを斬り落とすなんてなァ。予言で滅びるなんて言われちゃ、衝動的になるのも仕方ないけどよ」
「……止める訳にもいきませんからね」
「ああ。俺達は調査員だ。神樹が崩れようが、ウィズロスが滅びようが、見守る事しか出来ない。けど俺達は今、間違いなく歴史が動く瞬間にいる」
テラスの柵にもたれ掛かって酒を呷るが、今にも吐きそうな顔をするマージフ。
日本酒が恋しいと、夜空に向かってボソッと呟く。
「ていうか、マルちゃん下に行かなくていいの? なんか他の侍女っぽい人達皆駆けずり回ってるけど……」
「募集の張り紙はそりゃありましたけど、別に雇われてないっすからね。ウルセラさんがここにいろって言ったんですよ。もうすぐ来ると思いますが──」
イルマが扉へ振り返ると同時に、テラスの扉は開かれる。
だがそこにやって来たのはウルセラではなく──皇帝であった。
マージフは瞬時に跪いて頭を垂れる。
察したイルマも、すぐに姿勢を下げた。
「……主等か。よい、楽にせよ。ノルゲンとはいえ、主等はウルセラが連れた客人だ」
「は、はい……」
「まだ名乗っていなかったな──朕はローゼル・ウルヘイム・ラヌス・シルフィリア。この帝国の初代皇帝である」
イルマとマージフは生唾を飲む。
歴史書で知ってはいたが、建国からの皇帝が当代で存命……悠久の時を生きるエルフの長寿命を目の当たりにしていた。
「それで? 主等は何者であるか」
「は、はい……私は奴隷のイルマ。隣にいるのも同じく奴隷のマージフと言います。奴隷商人……御主人であるロアン様に飼われていて──」
「ククク……違うな。朕に隠し事は通じぬぞ」
「え?」
「主等は──ノルゲンではあるまい?」
「ッ!」
皇帝の発言にイルマはハッと顔を歪ませる。
そんな分かりやすい反応を見た皇帝は、呆れたように笑みを溢す。
「安心せい。別に主等が何者であろうと、既に結果は出ている故な。捕らえるような事はせん」
「……なぜ、そう思うんですか?」
「簡単だ。魔環で主等の事を今し方調べたのだ。遠き異なる世界からの来訪者である、とな。害をなさぬ物見遊山の存在であるとも出ている。異なる世界とは些か興味があるが、今は感けている暇はない」
「魔環……」
「主等も見たであろう。あの妖精魔環を。あれこそシルフィリア繁栄の礎だ。朕はあれを使い、今まで政を行ってきた。あれを使って──この帝国をウィズロス一の大国にしたのだ」
皇帝の言葉に、イルマは咄嗟に口を開く。
「随分と予言に頼っているんですね。そうやって国を繁栄させたと?」
「マルちゃん……」
「歴史書で拝見しました。この帝国に滅ぼされた国や、失われた命……あなたは自分が行った事を、そうやって予言を言い訳にするんですか?」
皇帝である自分に、臆する事なく気丈に振る舞うイルマに、皇帝は少し嬉しそうに微笑む。
「朕はな。娘を失っておる」
「え?」
「ウルセラの姉でな……幼かったが、とても聡明で優しく、器量の良い自慢の娘であった。国を譲り、将来は女王として治めてもらおうと思っていた。生きていれば、主くらいの年頃であろう」
「娘さんが……」
「朕は臆病なのだ。知らぬ事柄というのは実に恐ろしい。娘のように、今度は国や民草が失われると思うと、安らかに床に就く事も出来ぬ。故に朕は富国強兵を誓い、魔環を用いて幾年とこの帝国を治めてきた。憚られる悪事も数え切れん……だが国を守る為であれば、朕は血に塗れた悪鬼にもなろうよ」
「……すみません。部外者が不躾な事を言って」
