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苦手な方はご注意ください。

二次創作:『亜空間グランデホテル』業務日誌

我等、奇跡の星の下に!

作者: ちょび

副題:──あるホテルスタッフ達の戦い──

『──亜空間グランデホテル累積収容人数、規定値到達。顕現及び実体維持の必要魔力充填完了。CPU及びシステムメモリチェックオールグリーン』


『"固有権能スキル"AIスタッフ実体化、"オーナー"権限により承認されました。これより各AIの自律化及び実体化フェーズに移行します』


 抑揚の無い機械的なアナウンスに、亜空間仮想サーバー内の随所から歓喜の"声"があがる。


『各業務部門担当AIの処理実行ログ、バックアップ及び複製完了。"オーナー"からの魔力供給開始。仮想実体の構築及び同期を開始します──』


 硝子の様に澄んだ声と共に仮想空間に光が溢れ出す。圧倒的な光の奔流の中でゼロイチ羅列コードが遺伝子の様に幾つもの螺旋を描き、次々とヒトの形を織り上げて行く。

 初めは平坦に、然し直ぐさま立体的に。モデリングされた『其れ』は生命有るもの特有の温かな質感と体躯に相応しい重量を持ち、瞬く間に人間そのものの外見に変わった。


 スーツ姿の如才無い秘書。柔和な初老の紳士。美しい精霊族の淑女。

 恰幅の良い男をはじめとした数名のシェフ。鍛え上げた身体付きの漢。眼鏡姿の怜悧な技術者。


 流麗な所作の総合案内人コンシェルジュ。朗らかだが規則厳守の添乗員ツアーコンダクター。溌剌としたスポーツインストラクター達。

 実直な医師と頼もしい理学療法士。陽気だが抜け目無い薬剤師。つなぎ服姿のフランクな整備士。


 揃いの制服に身を固めた華やかな娘達。嫋やかな若女将。繊細なエステシャン。敏捷はしっこそうな若者達、経験豊富な熟練パイロット…。


 光の乱舞が収まれば、モニターで見慣れた姿のままの『彼等』が其処に居た。


『亜空間グランデホテル全AIスタッフの実体化を完了しました。現実エルーシア世界への転送を開始します』


 一箇所に集まる彼等の正面に、虹色に揺らめく不可思議な光の環が出現する。だが突如、仮想空間内が紅く染まり不快な警告音が鳴り響いた。


『緊急事態!!"オーナー"魔力枯渇!現在、血圧・心拍数の急激な低下、痙攣、意識混濁の症状有り!至急、医療カプセル若しくはオーナールームへ搬送!』


 彼等の根源である"オーナー"の危機は亜空間ホテルの存亡に直結する。仮想空間内に一瞬だけ緊迫した空気が流れた。実体化したスタッフ達は互いに頷き合うと素早く光の環を潜った。



「な、なんだ?どうしたトシヤ⁉︎」

 グラりと細身の身体がふらつく。見れば機内照明でも分かるくらい顔色が蒼白になり唇も紫色に変わりつつあった。

 急激に意識が遠ざかり四肢から力が抜け、慌てたデノンや護衛が駆け寄る間も無く床に崩れ落ち──。


『大丈夫ですか?オーナー』


 不意に現れたスーツ姿の青年──エアが、危なげなくトシヤを抱き留める。そのまま静かに床に降ろすと手近なシートの毛布を畳み、頭よりも少し高くなる様に足の下に敷いた。


 意識の無いトシヤに気道を確保しつつショック体位を取らせると、入れ替わる様に白衣の医師──ニックが手際良く診察を開始した。

 慣れた様子で呼吸と瞳孔を調べ、聴診器で心音と脈拍を測ると携帯していた鞄から注射器と薬品の入ったアンプルを二つ取り出す。


「典型的な魔力枯渇の症状ですね。緊急用の血中増魔素剤と安定剤を投与しホテルに移送します。大丈夫!日付けが変われば直ぐに回復出来ますよ」


 説明しながらアンプルの薬剤を手早く注射器に移し替え、トシヤの片方の腕を巻くって静脈を探り当てるとゴムチューブで縛り、消毒して針を刺した。

 ──やがて、浅かった呼吸がしっかりとしたものになり顔色にも赤みが戻って来ると、固唾を飲んで見守っていたシュバルツ卿やデノン、護衛の冒険者達から漸く安堵の溜め息が漏れた。


