伯爵夫人付き侍女、アンの訂正 (アン)
「やだ!!そんな風に畏まらないでよ。私たち元々はメイド仲間でしょ?そりゃあ人前じゃ難しいかもしれないけどさ、今まで通り気のおけない友達でいてよ。」
「ロザリア様…」
「いやいや、だから様付けとかやめてったら!!」
「あっ……えっと、本当にいいのかな?ロザリア……?」
「いいにきまってるでしょおおお!!」
窓の外から聞こえてくる甲高い楽しげな話し声に思わず耳を奪われている……我が主に目を奪われてしまっている、私。
(ハイハイハイハイ。身分を傘に着ない私素敵でしょ?ってか??そういうの本当にいいから)
私はロザリアの天真爛漫な私ドヤーみたいな態度に唾を吐きかけてやりたい衝動に駆られた。
私の名前はアン。伯爵家の奥様であるアーティア様に仕えているメイドよ。
窓の外でロザリア、と呼ばれメイド達と抱き合っている女性はつい先日までステラ伯爵家のメイドだった女。そして今はステラ伯爵家当主の側室にまんまと収まった図太い奴。
私にしてみたらただの泥棒猫だけど、ロザリアの華麗なるジョブチェンジは夢見る少女達にとっては美しいシンデレラストーリーであり、憧れの的の様である。
そして、イケてるメンズの伯爵様と儚げで美しい使用人の少女の純愛を貫いたラブストーリーは今や巷では知らない者がいないほど話題の中心となり世間を騒がせていた。
『――怪我をして倒れているところを伯爵様に助けられた少女。
伯爵様は少女を屋敷に連れ帰り手厚い看病をする。そして記憶がない少女に伯爵家でのメイドの仕事とロザリア、という名を与えた。不幸な生い立ちにもめげずに明るく心優しい少女に次第に伯爵様も心を奪われていく。
だが、伯爵様には愛の無い政略結婚で結ばれた氷のように冷たい妻がいた。
妻の度重なる嫌がらせや周囲の反対を押しきり、ついに伯爵様はステラ伯爵家では前例の無い側室に少女を迎え入れたのです。
離婚の許されない我が国では少女に側室という身分しか与えられないことに酷く心を痛めた伯爵様でしたが、少女は気にしません。なぜなら少女は名前だけの妻とは違って心から伯爵様に愛されているからです。』
これが世の中でまことしやかに囁かれている身分違いの愛を貫いたラブストーリーだ。
世の中に溢れ返っている噂話とは、もれなく背鰭と胸鰭と尾とおまけに鱗までついてくるものだが、長年アーティア様に仕え、アーティア様に心酔しこの身を捧げている私の立場から言わせて頂けるのならば、この間違いだらけのエセラブストーリーを訂正して王都を駆け回りたい!!
そんな衝動とかれこれ一週間程戦っている……。
まず第一に、あのロザリアとかいう女は少女ではない!!なんか記憶喪失で年齢がわからないことをいいことに十代から二十代前半の少女ぶってるけど、見た目から見ても確実に二十五はこえている。確実アーティア様より遥かに年上だし、下手したらデイモン様よりも年上なんじゃないかと私は思っている。
多分、年齢よりも若く見られているのは良く言えば天真爛漫、そのまま言えば世間知らずで無知な失礼きわまりない言動と行動がそう見せているのではないだろうか。
だから少女✕→女性○、ね。
第二に、倒れていたロザリアを見つけて保護し、さらに邸に連れ帰り手厚く看病した後、伯爵家のメイドとして働けるよう手を回したのはデイモン様ではなくアーティア様だ。
アーティア様は昔から弱っている動物や人間を何処かから見つけてきては邸に連れ帰ってきた。アーティア様のご家族や使用人達も『またですか、お嬢様』と呆れながらも弱いものを見捨てられない心優しいお嬢様に温かな気持ちにさせられていた。
かくいう私もアーティア様に拾われた『弱いもの』の一人。
だからなおさら私はアーティア様への恩を仇で返し、あまつさえ泥棒まで働いているあの女が許せない。
あと、ちなみにだけどロザリアって名前をつけたのは私。
名前がわからないのは困るわね、と頭を抱えていたアーティア様にその時たまたま目に入った肥料に書いていた商品名『ロード・ザ・リアジュー』からとってロザリアとつけてやった。(アーティア様は名前の由来を知らないけど)
あとは、『儚げで美しい少女』って所は『ぽっちゃり体型の極一般的な顔面の女性』だし、『心優しい』って所もそもそも妻帯者に手を出してアーティア様を傷つけてるから間違いでしょ?
とにかくまだまだ色々訂正したいところはあるんだけれど、私が一番訂正したいところは、『氷のように冷たい妻』っていう所と『妻の度重なる嫌がらせにも耐えーー』の下り。
アーティア様は決して冷たい妻ではない。
ちょっと不器用で表情筋硬めだけれど、温かい心を持っており、夫であるデイモン様を献身的に陰日向と支えていらっしゃったし、さらには使用人である私達や領地で生活している人々のことまで気にかけ、頻繁に領地の見回に出かけ人々の声に耳を傾けていらっしゃった。
そんな思いやり溢れるアーティア様が嫌がらせなどするわけがない。
事実、四六時中アーティア様の側に仕えている私はアーティア様がロザリアに『嫌がらせ』をしている姿を目にしたことなど一度もないのだから。
むしろロザリアを見かければ体調を気遣い、時には『たまにはみんなで親睦を深めたら良いわ』とロザリアが伯爵家の他の使用人達と打ち解けられるよう可愛らしいお菓子を差し入れしてくださることまであった。
改めて一つ一つ訂正していくと、殆どが嘘とアーティア様への悪意を込めて形作られた出来の悪い三流小説のようだ、とアンは思った。
当事者達を側で見てきたアンからしてみたら、最近巷を騒がせているステラ伯爵家で巻き起こったのは『シンデレラストーリー』などではない。
(……私がこの三流小説にタイトルを付けるなら『間抜け伯爵とコソ泥の不倫ストーリー』って付けるわ)
アンは窓の外を静かに眺める美しい主人を見つめ、(こんな美しい妻がいるのにあんなフツーの胸だけデカイ女を側室に迎えるなんて旦那様女の趣味悪ー)と心の中で悪態をつくのだった。