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若院長の苦悩:Ⅰ

シー大陸中心部、荘厳なる大霊峰の息吹が吹き抜けるその少し南部に魔法使いたちの学び舎がある。


魔法院ルルアク。

ここでは魔法の才を計り魔法の何たるかを学ぶことが出来る。


ルルアクの朝はとても遅い。

授業は昼11時から、12時に昼食、13時半まで休憩、14時までに教室移動と授業の準備を始め、

14時からは2時間ごとに小休憩を挟みつつ0時には全て終了する。


多種多様な授業は選択制で曜日毎に時間をずらし行われ、

生徒たちは自分が欲するままに自由に伸び伸びと生活しながら魔へと深く至るのだ。


そんな学び舎で事は起こった。


死者1名を出す事故が発生。

死亡者は入学3か月の女生徒。

名はミベルナ・ミル・オーベリア。

重力制御魔法練習中に制御を誤り、周囲に被害を出すまいと魔力と術式を己へと収束させた。


その結果、彼女を待っていたのは圧死である。


友人たちの中には泣き出す者や引き攣るものが続出したが、

翌日には事故のことを綺麗サッパリ忘れ魔の研鑽へと戻っていく。

それが日常なのだと魔法使いとしての本能が教えてくれるからだ。


魔法が危険すぎるものだということはルルアク入学時にも嫌という程言い聞かせられる。

『魔法は一瞬で命を奪い去る、それを忘れないように』、と。


練習場の監督をしていた老教師はこう語る。


『魔法っていうのはおっかない物さ……ちょっとしたことで狂っちまう。

詠唱の間違い、術を行使する繊細な指使い、何かがちょっと変わっただけで

可愛い生徒が一瞬で肉塊だ。

でもね、あの娘は頑張ったよ……周りに被害が及ぶ前に自分へと向けたんだ。

誰よりも早く魔法を操って……それこそ……わたしより早く操って……。


こんなこと願うのは無いものねだりだし厚かましいが、それでも考えてしまうことがある。

ここに居たのが"あの御方"なら、止めることなんか造作もなかったのに、ってね……』


老魔術師が語るあの御方とは。


その魔法使いは出生の全てが不詳。

一体いつから生きているのか、外見は妖艶な淑女そのものだが漂わせる魔力は魔導に生きるものなら本能で理解できるほど、強大無比。


その名は――。



「至法様が此処へ!?あの……、ルファシア・リノ・アリデキア様が、ルルアクに……」



書類や脱いだままの服が散らばる院長室で使い魔からの報告を受けているのは、

魔法院ルルアク377代院長のオルミア若院長だ。


彼女が院長に成ったのは数週間前の事。

先代院長が病に倒れ厳正に厳正を重ねた”あみだくじ”で決まった。

まだ各仕事に慣れず奔走している最中の彼女だが、

此度の至法接近報告で全力疾走しなければならなくなったようだ。



「絶対にここだけは見せられないでしょっ……!!」



惨憺たる状況の院長室だけは見せられない。

応接室で片を付ける気の若院長の顔は、最早あとには引けない死闘たる形相であった。


それもその筈……。


寝不足が祟り仕方ないと言い聞かせながら院長室に運び込んだ高級羽毛ベッド。

脱いで畳まずに放り込んだ、洪水のように服が飛び出しているクローゼット。

食べかけの木の実菓子の粉が、まるで雪のように降りかかるテーブル。

書類の海に佇む、歴代の院長が腰掛けてきた室長椅子……。


こんなものを垣間見た至法の顔は容易に想像がつく。



「片付け開始!!《デピテル》!」



薄く広く魔力の波動が院長室を満たしていくと、それらは乱雑に散らばる本や衣類をフワリと巻き上げ、

本来あるべき場所へと仕舞い込む。

今度は小さな小さな竜巻が部屋中のホコリや食べカスなどのゴミを巻き込みゴミ箱へと消えていく。

整理整頓中、なにかが引っかかっている感触が魔法から伝ってきたので強めに魔力を込めておいた。



「よし!次!《フーラ》!《フーファ》!《フーナ》!」



《フーラ》はオルミナの纏うローブの皺を伸ばし、