「よい。褒められぬ事なのは事実。だが朕は進み続けなければならぬ。それが、散っていった者達に対するせめてもの餞だ」
皇帝が見せたのは、今にも泣きそうな表情。
まるで愛する我が子を眺めるように、慈愛の瞳をイルマに向ける。
「娘は些か気が強くて……朕が戦に赴く度に、朕を叱ったものだ。先程の主の顔、娘に──アロセラに似ておったよ」
「そうですか……」
テラスに突風が吹き、イルマの髪を撫でる。
すると扉の奥からウルセラがやってくる。
「お、来てくれたねイルマ。父上もご足労痛み入ります。実は折り入って頼みが──」
「待てウルセラ。そろそろ時間だ」
ウルセラが両手を広げてこちらに歩み寄った時であった。
激しい爆発音と共に、色鮮やな花火が城を照らしていく。
それに劣らない人々の歓声が、テラスまで響いていた。
「陛下ーッ!!」
「親愛なるシルフィリアの民達よ! 耳聡い者は、既に聞き及んでいるであろう……魔環の導きに従い、朕はかの神樹を切り倒すと決めた!」
皇帝の言葉に、民衆はざわめき出す。
「神樹を切り倒す……噂は本当だったのか……!」
「神樹から出てくるモノによって帝国が滅ぶ……ついにあの予言の時が来たのか!」
「陛下が大昔に賜ったとされた滅びの予言か……神樹から帝国を滅ぼす者が現れるという」
「しかし、神聖なる神樹だぞ? 大精霊様の怒りに触れなければいいが……」
各々が困惑の声を上げる──が、皇帝はそれらを掻き消すように、拳を天に掲げ声高らかに叫ぶ。
「不敬であるのは承知! 諸国から反逆の国と罵られるであろう……だが、朕の他に誰が祖国を守れようか!? 大精霊は──もう存在しないのだ! 時代を作るのは今を生きる者である! 古き権威を断ち切り、今こそ世界にシルフィリアありと示すのだ! 朕についてまいれ! さすれば、朕が作り上げる新世界を見せてくれよう!!」
難色の顔を見せていた民衆だったが、皇帝渾身の檄に何人かが「そうだ」と頷く。
その賛同の声はやがて国中に伝播し、大地を揺るがす大歓声と成る。
「そ、そうだ……俺達全員が死ぬくらいなら……仕方ないんだ。大精霊様もきっと許して下さる!」
「祖国を守るためなら……共に罪を被ろう!」
「うおおぉーッ! 陛下万歳! シルフィリア万歳ーッ!!」
人々の心の隅に出来た後ろ暗い影は、皇帝の鼓舞と熱気により、一瞬にして霧散する。
「……出立する。支度をせいウルセラ。騎士団の者にも準備するよう伝えよ」
「あ、父上!」
「ウルセラよ……かの神樹を夜明け前に落とし、朝日当たらぬシルフィリアに、希望の光を灯すのだ。さすれば、主に新しき世界を見せてやろうぞ」
「父上……」
皇帝はそれだけ言い残して、テラスを去って行った。
「行っちゃいましたね」
「新世界、か……余は新しいものが好きだ。余の好奇心を満たす見たこともない美しいもの。父上は余が語った夢を、覚えてて下さってたのか……フフ、我々も行くとしよう」
「やっぱ私達も行く流れですか……」
「当然だろう。それに、父上に伝え損ねた事もある。シルフィリアの……いや、ウィズロス変革の時だ。遅れる訳にはいかないだろう」
ウルセラも続いてテラスを後にする。
様子を見ていたマージフは、ホッと胸を撫で下ろす。
「ふゥ……ヒヤヒヤしたよマルちゃん。皇帝相手にあそこまで言い切るなんて」
「あ、すみません。なんだかちょっと……モヤモヤしてたので。ああいう重責がある人は何かしらの覚悟があって、その決断に大いなる責任を持つのが当たり前……そう思ってました。でも皇帝は予言を盾に責任から逃げてる気がして……どうしても我慢出来なかったんです。それにあの皇帝──いえ、やっぱ何でもありません」
