#9 地下奴隷市
「ここだね……ほら、すごい人だかりだ」
ウル案内の下、3人は地下で開催される奴隷市へ辿り着く。
汗と血の臭い。
商人と奴隷が群をなす薄暗い地下で、それは開かれていた。
「若い女のノルゲンだよー! 値段は500万シルからだ!」
「そこの旦那! 男のノルゲンはどうだい? 歳はいってるが力持ちだよ! 今なら100万シルだ!」
身形の良い老人から無害そうな若者まで、多種多様な人々がノルゲンの奴隷達を眺めていた。
奴隷の売買は当たり前である……そんな異様な空気感が漂っていた。
「あ、あんな小さい子まで……惨いですね」
「全員人を買いに来てるのか。なるほど……ノルゲンを競り合ってる訳ね。こんだけ業者がいると、マルちゃん見つけるのも苦労しそうだな。そもそもここにいるかも──」
「探す必要はなさそうだよ。ほら、あれ」
ウルが指差す方向。
一際大きく立派な露店で人だかりが出来ていた。
船で出会った男が、紹介する奴隷はただの1人のみ──イルマであった。
「あ、マルちゃんいた」
「イ、イルマさん……!」
「さあさあ御覧下さい! こちらは女ノルゲン! まるで遠き空よりやってきた天の生物! 人形の如く美しい極上の奴隷ですよ! 値段は1億シルから!」
接客業に従事する者として、美容には人一倍気を使っているイルマ。
美容の概念や技術が乏しいこの世界の住人からすれば、その容姿に見惚れるのは自然であるといえよう。
「な、なんて美しいノルゲンなの……あの水面のような艶髪、見たことがないわ。どうやったらあんなに……」
「聖山ウィンデルにかかる万年雪のように、肌も透き通っている……エルフでも中々いないぞ、あそこまで美しい肌は」
そんなイルマに付けられたのは、1億という破格のスタート価格。
だが人々はその場を離れようとはせず、その極上のノルゲンを一目見ようと、見物客まで押し寄せる始末。
会場は一気に熱気に包まれた。
「引き締まっていながら、しっかりと豊満なあの身体。たまんねえな……」
「パ、パパ! あの奴隷ほしい!」
「馬鹿言うな、最低価格1億だぞ。出せる訳ない……だが確かに、あのノルゲンにはそれだけの価値がありそうだ。ぬぅ惜しいな」
「い、1億1000万!」
「1億1000万! 他はいないでしょうか!?」
ついに入札希望者が出てしまった。
人々は歓声と拍手までしていた。
超高級奴隷の競りは、最早パフォーマンスのような状態になっている。
その様子に、ロアンは頭を抱えて辺りをウロウロと徘徊する。
「ああ、イルマさん……あの男、船で既に狙っててイルマさんを盗んだのか。なんという悪手……卑怯千万ですよ!」
「悪徳だねェ。あの男を見て嫌な予感はしてたんだけど、ここまで強引だとは。甘く見てたな」
「もうこうなったら、正々堂々と直談判で──」
「いや、無理だね」
ウルはあっさりと首を横に振る。
「え?」
「あの男はここらの奴隷市を牛耳っている上役だ。見た所、君は外の商人だろう? 帝国専属の商人証を持たない君が盗品だと糾弾しても、鼻で笑われるだけだ。正当な方法で取り返すには、競り落とすしかない」
「しかし、正規の方法つったってよォ……そんな大金ないよな?」
「え、ええ。手持ちにはもう、食糧を買えるくらいの金額しかありません。ああ、イルマさんは買われてしまうんでしょうか……」
暫し考え込む藤間だったが、何かを思いついてニヤリと笑みを浮かべる。
「……ふむ。正当な方法が無理なら──奴らに倣って不当な方法で取り返せばいい」
「え? でもマージフさん、一体どうやって……」
「なーに。悪徳業者には悪徳業者で対抗すんのよ」
「何か企んでるね。すごい悪い顔してるよ」
「作戦はこうだ──」
「3億5000万!」
「4億!」
「さぁー! 4億まで出ました! 他はいませんか!?」
どんどん吊り上がるイルマの値段。
新たな金額が提示される度に、見物客は拍手喝采を起こす。
そんな時であった。
「そ、その奴隷は処女なのかー?」
観客の人混みの中から、そんな声が放たれる。
やや棒読み気味のロアンの声である。
集団は一瞬静まり返ると、やがて「確かに」と次々と声が上がり始めた。
「そういや確認してなかったな……勢いのまま盛り上がってたぜ」
「女ノルゲンは処女がどうかで価値が変わってくる。商人よ、どうなんだ?」
「……勿論処女でございます! ご安心下さいませ! 純潔を保った極上の女でございますよ!」
