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造反の氷晶

魔法局。

魔法に関わる者の管理、統括を一手に引き受ける組織である。

魔法を扱う者はひとり残らず魔法局に自らの名を登録し、

協力要請、有事の際には現地に派遣される。

冒険者にとっての冒険者ギルドのような存在、それが魔法局だ。


中央都市国家アーヴァンの南に居を構える魔法局。

その建築様式は古代エルフの手が加えられ絢爛さよりも厳かさを強調されており、来訪者を迎える大門と月の満ち欠けによりその色彩を変える噴水が印象的だ。


日も沈み始める夕暮れ時、ひとりの魔法使いが決死の覚悟を以てその広場へと舞い降りた。

魔法使いが内包する魔力は凍てついた海そのもの。

その氷は軋み、揺れ動いており、怒りに染まった心情を表している。

やがてその怒りは周囲にも伝播、魔法局直上に怒りの魔力が充満すると魔法使いは詠唱した。



「凍てつけ――」



全ての熱という熱が反転し極低温へとひた走る。

限界まで冷却された魔力が遥か上空で氷柱となり降り注いだ。


魔法局の防衛機構が即座に反応。

放たれた魔法を解析し打ち消すべく巨大な炎の壁を繰り出す。


が、迫る氷柱に炎の壁は粉雪になり舞い上がる。


狙うは魔法局の倒壊、それを達成するためなら何をも打ち倒すという怒り。その怒りが本能を刺激し、本能が魔法を繰り出す。

魔唱としての片鱗すら見せていなかった彼が、結果として追加詠唱無しに精密な魔法を繰り出すに至る。



「潰れろ」



直撃を確信し今一度魔力を注ぎ込む。

悲願を達成したと思われた瞬間、氷柱が粉々に砕け散った。



「防衛機構の速度を上げたか……」



続く魔法を繰り出すために魔力を練り上げ詠唱、だが魔法が発動しない。

事態を把握できないままに詠唱を繰り返すが魔力が高まるだけで一切の発動ができない。


やがて彼の目の前で声が響く。



「ダメじゃない、こんなこと、しちゃ」



途方も無いほどの魔力をひとつの波をも立てずに携える魔女が居た。

魔を学ぶものなら誰もが知る魔女の頂点、至法ルファシア・リノ・アリデキア。


圧倒的な迄の実力差を全身全霊で味わいながらも彼は怯まない。



「たとえ貴女が立ちはだかろうとも、これだけは引けないのです」


「いいわ、きなさい、相手、して、あげる」



お互いに距離を取る。

先に魔法を繰り出すは造反の魔法使い。



「凍える天よ、いと静かな霜天よ!

絶対零度の名のもとに、凍てつき墜ちろ!!」



膨れ上がった氷点下の魔力が一点に凝縮されると、

至法の直上に巨大な氷山が出現。


魔法局ごと押しつぶすには充分な規模だ。


しかし、それを見上げる至法は笑みを浮かべるだけ。

たったの一言も詠唱しないまま氷山は粉々に砕け散る。



「綺麗ね、憎しみと悲しみで、ここまでの、氷を操るなんて」



分かっていた。



「まだだ……!