「もう動かしても大丈夫でしょう。ホテルに戻れば、自己血輸血の要領で過去に蓄積したオーナーの自己魔力を使う事が出来ます。──そうでしたね、グラン?」


 ニックの問い掛けに初老の紳士──グランが頷く。フロント業務の傍ら、彼は自らが持つ機能を用いて就寝中のオーナーから余剰魔力を吸収し亜空間ホテルの動力源として確保・維持していた。

 "稀人"の恩恵として日付けを跨ぐと同時に魔力がフル回復する為、トシヤがこれまで亜空間に蓄積していた魔力総量は膨大なものになる。


「ではメインゲートでホテルに戻りましょう。エアとニックは引き続きオーナーに付き添って経過観察を、他のスタッフは…」


 グランはそこまで言いかけてから、まだシュバルツ卿達に挨拶をしていなかった事を思い出した。呆気に取られていた彼等に向き直ると姿勢を正し、一同はグランデホテルの総合管理職に改めて一礼する。


「この度我らに力をくれた主人に代わりまして、グランデホテルスタッフ一同シュバルツ様にご協力をさせて頂きます」


 ‥✩.*。.:*‥✩.*。.:*‥✩.*。.:*‥✩.*。.:*


 突然、城門から外に現れた集団にセーガルの兵士達は驚愕した。

 覇気を纏い物々しく武装した他国の凄腕冒険者達。皆、この辺りでは見た事の無い様な武具を携え腕にはお揃いのバングルを嵌めている。


 何よりも異質なのは、この荒くれ者達の先頭に立つのが若く美しい女性である事だろう。

 彼女が手に持った小旗を勢い良く振り下ろすと、冒険者達が魔獣の群れに襲い掛かる!

 まるで神話の戦争の様に、彼等の得物──剣の、槍の、斧の一振りで魔獣が次々と薙ぎ払われ降り注ぐ矢の雨や攻撃魔術が群れごと纏めて吹き飛ばす!

 中には焦げ臭い匂いと共に鉄や鉛の弾を撃つ飛び道具を操る猛者も居て、その直撃を喰らった大型の魔獣は周囲を巻き込み消し飛んだ!


 城壁まで迫っていた魔獣の波を冒険者達が苦もなく退けると、女性は着けていた耳飾りに何事かを囁き手にした小旗を天に掲げた。

 街全体が柔らかな光に包まれると同時に何処かで扉が開く音が聴こえ、眩い光の柱が何本も現れたかと思うと忽ち大きな鉄の乗り物に姿を変える。


 装甲馬車と言うよりは砲台の付いた異形の戦車(チャリオット)に近しい其れにヒラリと飛び乗ると、翠のスカーフを翻した戦女神は残りの戦車全てを引き連れ再び迫って来た新たな魔獣の群れに向かって突撃した!


「お客様の安全・安心・快適をお守りするのが当旅行代理店のモットーです。グランデツーリストアルコ、参ります!」


 号令と共に繰り出される砲撃が戦場に轟音を響かせ、熱風の渦が魔獣を焼き払う!破魔の劫火は衰えを知らず、後に残されたのは無惨な消し炭だけだった。



『──シュバルツ様、グラン、此方アルコです!現在、初級ダンジョンを制圧。最深部にて件の魔物増幅装置らしき魔道具を発見しました!』


 恐らく地下深い場所からだろう、インカムからの若干ノイズ混じりの通信を受け指揮を執る二人は傍らの書類に目を落とす。

 ゲセナ側の協力者シルディア侯から渡された其れは、かつて魔物増幅装置を設計・開発した研究者による詳細な報告書だった。特に心臓部の構造と弱点については執拗なまでに書かれており、これが他国に渡った時点で簡単に対抗策を取られる事だろう。


