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異世界探訪

異なる次元を開き2つの世界を行き来する。


それを許されるのは魔女の中でも限られた存在だ。

魔力の練り上げ方、詠唱と所作のタイミング、大規模な魔法陣とまるで迷宮のような魔力の通し方。

それら全てを完璧にこなす技量を求められるのは言うまでもない。


これら技量に加えさらに必要なのが渡航する世界の状況だ。

魔法局が定める一定以上の混乱が生じている、又は滅びが近い世界等が渡航できる条件となっている。


この条件には理由がある。

混乱が起きている世界では多少の不可思議は目立たないということだ。

それは滅びを目前にしている世界でも同様。


渡航先でも様々な制限がかけられる。

帰還又は己の生命への危機においてのみ魔法の発動が許される。

だが渡航先で何をしようとも魔法局は動かない。魔法を扱う者たちを完璧に制御することなど無理だと知っているからだ。


無秩序、とまではいかなくとも既に世界を繋ぐ門を放置する魔法使いが多く存在し、

双方の世界の住人が邂逅することが多くなっている。

この状況を良識ある魔女達は重く受け止め、数人規模ではあるが放置された門や迷い込んだ住人、悪影響を及ぼした世界の修復などを行っている。


今日もまた力ある魔女のひとりが放置された門を発見したところだ。



「最近、多い、わね。……えいっ!」



魔法陣に通された魔力を逆から辿るように解体しなければ門は閉じない。

その繊細な技法を面倒がるから門は放置されがちなのだが、この魔女は人差し指をクルっと一回転させ門を痕跡ごと消し去った。


そのまま何も無くなった空間を見ていた魔女だが、ふと気になったのかもう一度指を回し門を再形成する。



「繋がってる、先は、みんな一緒、なのよね。ちょっと、気に、なるわね」



いくつもの門を閉じてきた魔女は繋がっている世界の断片を垣間見てきた。

最近の門はあるひとつの世界に多く繋がっているようなのだ。

この魔女は好奇心が刺激されるとどうしようもなく欲求を抑えきれない。

まだまだ知らないモノがあることが堪らなく嬉しい。甘いお菓子を前にした少女のような笑みを浮かべ、魔女は門をくぐり抜けた。


生温い風、鼻をつく臭い、真っ黒な海と同じく黒い砂浜、思わず咳き込む。



「まるで、エルフさんの、向こう側の、世界、みたい」



振り返ると巨大な壁が聳えている。

壁沿いの階段を頂上まで上りきると眼下には民家が広がっていた、この壁は海と住居地域を分けるために存在しているようだ。


人の往来が盛んで見たこともない乗り物に乗っている。あれがこの世界の移動手段なのだろう。


暫く観察し終えると魔女は自らの衣服をこの世界準拠の目立たない服装に着替え、杖は指輪に変換した。

足早に階段を駆け下りると散策開始だ。


道行くヒトはなにやら板状のものを覗き込みながら歩いている。



「前、見えてるの、かしら」



そうこうしていると耳に馴染みのある言語が聞こえてくる。

元の世界で助けた料理人がここの言葉を喋っていたのだ。



「あのヒトの、故郷。じゃぁ、ここが日本、なのね」



そうと決まれば魔女の向かうところはたったひとつだった。


寿司屋である。


30年程前、漂流者を助けた魔女はその男が作る料理に夢中になった。

それが寿司だ。寄る年波には勝てず男は亡くなったが、寿司は以前として魔女を魅了したまま。

足取り軽く寿司屋を探す魔女、だが探せど探せど寿司屋は見つからない。


元の世界なら探すものなど少し意識を伸ばせば直ぐにどこにあるかわかるものだが、

この世界にはこの世界なりの楽しみ方がある。ヒトづてに地道に場所を聞くのもいいものだ。



「あの、お伺いしたい事が」



声をかけたのは中年の男性、みるからに人当たりが良さそうだ。



「はいなんでしょう~……おわぁ……」



魔女を見た中年男性はみるからにドギマギしているようだった。

この世界準拠の服装、白いTシャツにハーフパンツを着た魔女だったが……。


そのTシャツは胸の大きさに限界まで引き伸ばされ、

ハーフパンツはふとももに僅かに食い込んでいた。



「お姉さん随分とハイカラなお召し物を……」



ハイカラ……?

この世界の言葉にはある程度知識があるが聞いたことがない単語だ。



「コルァ!!陣さん!!なに鼻の下伸ばしてるんですか!!!」



どこからやって来たのか陣という人物の影から女性が現れた。

目つき鋭く嗜めると魔女に向き直る。



「失礼しました、何かお困りですか?」


「ちょっと花ちゃん、その人は僕に尋ねたんだからこれは僕の仕事でしょうよ!」


「そんなだらしない顔した警察が居るもんですか!!

いいから陣さんは抹茶ラテ買ってきて下さいよっ」



トボトボとこの場を後にする陣と呼ばれた男性と、この女性は花という名前らしい。

それに警察という言葉……、ここは見識を広めるいい機会かもしれない。



「ケイサツ?ごめんなさい、あまり日本語、分からなくて」



「あっ、えーとポリス!ん〜……国が決めたルールを守らせる人っていうことで……」



なるほど、なんとなく意味はわかる。

魔法使いにとっての魔法局のようなものだろう。

法を侵せば彼らがそれを取り締まる。



「大丈夫、意味分かります」



「そうですか!良かったです。それで?何かお困りなんですよね?」



「そう!あの、お寿司屋さんは、どこですか?」



教えられた道を歩きながら異世界の風景を楽しむ。

異国情緒溢れる街並みはとても綺麗で刺激的だ、だからこそ哀愁が漂う。


滅びの匂いがするからだ。


街を囲む壁の中程に寿司屋はあったが、入る前にもう一度黒い海を見やる。

悲しい事だ、ここまで汚染されていては元に戻すのに何百年とかかる事だろう。


魔女は指輪をしている右手を海に翳した。

そして物想いに耽る。


この星の汚染ごと浄化するなんて数秒有れば事足りる、だがそれをしない。

力ある身だからこそ、何でも可能だからこそ何もしない。


身勝手な行動に付き纏うのは、背負いきれない責任と罪悪感かもしれないから。


ここで生き延びたとして未来ではもっと悲惨な結末を迎えるかもしれない、例えその未来を回避したとしてもそのもっと未来では?

滅びはいずれ来る、それは変えられない。

私1人の身勝手で今よりもっと苦しむことになるヒト達が居る。


心のせめぎ合いや葛藤では魔女の魔力は微動だにしない。

大きな事柄で魔力が揺れることはもう無い、そんな時期はとうの昔に過ぎ去ってしまった。

今は久しぶりに味わう寿司の味を想像して魔力が波打つ。

これでいい気がする、この方がずっと私らしい。


翳した手を下げ、魔女は寿司屋へと消えていった。


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