クォルト、センナ、エルダール!!」



分かっていたんだ。



「あら、今度は、数を増やしたのね」



放った魔力が理りを結ぶ。

幾重にも折り重なった魔法陣が現れては消えて、現れては消えて。

氷が現出した瞬間に砕かれていく。



「……」



これ程までに遠いことなんて分かりきっていた筈なんだ。


自分の全力を軽々と弾かれ、

心に抱く渾身の魔力すら微塵も届かずに、

大切な人の復讐さえも自分には果たせないというのか。



深く深く、どこか遠いところで聞き慣れた音が響く。



それは、分厚い氷が軋むような、氷を無理やり噛み砕くような、そんな音に酷く似ていた。

心の奥底なのか、頭の中なのか、自分の何処かからそんな音が響いて止まらない。


まるでそうすることが決まっていたかのように、空へと手を伸ばし”知り得るはずもない呪文”を唱える。



「氷天墜ちて陽炎潰える……」



相対する魔力の質が変容したのを感じ取ると、ここで初めて至法が杖を構えた。

その顔に笑みはなく、数瞬先に訪れるであろう氷の極地に備えるべく詠唱を始める。



「晴天を焦がし大地を鋳溶かすサンドリアの末裔よ、今願うは撃滅せし炎の槍……」



「刹那の吹雪に身を曝し、凍える指で火を示せ……」



大地が嘶き天が裂ける。

耳に届かない轟音が響き、感じることの出来ない揺れが肌を打つ。



「焼き切る音色で血の叫びを、灰の舞う様で弔いの詩を。

礎に在りし煤けた命を啜り上げ、たった一言呼びかけよ。

は――」



招くは炎、ほのかかさなど微塵もありはしない熾烈なる光。



「此処に在るは暗き水、触れれば凍てつき炎を奪う。

遍く炎熱、焦熱、すべからく氷天にくだれ。

かじかむ息吹は――」



招くは氷、悶えることすら許さぬ瞬迅なる風。



お互いを取り巻く魔力の渦がその属性を極限にまで高めていく。

その渦に触れた物は、灰に、雪にと形を変え、遂に最後の一節が唱えられた。



「原初の炎」



「死のこおり



閃光、次いで爆炎と氷塊が舞う。

お互いに蒸発と氷結を繰り返し、その度に引き起こされる爆発は周囲の地形を吹き飛ばす。


至法の背後、防衛機構を限界まで駆使する魔法局だったが2つの魔法の極地、その余波に長くは持たない。

防衛機構そのものが崩壊するまで数秒。



正しき復讐のためには、その憎悪と悲哀を向ける明確な標的が居なければならない。

それを知らないまま、力のままに不特定多数を犠牲に遂げてしまったら?

彼の心はそれでは満足しない。

虚しさへと変貌した復讐心は鳴りを潜め、じわじわと心を焼いていく。

それでは彼が燃え尽き果てるだけだ。



「かと言って、このまま、力の、放出を、続ければ、お互い無事では、済まないわ。

……それって、なんだか、勿体無い、わよね?」



2つとも欲しいのに片方しか手に入らない、そんな経験をした人は多いだろう。

歳を重ね大人になるにしたがってその取捨選択は迅速になり、心に波風を立たせなくなっていく。


哀愁漂う心境の中、何故なのかと一度は思った筈だ。


時が足りない、技術が足りない、力がたりない。

一瞬でいくつも答えがまたたく。


だが。


この魔女の頂きには全てがあった。


無関係に殺されようとしている人を救う時間も、

ぶつかり合う2つの魔法を止める技術も、

自らの欲求を望むままに叶える魔力も。


だから――。




まれ」




魔法が止まり、時間が止まり。

二人を残して世界の全てが停止した。



「この魔法は……」



「少し、話を、しましょう?」



誘われるまま、まだ無事だったベンチに腰掛ける二人。

その少し先の止まった空間で、死の冰と原初の炎はぶつかりあったまま静止している。



「どう?意外ともう、スッキリしてるん、じゃない?」



言い返したかった言葉が喉から出ない。

憎悪も悲哀も何もかも、あの魔法に全て出し切ってしまったらしい。



「こんなものなんですね。

途切れることなく続いていくものだとばかり思っていたのに……。


私の想いはこんな……こんなものだったというのか……」



「ジキエル・フォン・ジルバルト、貴方の想いの深さと強さは本物よ?決して軽いものなんかじゃない。

ただ、貴方が力を向けた先には無関係な人たちも居るの。それを知っていて?」



「……無関係?」



旧知の仲。

院生時代を共に過ごした間柄の両者。

だがジキエルの目はおよそ友人に向ける類いのものではなかった。



「無関係だって?