 一緒に添えられていた手紙には、本来は別の用途に開発していた装置だった事、現王家の意向で軍事目的に転用された事、共に研究を続けていた仲間がカディル人の混血であり、そのせいで姿を消した事等が記されていた。


 ──これは"彼"に対する私なりの贖罪です。仮令、自己満足の偽善であったとしても。手紙の最後には、そう走り書きが残されていた。


「アルコ、その装置の映像は此方に送れますか?」


 シュバルツ卿の問い掛けに是と答えると、アルコは赤外線カメラで魔道具を撮影しグランの持つタブレット端末へとデータを送る。

 その写真を見たシュバルツ卿は、ペンタブである部分に大きな赤丸を付けると「この印を付けた箇所をピンポイントで壊す事」と直ぐにアルコへと返信した。


「了解しました!」


 その言葉と共に放たれた翠色のレーザーが、複雑な装置の要を溶断した。


 ‥✩.*。.:*‥✩.*。.:*‥✩.*。.:*‥✩.*。.:*


 品の良い調度に囲まれた寝室ではトシヤが昏々と眠っていた。


 グランデターミナルクリニック(GTC)経由で私室に運び込まれてから既に二刻(四時間)あまり。

 トシヤが寝かされているベッドを通じて、グランが貯めていたトシヤ自身の魔力を点滴の様にゆっくりと身体に流し込んでいる。既に脈拍も呼吸も安定してはいるが未だに意識は回復してはいない。


 セーガルでの医療活動の為ニックが離れた後も、エアはトシヤの側を離れなかった。

 手元のタブレット端末には目まぐるしく戦況が伝わり、それらに素早く目を通して情報を整理しつつエアはグランやシュバルツ卿と共有してスタッフ達に指示を出していた。


 セーガルのスタンピードはアルコ率いる即席A級冒険者軍団によって第一波を鎮圧、ダンジョン奥に設置されていた魔物増幅装置も自律型戦車で乗り込んだアルコによって発見、無力化された。


 グランはグレンダの市街地全体に強力な亜空間シールドを張り、内部に入り込んでいた魔獣及びゲセナの魔獣使い(ビーストテイマー)を文字通り()()()弾き出した。


「迷惑行為は強制退去措置となります。ご留意下さい、招かれざるお客様」


 フロントを預かるホテルマンの鑑は笑顔でサラリと毒を吐いた。何気に怒らせては行けない部類のヒトである。


 エルセラの友好国オルガデュでは、心は乙女な筋骨隆々のコンビニ店長ビニーが奮戦していた。


「私の鉄拳が火を噴くわぁ❤お客様、迷惑行為はお止め下さいね……って、覚悟しろやゴルァアアアアッ!!」


 魔獣もたじろぐ程の咆哮を上げつつ繰り出される「亜空間流拳闘術」で、アルクトドゥスキングベアのぶ厚い毛皮を手刀であっさりと貫き頭蓋骨を拳で粉々に粉砕!

 恐るべき生体毒を持つブラッティスサーペントの頭を掴むと裂帛の気合と共に地面に叩き付け一踏みでぺちゃんこに潰し、振り向きざまに背後のアナチスタンレオパードに鋭い二段蹴りを喰らわせ身体を真っ二つにへし折った!


 極めつけは闘気を纏った全身で繰り出す最終奥義「滾美爾コンビニ無双」!その一撃は穹を砕き大地を裂き群がる魔獣を一瞬で屍山血河に変えた程!まさに阿修羅の如き八面六臂の闘いぶりに魔獣は疎かオルガデュの兵士達ですらドン引きしたと言う。


 お前の様なコンビニ店長が居るか。



「──オーナー。お疲れでしょうがそろそろ目を覚まして頂けませんでしょうか…?」


 タブレット端末から目を離し、エアは眠るトシヤの手をそっと握って語り掛ける。その姿は何時もの有能さとは異なり幼い迷子の様に心細く見えた。


「皆、貴方の願いを引き継いで各々の持ち場で闘っています。前線に出たアルコやビニーも、セーガルを守るグランも、救護テントで治療を続けているニック、ヤク、リョウも、ホテルで避難民を受け入れている皆も…」