《フーファ》は体の汚れを消し去り、

《フーナ》は髪と化粧を整える。

本来はフーラファナという魔法なのだがそれぞれの効力をより強めるために区切って発動。

身だしなみ三カ条と呼ばれるこの魔法は、ズボラな生活に浸る人や時間が無い時にはまさにうってつけと言える。



「羽毛ベッドちゃんには隠れててもらいましょうねぇ……、《ジリア》!」



魔法をかけられたベッドはその色をどんどん失い透明になっていく。



「……《ジリア》!《ジリア》!!《ジリア》!!!」



オルミア"若"院長、などというへりくだった敬称が付いているものの、オルミアの実力は歴代院長の中でも上位に位置する。

そんな院長が、一度かけた魔法を二度三度ならず四度も多重起動したのは、このベッドでの自堕落な生活の記憶をも消したかったから……。


というのは言うまでもない。



「ここには通さないけど一応……。大事だからこういうのっ、ね!」



誰に問いかけるでもなく呟いて、身だしなみを整えたオルミア若院長は応接室の扉を開いた。

魔法院の入り口で至法を御出迎えしなければならない。


しっかりとした足取りで歩くオルミア若院長は応接室を横切り、その先の廊下へと続く扉を開け放った。

だが、そこにあるはずの廊下はなく、扉の先は応接室だった。



「んえ?……は?

私いま……ここから出てきたはずで……」



訳が分からないまま後ろを見ると、そこは院長室だった。

何が何やら分からない。連日の無理が祟ってとうとうおかしくなったか?


ひとつひとつ確認しながらやろう!そうしよう!

早く御出迎えに行かなければならないのだ!


私が立っているここは応接室だ、そして私の後ろには院長室、ならば反対のこの扉が廊下へと続いているはずだ。


ガチャリと開け放たれた先は院長室だった。



「そんなわけないでしょぉッ!?ふたつあることになるじゃん院長室が!!?

……あ!後ろ見ながら開ければいいんだ、そうしよう!」



中々抜け出せない迷宮に焦り逸る若院長は、後ろ手に取っ手を掴み扉を開ける。

すると反対側の扉から自分の後ろ姿が現れた。

その姿はなんとも無様である。最近の心労続きでこれが幻惑魔法の一種であると見抜けなかったせいもあるが、

それに気づいた今でも不思議そうにしている自分の背中がとっても情けなくて……。



「うふ、ふふ」



微かな笑い声に院長室の室長椅子を見やった。


オルミア若院長の全身に鳥肌が立つ。

そこに居ると認識するまでなぜこの魔力に気づかなかったのか。


そこにはこちらを見ながら微笑む魔法の頂きが座っていた。



「ごきげんよう、来ちゃったわ」



大きな魔女帽の下から深紅に光る瞳を覗かせ、

見に纏うローブは闇を切り取ったかのように滑らかで、

その肌は混じり気の無い白を放っている。


奥底に漂わせる魔力はまるで果ての無い大海そのもの、末恐ろしいのはそんな膨大な魔力を波一つ立てずに帯びている事だった。


短く挨拶する至法の声に脳内が真っ白になるオルミア若院長。

どれぐらいそうしていたか分からないが、なんとか意識を取り戻した。



「おはようございますッ!至法様ッッッ!!!」



バキバキに緊張した一礼に至法が更に微笑む。



「緊張、しないで、私の事は、ルファと、呼んでね。ルファシア、だと、言いにくい、でしょう?」



魔導に長く身を置いている者は言葉の間が独特だ。

高等魔法の詠唱は呪文の読み間違えや区切りの曖昧さを一切許さない。

間違った魔法詠唱は対象を誤り、引き出す魔法の性質を変じさせ、二度と取り返しがつかない。

そのため自然と独特の間を作り出すのだ。



「いえっ!そんなことはありません!ルファエンララァア様!」



それはもう滅茶苦茶だった。


言葉を噛むということを忌み嫌う魔法使いまで居るこの魔法界で!

寄りにも寄って魔女の名という身分や誇り、魂にまで直結するものを!

恐れ多くもルファという愛称呼びまでご提示してくださったというのに……!!!