そんな奴はここには居ませんよルファシア。


全員同罪です。

手遅れだと知ってて彼女を派遣したんです。

そしてその結果、彼女は心に傷を負い、魔法を使えなくなった。


彼女の震える声に……彼女の嗚咽に揺れる心に、彼女の涙に誓いました。


必ず復讐すると――」



至法の目を真っ直ぐ見据えて言い放った本心。

そんな目に視線を逸らすことなく見つめ返すルファシアは、やがて笑みを浮かべる。



「ルジェは幸せ者ねぇ~。こんなに、愛して、くれる人が居るん、だから」



「やめて下さい、そんなんじゃありません。

勝手に誓って勝手に引き起こした……私はただの造反者ですよ」



パチンっと至法が指を鳴らすと止まっていた時間が流れ出す。

相殺を繰り返していた両者の魔法は、魔力の供給源がなくなったことでその勢いを落とし消えていく。



「さーてと、ねぇジキエル。

ここらが、転換点だと、思わない?」



独り言のように呟きながらクルクルと杖を回し始める。

こちらに背を向けその表情を窺い知ることはできない。


ただひとつ恐ろしい点があるとすればそれは、

至法と謳われる者の魔力がかつて感じたことがないほどに殺気を帯びている点だ。



「貴方、だ、け、が怒、ってい、る、訳じゃ、な、いの、よ。

古い、友人2人を、傷つけ、られ、た、の、だから、私、も、すっご、く、怒ってる」



見なくとも分かる。

聞かなくとも分かる。

次に取るべき行動が手にとるように分かる。


至法の横に並び立ち、過ぎ去っていった氷の割れる音を手繰り寄せる。

そうして再び鳴り始めた破砕音は本人だけでなく周囲にも響き始めた。



「ルファシア、力を向ける対象の先に無関係な人が居ると言いましたね?」


「えぇ、言ったわ」


「では……」



殺気を帯びる至法の魔力に同調していく。


怒り、憎しみ、悲しみ、そして苦しさ。

それら全てが混ざり合った時、不思議と心には平穏な風が吹いていた。

その風は肌寒く、小さな震えが止まらない。


煩わしかった。

力でねじ伏せても止まらないからだ。


だったらいっそ、――受け入れてしまえばいい。


規律遵守、品行方正、真面目を絵に書いたような人。それがジキエル・フォン・ジルバルトであった。

だが、いまやその面影がないほどまでに顔を歪ませて言い放つ。



「諸悪の根源はどこのどいつだ?」


「局長メブレスト、直轄部隊統括ルォスト、書記フィナラ。

直接心の中を、覗いてきたから、間違い、ないわ」


「転移させて拘束する。すぐさま奴らの転移を封じろ」


「任せて」



ジキエルが腕を払うと詠唱も無しに三人の対象が現れる。

驚愕の表情を浮かべる隙さえ与えなかった。

断末魔の叫びを愉しむために声を出すことだけを許して、即座に体の自由を奪う。



「こ、これはどういうことだ!ジルバルト!!魔法局に対しての破壊行為など言語道断!!

至法様が出向いてくださらなければ魔法局の倒壊すら在り得たのだぞ!!

至法様!!この者を許してはいけませぬ!何卒ご助力を!!」



懇願された至法はいつも皆に向けるような微笑み顔のまま動こうとしない。

何をどう言われようとも瞬きすらせず、ただただ微笑んだまま、目の前に転がるモノを見つめる。



「さっさと始末しますよ?貴女はどうします?ルファシア」



「そうねぇ、……あっ、じゃあお勉強の、時間に、しましょ!」



拘束され身動きがとれない自分たちと、その状況とは不釣り合いな言動をとる至法にじわじわと不気味さを感じ始める。



「ジキエルちゃん、あなた魔法の極地、を初めて、使ったでしょ?

まだ力の塊、として放出する、しか、出来ないと思うの。

だからね、臨機応変に、器用に使ってみましょう」



「例えばどうするのです?」



「今のままじゃ、対象を即氷結して、砕く、事しか出来ない、けど、

体の末端から、じわじわと、凍らすの」



戦慄すらままならない今なんと言ったのだ自分たちを助けてくれるはずの魔女の頂きが自分たちの処刑方法について嬉々として相談していなかったかどうなっているんだこのままでは殺されるだがどうすればいい身動きも取れず声は出せるがそうだ声をだせるなら詠唱して逃げ出せばいいそうだこの手があった落ち着け落ち着くんだそもそも何故だ何故我々はこんな状況に陥っているんだルォストにフィナラまでも何故なんだ一体何故――まさかありえない十七の一角を潰し取り入ろうとした私の計画がばれていたそんなことがあるはずがない断じてありえないこんなこんなところで墜ちる訳がない私はまだやれるまだ私は――。



「それはいい提案ですね。コツを教えて頂けますか?」


「簡単、よ。包んであげる、の」


「それはまた随分と”簡単”ですね」



降りかかる魔力の冷たさに今度こそはっきりと死を自覚する。



「くそがぁあああ!!!ルォスト!やれええ!!」



隣で這いつくばる直轄部隊統括のルォストは言われるまでもなく既に詠唱を終えていた。

だが――。



「魔法が、魔法が発動しない……!」



出鱈目に詠唱を繰り返すが攻撃も防御も転移すら何もかもが発動しない。



「あら、なんで、発動しないか、不思議そう、ね~。

あなたたちも、最後、の、お勉強、よ?