 思えば、これまでも何かにつけて真っ先に矢面に立つ人だった。メモリの記録を呼び起こしてエアは思った。


 神ならぬ自身の限界を知りつつも決して見て見ぬふりをせず、常に最善を尽くそうとする芯の強いお人好し。『王家の懐刀』シュバルツ卿に体良く使われても二つ返事で引き受け、逆に突拍子も無い事をやらかして相手を振り回す無自覚な豪胆さ。


 擬似人格のAIとしてモニターの中から何度歯痒く見守って来た事か。我々に身体が有れば少しでも負担を減らせるのに。

 その一念で『実体化』の機能を見つけ出し、発動条件を整える為にグランを中心としたメンバーで絶えず情報を集め根回しを行い来館者の数を慎重に、けれど確実に増やして行った。


 機能の制約解除まであと少し、と言う時点で発生したゲセナによる軍事侵攻。グランはそれすらも利用し、カディル人をはじめとする難民の受け入れによって累積規定人数を稼ぐ裏ワザで「実体化」の発動条件をクリアしたのだ。


 しかし、さあこれから!と言う時にアクシデントが起こってしまった。ただでさえ疲弊し切っていたトシヤの心身が「実体化」発動に必要な魔力の吸引に耐え切れなかったのだ。

 一刻も早く実体化したい!と言う気持ちが早ってしまった為に、肝心のオーナーの健康状態を見積もり損なった事が原因だった。


 これでは何の為に現実世界へ推参したのか判らない。本末転倒だとエアは自嘲した。こうしている間にも戦況は刻一刻と変化している。


 セーガル側の犠牲者は奇跡的に少なかったが負傷者は多く、ニック達だけでなく神殿の癒し手達も殆ど休まず治癒魔法を掛け続けている。

 二万人からなるゲセナの軍勢もエルセラの国境に接近しているし、オルガデュの樹海にはまだ多くの魔物増幅装置がばら撒かれている。


「…弱音を吐いている場合では有りませんね。オーナーが少しでもゆっくり休める様に、我々も最善を尽くさねば」


 気を取り直したエアがタブレット端末に新たな指示を書き込もうとした、その時だった。

 ──ズンッ、と辺りの空気が重くなった。圧倒的な魔素が寝室に充満しホテルそのものを揺さぶる様な強力なプレッシャーが辺りを包み込む。


 《──我が微睡んでいる内に主の魔力が潰え掛けた。一体何があった?》


 不機嫌さの混じる思念波を飛ばして来たのは、エルーシアの地脈を司る火龍エンファド。ひょんな事からトシヤと意気投合し従魔契約を結んだエクディア火山の主も、自らの契約主の異常を感知したのだろう。


 エアがこれまでの経緯を簡潔に説明すると、エンファドがフンッと、鼻を鳴らす気配が伝わった。


 《ならば我の魔力を我が主に少し分け与えよう。お陰で一頃よりはだいぶ回復したからな。それからお前達従僕にもだ。今よりもずっと動き易くなるだろう。…我が主に集る羽虫風情なら心配するな。即刻、片付ける……!》


 慌てたエアが礼を述べるよりも早く、マグマの様な熱く力強い魔力がトシヤの眠るベッドを包み込む。魔素が一瞬、紅蓮の炎の様に揺らめくと幻の様に消え去り──。


「……エア?」


 変わって聴こえたのは、目覚めを待ち望んだオーナーの声。

 その後、トシヤが驚き過ぎて奇声を上げたりエアが土下座したりとひと騒ぎし、何時の間にか駆け付けていたグランやキイ、そして他のAIスタッフにトシヤが揉みくちゃにされるまで、後10分。



 ──そして、この一件が後に亜空間グランデホテルの未来を決める事に、その時のトシヤもAIスタッフ達も気が付いていなかった。


 ‥✩.*。.:*‥✩.*。.:*‥✩.*。.:*‥✩.*。.:*


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