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若院長の苦悩:Ⅱ

院長室の空気は重く、張り詰めていた。

院長椅子にオルミア、その傍に至法、部屋の中央にあるテーブルを挟んでモクルツ老とミベルナが向かい合って座っている。


ミベルナは俯いたまま口を閉し手はローブを握りしめている。

一方モクルツ老は目に涙を浮かべて言葉に詰まっている。


沈黙を破ったのは至法だった。



「モーちゃん、これで、杖を置かずに、済むわね?」



「はいっ……はいっ至法様。

……ミベルナ、生きていて本当に良かった……」



だが疑問が残る。

純粋な疑問。


オルミアは問う。



「ミベルナさん、何故こんなことを?」



ミベルナは答えない。

その態度に少しムッとしたオルミアは自説を語り始めた。



「これは推測ですが。


ミベルナさん貴女は、重力魔法を独占したかったのでは?


魔法事故発生に際して、ルルアクでは一定の取り決めがあります。

それは、当該魔法を一定期間使用禁止という措置です。

これには理由があって、魔法構築の不備や呪文の不完全さが無いかどうか検査する為です。


この規則と期間を利用して、重力魔法の一時独占を狙っていたのではありませんか?」



ミベルナはまだ俯いたまま顔をあげようとはしない。

押し黙ったままだ。


今度はモクルツ老が口を開く。



「ミベルナや、……何か目的が有ってしたことなんだろうね?

でもそれは言えない。


言えないんじゃなくて教えたくないだけ、って顔だね。


その顔には見覚えがあるんだよ。

先達の中にもミベルナのような顔をする者が多く居た。

皆、一様に口を閉ざし俯いてずぅっとそのまま……。


あたしはそのことで頭を抱えたこともあった。

生徒のために何もできないのか?ってね。


でもね、聞かないことが正解なのさ。


一人だけ、口を開いて教えてくれた生徒がいた。

あたしはそれはもう興味津々でね。

多分目をキラキラさせながら聞いてたと思う。

その子は言ったよ。


『苦いものを甘くしたいだけなんです』、ってね……」



院長室に微妙な空気が流れ始める。

オルミアが事態を飲み込めずにいるのもお構いなしにモクルツ老は話を続けた。



「苦いものを甘くさせる魔法。


そうさ、誰にでもできる魔法のひとつ。

魔法の魔の字をしらない子供にさえできる魔法だ。

当たり前過ぎて本にも載っていない。


だけど、その子はそれを学び損なったまま卒業間近となっていたんだ。

しかも主席でね、卒業後は魔法局の席が約束されてた。


そんな子が今更人に初歩も初歩の魔法を聞くなんて出来なかったのさ。


そのためにその子は、ルルアクの厨房に危険な魔法が掛かっていると主張して封鎖させたんだ。

その間になんとか見つけようとしたんだろうね」



「懐かしいわ~、そんなこと、あった、わね」



当時を懐かしんで笑みを浮かべる至法。



「ミベルナ。

最後にもう一度だけ聞くよ?多分ここで言わなかったらこの先の人生ずぅっと言いそびれたままになるだろう……。


……何故、こんな事をしたんだい?」



モクルツ老の優しい問いかけに一際強く手を握りしめた後、ミベルナはゆっくりと語りだした。



「どうしても……。

どうしても……出たくなかったんです。

その…………。


ほ………」



そしてまた言い淀む。


小さな声でがんばれ~、がんばれ~、と声援を送る至法とオルミア。

両者とも真相が聞きたくて堪らないという気持ちを押し殺している。



「ほ……。


箒の授業に出たくなかったんですのッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!」



思わず耳に手を当ててしまう程の声量でミベルナは思いの丈をぶちまけた。

耳がキンキンしながらも浮かぶ更なる疑問。



「箒の授業??」



オルミアの口をついてでた言葉にミベルナは即座に反応した。



「箒ですよ!箒ッ!!あんな棒に”跨る”なんて……はしたないでしょうッ!!!??」



ミベルナを除く院長室の魔女三人の頭の中は?でいっぱいだ。



ハテナに埋もれながらも一人はこう考えた。

(箒?はしたない?何故?魔女なら当たり前のことでは?)


ハテナに埋もれながらも一人はこう考えた。

(箒、授業、ん~、ちょっと、どういう、ことなの、かな?)


ハテナに埋もれながらも一人はこう考えた。

「……は?」


考えていたはずがオルミアは口に出していた。

またしてもミベルナが噛み付く。



「箒に跨るとき!!みなさんはどうしてますか!!!??あんな事わたしには到底――」



「跨るときって……ああもうめんどくさい!!

 《ルーライハーベ》!!」



オルミアの呪文詠唱は箒を呼び寄せたが少々強引に唱えすぎたようだ、

箒は院長室の窓を破って登場した。


しかしそんなことはもうどうでもよかったのだ。


オルミアの頭の中のハテナはすでに消し飛び、

この一大事を引き起こしておきながら未だに謝罪もなく、

意味のわからない言い訳を繰り返すこの未熟者に、一刻も早く常識というものを突きつけてやりたかったのだ。



「箒とはこう跨るのです!!」



箒の柄を両手で持ち水平を保つ、そのまま左足の膝を曲げてとてもスマートに跨るオルミア。

睨みつける勢いでミベルナに向き直ると当の本人は大変間抜けな顔をしていた。



「あっ、そう跨がれば良かったん……だ……」



もう本当に意味が分からない。

この生徒は一体全体どうしたというのか。

なにもかもチグハグな言動と行動に思考が追いつかない。



「ミベルナ、ちゃん、ちょっと、箒に跨って、みて、ちょうだい」



至法から箒を受け取ったミベルナは所々硬直しながらも箒を両手でつかむ。


そして、箒側の足を勢いよく後方に振り上げた。


そんな事をすれば当然見える。

ローブの奥底に白い布地が。

勢いは衰えず下腹部、臍、みぞおちの辺りまで捲れ上がるローブ。


どうやっているんだ?まるで魔法みたいだ。



「わたくし……い、いままでこのように……跨っていましたの……。

それでその、恥ず……恥ずかしくて……それで……」



「……授業に出たくない一心で自らの死を偽装したと?」



耐えきれなくなったモクルツ老は机をバンバン叩きながら声を押し殺すようにして笑っている。

その様子に釣られて至法の口元も歪み、弾けるような笑い声が院長室に響く。


脱力したオルミアは、透明になって存在意義を失い続けていた高級羽毛ベッドに倒れ込んだのだった。


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