「そうかい。ま、確かに何万っていう人を不幸にしてる癖して、それを他者に責任を押し付け、自分は高みの見物を決め込む奴は、現実世界にもいるけどさ」
「……皇帝は怖いと言っていました。娘を亡くして……予言を言い訳にでもしないと、やってられなかったのかなって。なんか……ただの人なんだなーって……」
「んだな。どの異世界でも人の心ってのはそう変わらん。古今東西、王は孤独だ。それでも国の為……守るべきモノの為なら、万人に誹られようとも自分が信じたものを貫き守り通す。それが為政者ってもんだ」
イルマとマージフも、テラスを後にする。
外では凱旋を見守る民衆が大歓声を上げていた。
イルマはウルセラが乗る、馬と竜が混ざった騎乗生物に共に跨り、帝国を出発した。
「陛下ー!」
王家の旗を掲げ、催事用の白き武装をした騎士や、華やかなドレスを纏った美しい女衆が群を成し、それはそれは壮観な様であった。
「見ろ! 帝国騎士団だ!」
王が跨る黄金色の竜馬を先頭に、数十騎の騎兵が列を成す。
二番手に並ぶウルセラの横に、1人の騎士が並び歩く。
「団長。帝国騎士団50名。全て揃っております」
「ああ、ご苦労。帝国騎士団が介するのは久しいね」
「団長って……ウルセラさん、騎士団長だったんですか」
「ああ。王子として、父上より騎士団を任されている。素晴らしいだろう?」
「そーですか……ところで、あの最後尾で厳重に守られてるあれは……」
「ああ、妖精魔環さ」
列の最後尾では十数名の騎兵が囲み、鎖と布で封じられた球体。
書斎で見た妖精魔環が、持ち出されていた。
「なんでアレを持ってくんですか?」
「さあな……父上が命じたんだ。けどまあ、予言が覆ったかすぐ確認する為だろう。国に帰ってから確認するのではなく、わざわざ持ち出すのが父上らしい……」
「そうですか。ところで、なんで私を一緒の馬に? 頭にアゴ乗せるの、何なんすか」
「フフ、まあいいじゃないか。イルマの髪は綺麗だ。いい香りもする」
「うあー、頭撫でるのやめて下さーい」
一団は、やがて神樹の森へと到着する。
黄金の燐光舞う聖なる森。
古代の樹木がそびえ立つその神秘的な森は、決して来訪者を選ばず、その暖かい木漏れ日で全てを優しく包み込む。
「ここが神樹の森だ。神樹のお膝元……森を抜ければ神樹の根本が見える。王家の者でさえ安易に立ち入れない不入の聖域。身が引き締まるな」
真夜中にも関わらず、黄金色の木漏れ日が差し込む、光溢れる神聖な森。
宙を舞う蝶達の羽音が聞こえてくるような静寂。
現世とは切り離された眼前に広がる神秘的な景色に、イルマは言葉を失う。
「ふあ……」
この木々の一本一本が、樹齢何万年と重ねているだろう──魔力など全く感知できないイルマでも、そこに存在する何かのエネルギーを感じれずにはいられなかった。
そうして森を歩く一団は、やがて一面の壁に直面する。
「これは……木の壁? なんですかこれ」
「壁ではない。これが……神樹だよ」
「え?」
イルマは全体を見渡そうとするが、大きさ故に直線の外壁にしか見えなかった。
壁と見紛う巨大な幹は、国すらも飲み込む程の大きさであろう。
表面の年月を感じる樹皮は、幾重と花が重なっており、植物が生い茂っていた。
「……さて、許せよイルマ」
「え?」
皇帝が錫杖を掲げたと同時に、列乱さず待機していた騎士団は、武器を構えイルマとマージフを取り囲んだ。
「時は満ちた。今こそ生贄を捧げ──神樹を地に伏せる」




