#0 異世界がある世界
西暦2085年──異世界の存在が科学的に証明され、自由に渡航可能になって早一世紀。
今尚、指数関数的に増え続ける異世界──その異世界の管理を政府より任された会社が、この日本には存在していた。
「よ、よーし……やってやるわ」
DOIT──異世界省所管の異世界渡航機構である。
ホログラムのデータ書類を片手に浮かせ、そんな会社の面接会場に降り立つ1つの人影。
「大丈夫、大丈夫だよ円依香南……渡航ライセンスを速攻で取得して、専門学校で死ぬほど勉強して推薦だって貰ったし。大丈〜夫……私は受かる!」
最終面接案内と書かれた画面を消し、深呼吸1つする女。
スーツの襟を正し、パンプスの上に乗った桜の花びらを落とす。
円依がビルの前に立つと、彼女のその鮮やかな白藍色の髪が風に揺られる。
「宇宙飛行士より倍率高い会社の試験で、ここまで来たんだもん……こうなったら這ってでも受かってやるし」
円依は内ポケットに入れていた1枚の写真を取り出す。
大勢の子供達が写っており、右下には児童養護施設『アオバラ園』と書かれていた。
「不採用だったら、施設の皆に合わせる顔がないなあ。って、弱気なるなっつーの私!」
「そうそう。及び腰になっちゃダメよ。取り繕った問答なんて会社は求めてないんだから」
「そうですよね……けど、どうしても緊張して本来の自分が──って、アンタ誰!?」
独り言に返事が返ってくるという慮外の出来事に、円依は勢いよく振り向く。
円依の目に映ったのは、ビルを背にタバコを吸う気怠げなスーツ姿の男であった。
「ようやく会えたね。久しぶり」
「いや、初対面だと思いますけど……えっと、職員の方ですか?」
「いいや、俺はこのビルの2階で医者をやってるモンだよ。耳鼻肛門科の」
「いや……なんすかその穴に特化した医者。そこ同時に悩んでる人なんています?」
「客は中々来ないよ〜。まあ、趣味でやってるからいいんだけどね」
古今東西、趣味で医者やってるのアンタだけだと、円依は心でそう漏らす。
「オフィスを貸してくれってDOITに言われたから、今はただ外で休憩してるだけよ俺は。後は、ここに入っていく若者の顔を見てるだけさ」
男はタバコの煙を空へと逃がす。そして、ようやく円依を視界に捉えた。
「この中にいる100人の選りすぐりの候補者の内、1人だけが受かるなんて、DOITはすごいよねェ。あ、そうだ。一応聞くけど君の名前は?」
「え? 円依ですけど……」
「そか。じゃあ、マルちゃんだな」
「マ!?」
「1つ聞くが、マルちゃんはなんでこの会社に入ろうと思ったんだ?」
男はタバコを手で回しながら、軽い口調でそう言い放つ。
円依は首を傾げつつも、男の質問に答える。
「何でって……入りたいからですよ。異世界管理人という夢のある職業に就きたい。これに尽きます……あの、すみません。私、そろそろ会場行かないと──」
「……18名」
「え?」
「前年度のDOIT職員の死者数だ」
男は深く息を吸い込み、再び煙を空へ逃がす。
「内1人は君みたいに綺麗で若い女性社員だった……彼女は新しく見つかった異世界調査に失敗した。ゴブリンに類似した知的生命体に捕らえられた。同行していた調査員が見つけた頃には、身元確認まで時間を要する程に酷い有様だったらしい」
円依は昨年のネットニュースを思い出していた。
メディアは大体的には報じていないが、その連なる隠語の奥には、想像を絶する事件概要があったのだろうと……円依は生唾を飲み込む。
「他にも奴隷にされたり、戦争に巻き込まれ戦死したり、処刑された職員もいる。この仕事は夢のある仕事だけど、それ相応に責務と危険が追っかけてくる。異世界は、筆記や実技の試験では到底推し量れない場所だ。だから毎年大勢の新人が死ぬ」
ボサボサに伸びた長い髪から覗く男の瞳は、気怠げながら鋭い光を放っていた。
「怖いだろう? 生半可な覚悟では到底やっていけない仕事だよ。もう1回聞いとく。君は何故この会社に入りたいんだい?」
全てを見透かすような男の視線──しかし、円依は臆する事無く正面から質問に答える。
「異世界で命を落とすかもしれない……想像したら確かにめちゃくちゃ怖いですよ。でも、それでも私はこの仕事に就きたいんです」
手元にある写真を見つめながら、円依は言葉を続ける。
「確かに、生半可な気持ちではいられない仕事だと思います。でも私は約束しました。大人になって、必ず誰かの役に立つ仕事に就くって。それがどれだけ危険でも、どれだけ怖くても、私は逃げない。私は──人を助ける存在でありたいんです」
円依の返答に表情を変える事なく、男は無言でタバコの火を落とす。
「言葉で言うのは簡単だよね。上辺だけの模範解答なら誰でも言える」
「ぐ……そうハッキリ言われると──」
「けど、君の信念には嘘がないよ」
「え?」
俯く円依は、ハッと顔を上げる。
「全く。こんなになっちまうなんて。これも運命かねェ」
「あの……?」
「いい答えじゃないの。それだけ自分の意見を堂々と言えるなら、合格は間違いなしさ」
男は初めて笑顔を見せる。
円依はポカンと口を開けていたが、すぐに我に返る。
「って、そうだ面接! 色々偉そう言ったけど受からなきゃ意味ないっつーの!」
「ああ、そうそう。ここに来るのマルちゃんで100人目だから、君でラストだよ。もう面接終わってるかもね」
「はあああぁぁーっ!? 早く言えや! もう、バカぁ〜……落とされたら一生恨みますよ!」
「ははは、君なら大丈夫さ」
「うるせーこの穴医者オヤジ!」
中指を立てて男にそう悪態をつく円依。
男は乾いた笑いを溢しながら、階段を上ろうとする彼女を呼び止めた。
「マルちゃん」
「なんすか!?」
「また、会おうな」
円依は手を振る男に応じる事なく、べーっと舌を突き出した後に階段を駆け上っていった。
「ハハハ。可愛いなあ。いい子に育ったねホント」
男は円依の気配が消えたのを見計らうと、ポケットからホログラム端末を取り出し、画面をスクロールして通話ボタンを押下する。
「──こちら最終試験担当の藤間……ええ、ちゃんと100人見ましたよ……ええ、はい。決まりました。試験番号27438番──円依香南を採用とします」