若という文字が愚に切り替わろうというとき。



「あはっ。緊張、ほぐさないと、ね?」



至法はそう言うと人差し指を1回転させる、すると忽ちにオルミア若院長の緊張感は無散していった。



「あと、は、ついで、に」



至法は人差し指をもう2回転させる。



「これで、大丈夫、よ」



「い、今のは……魔法なのですか……?」



「おまじない、よ」



淑女が見せる、まるでやんちゃな少女の笑みに若院長は暫し見惚れて、

不遜にもすこしだけ狡くて羨ましいと思ってしまった。



「ありがとうございます、ルファ様。……!」



気付けば愛称で呼んでしまっている事実。

おまじないとは、不必要に高貴、神聖、偉大な印象をせいぜい親戚のお姉さんぐらいにする物であった。



「……この魔法を、指一本で」



緊張の無散。

心拍数、発汗、体温上昇の制御。


意識抑制。

感情、先入観、信仰心の制御。


これらを行使するのに一体いくつの工程が必要なのか。

気が遠くなる詠唱の果てを想いながらも敬服の念は徐々に抑制されていく。



「きちんとした挨拶がまだでしたね。

私はオルミア・ミリア・ゼーレンデ、魔法院ルルアク377代院長を務めています。

ルファ様、本日は亡くなられた院生への哀悼の儀へ?」



「……えぇ、そうよ」



若院長は至法を伴って魔法院の敷地を墓地へと歩く。

その際、至法の魔力は静かに揺れ、その表情からも悲しみが垣間見えた。


優れた魔女の魔力とは微動だにしない物だが、

そうである筈の至法は感情のままに魔力を揺らしている。


何故学徒が一人亡くなっただけでここまで揺れているのだろうか?

毎月とはいかなくても年に何名かは事故で死ぬのだ、魔力を揺らすのは魔女として恥ずべき行為だと思っている者も少なくない。



「すっごく、昔を、思い出しちゃったの、よ」



「えッ!?」



「聞きたそうに、してたみたい、だったからぁ」



抑制が効かない程にオルミアの心臓は拍動を強めた。


魔に至った者に対して余りにも軽薄、それとも"おまじない"のせいなのか……。

心に強く思ったことを読み取るなんて至法様には造作もない事、

普段の会話のようにその思考は筒抜けになっていたようだ。



「勝手に読んでしまって、ごめんなさい、ね、でも、貴女は悪くない、の、

それに、常にとは、いわないけれど、魔力を揺らすのは、とっても大事な、ことなの、よ?」



「波一つ無い大海に魔の真髄が宿る、……と院生時代に習ったもので……」



「それって、ジキエルちゃん?

もうあの子ったら、先生を辞めた今も、昔も、自分のこと、でいっぱいなの、ね」



至法がジキエルちゃんと呼ぶ人物は魔法局のジキエル・フォン・ジルバルト局長のことだろう。

魔法使いの管理事務局とでもいうものだが、その評判は一度地に落ちた。


ジキエル局長は前局長が巻き起こした不祥事を払拭し立て直した功労者であり、

今や魔法局に配属されることは大変な栄誉となっている。


あの厳つい風貌と魔法戦の実力から、ちゃん付けで呼ぶ人は至法以外にはいないだろう。



「私が、まだ、学生だったころ、今回の事故と、同じような、ことがあって、ね、

魔力を揺らす、のは、ヒトである、証なのよ?、って、その子が、言ってたの、

凛としていて、でもふにゃっと、していて、私の、一番の親友、だった、わ」



漣のように揺れる魔力は表情からは読み取れない数多の感情を吐露していて、

その想いに寄り添うなんてとても出来はしないんだけれど……。


オルミアの魔力は至法と同じ波長で細やかに揺れるのだった。


哀悼の儀と埋葬は少数の教員でのみ行われた。

そこには当日練習場の監督をしていた老教師の姿もあり、

若院長と至法へ深々と頭を下げ当時の状況を伝えた。



「あの子は……。ミベルナは立派な魔女になる素質を持っておりました。

あたしがもっと早く気づいて抑えていればこんなことにはならなかったのです……。

院長、至法様、お許しください。


……モクルツ・メル・モービルマ、あたしは杖を置きます」



杖を置く。


それは魔法使いにとって引退を意味している。

引退した魔法使いは知識や経験を書にしたため今後一切魔法を使わず余生を送るのだ。



「あなたは、立派に、務めを、果たしたわ」



至法のその一言に全てを救われたような顔をして、モクルツ老は居住棟へと帰っていく。


至法は曇り模様の空を見上げるとフゥーっと息を漏らし、

独り言のように語りだした。



「魔法事故の、無い世界、私にとって、それは、造作もない事、

でもね、私は、それをしない、

ここで死ぬ、ということは、ここを卒業して、外にでても、簡単に死ぬ、ということ、

だったら、せめて、友人に囲まれて、一人で死ぬなんて、事が無いように、此処で……」



至法の言を聞き、オルミアは伏して思考を巡らせた。


でも、此処で事故死しなかったら?