男がそう言い放った瞬間、観客に紛れれていたマージフの目が光り、勢いよく前へ躍り出る。
「嘘をつくなァ! その女は幾人もの男を籠絡し、誑かせてきた魔性の女だ! 俺も結婚詐欺にあったんだぞ!」
その怒号に人々は耳を塞いだ。
円を描くように離れると、息を荒くするマージフに視線が集まる。
「なんだ……この小汚いノルゲンは。逃げ出した奴隷か?」
「しかし、結婚詐欺とはどういう事だ?」
「お、お前は……!」
「古代のノルゲンのように、怪しげな魔術を使っている所も俺は見たぞ!」
「マージフさん何を……って、ああ……」
マージフの発言に、観客はざわめき出す。
聡いイルマはマージフの意図を瞬時に察知し、加護スキルの【セイバー】を使い、その棒状に輝く青き炎を出現させる。
「な、なんだあれは!?」
「まさか魔法!? バカな! 遥か古代に使い手は滅びたはずじゃ……」
「あ、悪魔だ……魔術を使う災いの悪魔だ!」
イルマのスキルに、観客は悲鳴に似た声を上げる。
「なるほど。考えましたねマージフさん」
「結婚を真剣に考えてたのに……なんとか言えよー!」
「……フンッ、まだ未練がましく私に付き纏うの? アンタみたいな仕事しない不摂生で小汚いダメ男なんて、私の隣にいらないのよ! アンタのせいでどんだけ私が苦労したか……恥を知りなさい! このボンクラダメ人間!!」
「……うむ。演技に聞こえないな。つかもう本心だろそれ」
ややスッキリした表情で、魔性の女の演技を見せるイルマ。
先程まで笑顔を見せていたエルフ達は、その激情に恐怖の顔色を浮かべる。
観客が臆した瞬間を逃さず、マージフはすかさず追撃をいれる。
「騙されるなよ皆ー! 処女なんて言うが、本当は処女じゃないぞ! 一晩過ごした男は星の数! 手当たり次第に男を食い散らかした超絶ドスケベ──」
そう言い終える前にマージフは口を閉じた。
イルマが顔面を狙って【セイバー】を射出したからだ。
スレスレで掠めたソレは、マージフの頬を斬り裂いた。
マージフは恐る恐るイルマの顔を覗くと、イルマはパキった目でマージフを睨み、親指でゆっくりと首を横になぞっていた。
「す、すごい迫真の演技ですねイルマさん……青筋浮かべて瞳孔まで開いてますよ」
「……うん。迫真っていうか多分、真だからね」
自分が避けたから良かったが、あの【セイバー】は確実に眉間を狙っていたと、マージフは軽く戦慄する。
イルマのガチ攻撃に、観客も更に恐怖を覚える。
「お、おい魔法を使って攻撃してきたぞ!」
「反逆だーっ! 奴隷が暴れ出したぞー!」
「な、お、お客様……!?」
周りにいたエルフ達はパニックに陥り、脱兎の如く逃走する。
商人と奴隷を残して、辺りには誰もいなくなった。
「き、貴様ら……! 小癪な真似を!」
「それはこちらの台詞ですね。どうして私の奴隷が、貴方の商品となっているのでしょう? 奢った振る舞いで利益を追い掛けて足元を掬われる。商人の風上にも置けない……愚かですね」
「……ッ! 黙れ!」
商人は怒りを顕にイルマを押し倒すと、その生脚に黒い足枷をはめる。
「イルマさん!」
「これは誓いの枷……絶対に外す事の出来ない足枷だ! この鍵無き鎖は、生命ではなく物だという証! 死しても一生外れん枷だ!」
「な……卑怯な!」
「いいか貴様ら……ここでは私が絶対の法だ! 逆らった事を後悔させてやろう。覚悟するんだな……全員に誓いの枷を付けて、そして奴隷にしてやる! お前達!」
商人が大声で合図を出すと、後ろの帳から、剣を携えた屈強な男達が飛び出してくる。
「コイツらは帝国最強……いや、世界最強の騎士団である『帝国騎士団』の訓練兵だ。正規兵ではないが、いずれ騎士団に入団する選りすぐりの男達だ! 逃げ場はないぞ……覚悟しろ!」
雇われた訓練兵達は、男の声を皮切りに剣を構えてにじり寄る。
「く、実力行使に出るとは……!」
「マルちゃん、とりあえずこっちへ」
「絶体絶命のピンチってヤツっすかこれ」
「……怠惰ィなァ。俺は労災降りないから、できるだけ乱暴は働きたくないんだけど」
マージフがため息を吐いて前へ出る。
男達はマージフの妙な威圧感を前に、剣の柄を強く握る。
「……もういい」
だが、その一触即発の事態を制したのは──ウルであった。
ウルはハットを脱ぎ捨て、男達の前に立つ。
「ここでは己が法律と言ったが、ここがシルフィリア帝国だという事を忘れてないか?」
「あ、あなたは……!?」
「下がれ。僕とて前途ある訓練生を斬りたくはない」