さぁ~、なん、で、発動、しない、ん、でしょうか?」



しゃがみ込んで顔を覗き込んでくる魔女は悪戯っぽく片目を閉じて問いかける。

答えなど決まっている。


この魔女を怒らせたからだ。



「あら、お利口さんね。正解よ。

……じゃぁ、そ、の薄、汚、い命がこ、の世か、ら消え、去るまで叫、んでも、らい、ま、しょう、か。

ジキエル、お願い」



「悴む息吹は――」



書記のフィナラが堪らず叫びだす。



「至法様!わたしは無関係です!!わたしは何も!!」



「半年前に、私の親友、ヴァイヤ・ヴォル・ルジェラルド、に召喚状を、書いたでしょ?

十七の一角、堕とすならここからだと自ら進言して、ね。

それ、が、あなた、が、死ぬ理由、よ」



「――死の冰」



絶望に染まる顔は引き攣り、手足を襲う冷気に暴れ出す。


徐々に凍っていく恐怖。

そして、感覚がなくなったはずの指先から襲ってくる想像を絶する鋭い痛み。


細かく破砕されていく肉と骨、血管と神経、その感覚を一つも残すことなく脳へと叩き込む。

気絶を許すことなく粛々と復讐の儀は進んでいく。



「二度目に、しては、上出来ね」


「お褒めに預かり光栄ですよ」



断末魔の声にこんなにも癒されるのは初めての経験だった。

思わず綻ぶジキエルの表情を見て至法も微笑む。



「堪らないわね、その、顔」


「今の貴女ほどではないですよ、ルファシア」



藻掻き苦しみながら3つの命は醜い氷像へ変貌を遂げる。

至法が杖を振り払うと崩壊した広場と正門は時が巻き戻るように修復されていく。

そして3つの氷像は3つの魔力結晶へと変換され広場中央の噴水に備え付けられた。



「有効活用、……というわけですか」



「それは、そうよ、勿体無いもの。

……ところで、ジキエルちゃん、魔法局局長の席が、急に空いた、みたい、なんだけど、興味ない?」



あまりの白々しさにため息というよりは深呼吸に近い息を吐く。



「ルファシア……貴女がどこまでを見通せているか分かりませんが、今は貴女に甘えるとします。

そして誓いましょう。


二度とあのような悲劇を招かない、と」



ジキエルの返事を聞いて弾けるような笑みを浮かべ、「連れてきたから、あとはお二人で」と言い残し至法の姿が掻き消える。

と同時に思わず目を見開いた。


目の前には燻る炎を宿す魔女が居た。


ヴァイヤ・ヴォル・ルジェラルド、名に炎の魔を冠する十七の名家出身の魔女だ。



「見てた」



真っ直ぐそう告げられて直視することが出来ない。

恥ずかしさよりも愚かしさの方が強くて背を向ける。



「あたしのためだったんでしょ?」



「見てたなら分かるでしょう」



「こんなことしたって過去は何も変わらないわ……」



一番聞きたくなかった言葉だ。

そして、誰よりも自分がそう思っていた言葉でもある。

胸が空いたのは事実だ、だけどそれは自分だけのもので、彼女も同じとは限らない。

結局は自分のためだったのかもしれない。



「――さい。見なさいってば!」



彼女の必死な声に思わず振り向いて、そして報われた。

白く燃え上がる炎、魔力を失った彼女には不可能だったはずの魔法が彼女の掌で揺れていたのだ。



「見ててスッキリした、確実に何かが変わったの。

ひび割れて壊れていくだけじゃなくなったのよ。

もう一度魔法を使えるようになったのは、貴方の……ジキエルのおかげなんだから」



手をブンブンと振り炎を消すと、こちらは恥ずかしさで背を向ける。



「まだ転移使えないんだから……、送っていきなさいよね」



「…………えぇ、勿論。喜んでそうさせてもらいます」



かつて、氷を抱く魔法使いが居た。

清く正しく理りと術法を学び、やがて亀裂がはしる。

怒りを感じいきどおり、復讐心に火を灯す。


彼の抱く氷は刺々しく禍々しく、触れるもの皆凍てつかせようとしていたが、

注がれる友情と愛情にまるでグラスに入った氷のように、カランっという可愛げのある音を立てるのだった。


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