ふんどし履いた女の子に命を救われた話
祭りが開かれるのは決まって夜が深まり、蝉の鳴き声が響く日だ。そう言う日に限って俺は残業を言い渡されて泣く泣く深夜の夜景作りに貢献していた。
するとどうだろう、よっこいしょ、あそーれっ!と幼い声で、しかし豪快な掛け声が聞こえてくるじゃないか。
まさかこんな場所にまで神輿がやって来るとは思えず、しばらく聞いていると今度はチャラン、チャランと鈴の音が響いて来た。
何かがおかしい。音は遠ざかるどころか近付き、それどころか俺の背後にいる様だ。
いやいや、そんなはずが無い。そう思って振り返るとそこには……。
「あっ、やべっ」
そこにいたのは小さな神輿を担ぎ、祭りと書かれた袢纏を身に纏い、下はふんどしと下駄を履いている、変質者の要素しかない高校生くらいの少女だった。小ぶりな胸を隠す様にさらしを巻いているが、育ちかけの果実は収まらず上の方が若干はみ出している。
俺は自然な流れでスマホに119と打って通報を……。
「ちょ、待って待って待ってぇ!」
「な、なんだよ!」
「お願いですから通報しないでくださいよぉ!」
「そんな恰好で誰か分からない変質者を通報しないわけがないだろ! 大体、うちの会社で何をやっていたんだ!」
「へ、変質者ですって! 私は神様の下働きをしている半神なんですよ!」
変質者の少女から詳しく話を聞くとどうやら元々、彼女は神様に祈りを捧げる巫女だった様だが、事故で死にそうになったところを神様に助けられて、半分が人間で半分が神という中途半端な生物に生まれ変わってしまったらしい。
そんな中途半端な姿で神様に仕えるのは失礼に当たると考えた少女は、半分が神の血が流れていない自分にしかできない仕事を自ら引き受ける様になったのだ。
「いや、それでどうやったら痴女みたいな恰好で神輿を担いで人の会社の不法侵入する事になるんだよ」
「うぐっ、そう言われると痛いですね……」
図星を突かれたらしく、まるで矢が刺さって身を仰け反ったかに見える仕草をした。
「ですがね、大いなる理由があるのです」
神様から与えられた大切な仕事なのです、と自慢げに語り出す。
「そもそもお祭りで神輿を担ぐのは、神様に祈りを捧げるからではありません」
「神様が穢れを浄化してくれるんだろう?」
「うげっ。なんで知ってるのですか!?」
「この地域に生まれたら嫌でも知る事になるよ」
この辺りは深夜であっても祭りの時期は神輿を担いで、町内を一周する事を良しとしている住人がほとんどだ。熱狂的な信者ばかりだし、当然地域の学校では祭りや神社の授業が行われた。
当然ながら俺も幼い頃は神社について学んだわけで、神輿の意味についても知っていた。
「むう、ずるいです。私だって最近知ったのに……」
「おい、元巫女。それでいいのか」
若干呆れながら言うと彼女はヒューっとへたくそな口笛で誤魔化す。
「まあ、つまり私は神輿が通らない場所を通って、神様の威光を届けるのが仕事なんです。というか、私は今神様の力で生者には見えない様になっているはずなんですが……」
と告げると少女は俺に近付いて、じろじろと全身をまさぐる様に見て来た。あれだけ重そうな神輿だし、汗も流しているというのに薔薇みたいな良い匂いがする。
「うーん、貴方……、死にかけてますね?」
「は?」
「だから、死にかけてますよ。一寸先は黄泉っすね、というか片足突っ込んでますよ」
衝撃的な事を言われた。いや、確かに最近はフラっと来る事もあったが、死ぬ寸前とは思わなかった。
「まあ、貴方はどうやら人一倍得を積んで頑張っている様ですし私から貴方にご褒美です」
と告げると少女は神輿を担ぎ直し、「よいしょ!」と豪快な掛け声を披露した。掛け声を上げる度に揺れる神輿と小さな乳房から溢れ出る光の粒に照らされて、俺は自分の肩が軽くなっていく事を直に感じた。
「これで死ぬ事はないですけど、とりあえず早めに病院行って下さいね。そいじゃ、またいつの日か」とだけ告げると少女は神輿ごと壁に吸い込まれる様に消えて行った。
後日、病院に行くと完全に栄養失調症だと診断された。倒れなかったのは奇跡だと言われ、その日は点滴室で一夜を過ごした。どうやらあの出来事は夢じゃなかったらしく、心の中で神様とあの少女に感謝の祈りを捧げるのだった。脳内に直接話しかける感覚であざーっす、と聞こえたのは気のせいだと信じたい。
(了)
ふんどし履いた女の子っていいよね。
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