そうすればいずれ偉大な魔法使いになれたのでは?

未来は誰にも分らないんだから、だったらせめて事故死を防ぐ魔法を私が懇願すべきなのでは?


それとも至法様には――、




確定した未来が観えているのだろうか。





「オルミア、ちゃん?」



「ひゃい!!」



ひんやりした至法の指が首筋に触れた。

顔を上げると心配そうな至法の顔がこちらを覗き込んでいた。



「オルミア、ちゃん、が就任してから、魔法事故は初めて?」



「は、はい……」



「勘違いはしないで、誰のせいでも、無いの、

事が起こり、そして、終わった。

それだけの事なのよ。

 

でもね、今回の事故には、犯人が、いるのよ?」



オルミアの背筋にゾクっと冷たい感覚が走る。

至法の言に嘘などあろうはずも無い。


此処、ルルアクに犯人が居る。


驚愕の余韻は一瞬で過ぎ去り、

既に彼女の胸中にはルルアクの院長としての務めが燃え上がっていた。



「許しません……、許されるもんですか!!


一刻も早くその者を見つけ出し私が断罪します。

教導の者を、未来ある魔の使いを手にかけた罪、億魔、の、業、でも、足りま、せん……!!」



言葉は荒れるがオルミアの纏う魔力は微塵も揺るがない、それは覚悟の証でもある。

そんな様子を見た至法は暫し慮る。


若いのに凄い魔力圧ね。

感情を込めて魔力を揺らすのも大切だと、理解はしたみたいだけれど。

長年の勘は緩やかに解けて、そしてまた新たな概念と共に理を紡ぎ出してくれる事でしょう。

 

 

「オルミアちゃん、って、怒ると無表情に、なっていくのね。

 生徒のために、とっても勇ましい、わ。

 

 でもね、犯人は、この子なのよ」



「……はぇ?」



オルミアの一糸乱れぬ魔力の海が何かに躓いたように"転げた"。

一拍おいて至法が改める。



「だから、この子、が犯人、よ」



至法はミベルナが眠る墓を指さしている。



「ルファ様……え……わか、わ、えぇ……わかん……わかんない……ですぅ……。

えぇ……?でも、はぃい?」

 


そんなオルミアの様子を見て面白がっている至法はやがて答え合わせと言わんばかりに指を振るう。

地面深くに埋葬されたミベルナの死体が瞬間移動して宙に浮いている。



「ルファ様!?」



「いいから、いいからぁ、さ、お勉強の、時間よ、オルミアちゃん、

この、子は、どう、なっている?」



言われるがまま死体を観察する。



「どうと言っても……。突発的な重力魔法の収束によって完璧な球形をしています。


表面は、髪、皮膚、肉、骨、が斑に表突。

体液は圧縮の際に全て体外へ排出。


ここまで見事な球形をしていることからミベルナの魔法使役適正は高水準だったと伺えます。

……結果的にそれを自らで体現してしまったのが、悲劇です」

 


「うん、40点!100点満点、で、ね」



どういうことだろう?

何を見落としているんだ?



「じゃぁね、もっと簡単な、質問。

この子、ミベルナ・ミル・オーベリア、ちゃんは、

 

"生きてる?"、それとも、"死んでいる?"」



口を開けたまま呆けてしまうオルミア。

だってそりゃそうだ。

ミベルナの死体は手のひらサイズにまで圧縮されている。



「ルファ様、ミベルナは確実に――」



オルミアの脳裏にある光景が浮かんだ。

ミベルナの授業割り当ての相談を受けた時だ。


重力魔法、薬学、幻惑魔法の講義を受けたいと言っていた。


死体の確認時。

意識と生体反応の『物的確認』と『魔法的確認』を行うが、もし。


もしそれを阻害されていたんだとしたら?


魔法薬には服用した者を"視る者"、に作用するものがある。

凄惨な事故の衝撃と遺体の惨さ、それらに魔法を用いての隠蔽が加われば?



「――ミベルナはまだ、生きている?」



「正解、よ!」



至法が無邪気に笑ってミベルナの死体に向かい短く詠唱すると、時間が巻き戻るようにミベルナの体は元の姿に戻っていくのだった。


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