「な、な……」
「下がれと言っている」
ウルが腰に差した細剣に触れた瞬間、男達は吹雪の中で凍えるように身震い一つすると、その場から後退って、ついには1人残らず逃げ出してしまった。
「これでいい。余計な血を流すのは美しくないからね」
「ウルさん……あなたは一体……?」
「彼らは後で対処するとして……さ、後は此奴だけだね」
「な、何故あなた様がノルゲンの味方を……くそ、こんなはずでは……!」
「んな御託どうでもいいから、早くマルちゃんの足枷外せよ。このままじゃゲートくぐった時、マルちゃんの足が愉快な事になっちまう」
「……フ、フハハハ! 残念だったな。言ったはずだぞ……それは絶対に外す事ができんとな。鍵など存在しない。私にも外す術はないのだ! 私に逆らった事を一生悔やむがいい!」
男は高らかにそう笑う。
このままではマズイ、とマージフが首を捻った時だった。
「これなら……平気でしょう」
ザシュッとという鈍い音と共に、イルマは【セイバー】を使って──自らの両足を斬り落とした。
辺りに鮮血がこぼれ落ちる。
「な、何!?」
「イルマさん!?」
「マルちゃん、何してるんだ!」
「う、ぐ……で、でも……これで……いいんですよ……初めてだけど、使い方は分かる──慈愛……!」
イルマは斬り落とした足から枷を外すと、その足を自らのスキルで接合させる。
眩い白光がイルマの足を包み、やがて何事もなかったかのように、傷一つ無く完璧に治癒された。
「足がくっついた……!? イルマさん、あなたは本当に魔法を? というか、そんな魔法見たことが……」
「マルちゃん……そういう事か。だがそのスキルは痛みまで和らげる訳じゃないだろう。両足の切断なんて、想像を絶する痛みのはずだ。他に解決策もあったろうに……」
「ブーツ履けなくなるの嫌だったので」
「そこかよ」
「ば、バカな……!」
イルマは冷や汗を拭って、崩れ落ちる奴隷商人の元へ向かい、その場で見下ろす。
「……奴隷も歴史の一つである為、私がとやかく言う筋合いはありません。でも一つだけ忠告です。まともに給料が出ない会社なんて、誰もついていきませんよ。んな会社、意欲的に働こうなんて思わないし、生産性を上げるなんて不可能です」
「貴様……!」
「これはあなた1人に言ってる訳じゃありません。奴隷制度……もう少し、ターンアラウンドに向けてリノベしたらどうですか?」
「……」
男はイルマの言葉に何も返さず、地面を眺めていた。
ウルはそんな男の腕を持ち上げて、歩くように命令する。
「僕はこの男を憲兵に引き渡そう。元より王家との懇意を吹聴し、詐欺紛いの商法を行っていた罪人だ。丁度良かったよ……さて、君達も共に王城に来るといい」
「え?」
「王城へ行きたかったんだろう? 応募なんかしなくても、僕が招待すればすんなり通れる」
「招待って……?」
「フフ……申し遅れたね。僕の──余の真名はウルセラ・レンローゼル・シルフィリア。皇帝ローゼルの嫡男だ」
「「え、えええええぇ!?」」
ハットに続きローブも脱ぎ捨てたウルは、格式ばった会釈をする。
深紅色の鎧に身を包み、春を思わせる桜色の髪から、甘くシャープな香水の匂いをフワリと漂わせる。
例に漏れずエルフは基本的に美形ではあるが、彼はまた格段とオーラがあった。
人を平等に扱い、美形にそこまでの興味がないイルマでも、その眉目秀麗の美丈夫に一瞬の間目を奪われる。
「高貴っぽい雰囲気だったが、まさか王子サマとはね」
「魔環に導かれ城下町へ出てみれば、こんなに素敵な出会いがあるとは。ハッハッハ! 余は気分が良い」
「あ……」
「氷のような湛然不動さに、奥に潜む情熱の炎。気に入ったよ……イルマ」
ウルセラはイルマの顎をそっと持ち上げ、お互いの唇が触れる寸前でそう囁く。
衣服を着替えた瞬間、雰囲気が一変するウルセラ。
イルマはもの静かな青年の豹変っぷりに、ただ困惑する。
「衣服着替えた瞬間、性格変わるんですねアナタ。変わった人ですね」
「……マルちゃん? 人の事言えないよ?」
「ここを出ましょうか。陰湿だし臭いし、それに早くお城へ行ってみたいです」
「……」
「ん、どうしたんだいロアン君。そんな難しい顔して」
「い、いえ……なんでもありません……なんでも……」
地下の奴隷市を後にする一行。
目指すは帝国の権威──王城。蠢く暗雲は更に深く、空を塗りつぶしてゆく。
ウィズロスでの最後の調査が始まろうとしていた。




