選ばれた女達④
ラザニアからデイモンが側室を迎えたという話を聞いたとき、実はエヴェリンはそこまで驚きはしなかった。
というのも、若くに伴侶を定めたことで番の選定を間違ってしまったのだろうと考えたのだ。
そして案の定二人の婚姻を決めたのはデイモンではなく父親のバロックであると聞き、側室を迎えてしまうのも仕方のないことだと思っていた。
まだ二人は結婚して間もなく、また子もいない。そして何より血の契りも交わしていないことから、エヴェリンはもしも側室に迎えた女性がデイモンにとって真の番なのであればアーティアにとっては残酷であるがデイモンはアーティアではなく側室に迎えた女性と血の契りを交わすべきだと思っていた。
竜の一族であるステラ伯爵家の男にとって番を追い求める事は本能であり、逆らうことはほぼ不可能だ。
例え理性でもって抗おうとした所で、間違いを正さず意地を張り続ければ何れ取り返しのつかないことになる。そんな事をしても誰も幸せになどなれないとエヴェリンは身をもって知っていた。
ラザニアがわざわざエヴェリンをこのある意味断罪の場に招待したのも、エヴェリンが遥か昔に同じような出来事を身近で体験したことも関係しているのだろう。
ただ一つ彼女達にとって誤算だったのは、エヴェリンがラザニアやアルテミスの思惑通りに動くとは限らないということだ。
かつて、常識的で道徳的な正義を振りかざしたが故に引き起こされた悲劇をエヴェリンは酷く後悔していた。
なので今度こそ同じ過ちを犯そうとしている彼女達に憎まれ役を買ってでも過ちを正せと伝えるのが自分の役割だとエヴェリンは覚悟していた。
子がいれば、血の契りを交わしていれば、また違ってくるのだろうが幸い彼らの結婚はまだ白いものだと聞く。
ライオネル王国では離縁は認められていないが、いざとなったら王家に事情を説明し婚姻無効手続きを神殿に働きかける手伝いをエヴェリンはするつもりだった。
ただ一つ、エヴェリンにはロザリアからの話で気になる点があった。
それはデイモンが側室に迎えた女性が蜂の、それも寄生蜂の一族であるということ。
そしてその女性が"ロザリア"という名であり、デイモンの妻が"アーティア"という名前であること。
一つ一つを取ってみれば何も気にかけることではなかったが、全てが揃いすぎている。
エヴェリンは嫌な予感を感じつつも、そんな事があるわけない、あってはいけないと自分の想像が間違っている事を確認するためにも今日のティーパーティーに参加することを決意したのだった。
そしていざ幕が上がってみれば、エヴェリンの嫌な予感は当たってしまう。
無邪気に笑いながら室内に入ってきたロザリアを見た瞬間、エヴェリンは息が止まるほどの衝撃を受けた。
なぜならエヴェリンは"ロザリア"を知っていたのだから。
平静を装いながらも、鼓動は激しく打ち付けていた。
だがしばらく話をしていくとロザリアはエヴェリンの事を知らない振りしているわけではなく、本当に知らない様で、エヴェリンは一体どういうことだと頭が混乱していく。
只の他人の空似なのかとも思ったが、話せば話すほど話し方も性格も趣味趣向もロザリアはかつてのロザリアそのままだった。
哀しいほどに、苦しいほどに、今のロザリアはエヴェリンの知っているかつてのロザリアそのままなのだ。
"今のロザリア"と"かつてのロザリア"は同じであって同じではないのか?
その答えは出なかったが、ただ一つ分かったのは今のロザリアがかつてのロザリアと同じ過ちを犯そうとしているということ。
今から約六百年前、エヴェリンの息子レビウス・ステラと"かつてのロザリア"と、そして"アーティア"の身にふりかかった悲劇を思い起こしてエヴェリンは悲痛に顔を歪ませた。
無邪気に笑うロザリアを見て、エヴェリンは今度こそ間違わないと固く誓ったのだった。
★★★
「全て分かっているって……あの、私には何のことだか……」
「人を操って、意のままに動かして、それで君は満足出来るの?」
「あのっ!!本当に、意味が、わからなんですがっ?!」
冷静に言い聞かせるように語るエヴェリンとは正反対に、ロザリアは動揺を隠せずその口調は段々と荒っぽいものになっていく。
エヴェリンはラザニアへ視線で合図を送ると、静かにことの成り行きを見守っていたラザニアがエヴェリンの意図を汲み取り口を開いた。
「ロザリアさん、貴女シーラン男爵をご存知?」
「し、知りません!!」
「あら、ずいぶんハッキリと言いきるのね?」
「はい、本当に知りませんから!!」
ラザニアは睨み付けてくるロザリアを気に止めることなく、後ろに控えていた侍従から分厚いファイルを受けとる。
「○月○日、今日は夫と共に領地にある孤児院へ慰問へ向かう予定だった。しかし突然の雷雨で道がぬかるみこれ以上は危険ということで邸へ引き返すことになった。森をゆっくりと慎重に走り抜けていると突然雨でびしょ濡れになった女の子が馬車の前へと飛び出してきた。足を怪我しており記憶もないと言う。なんて可哀想なのでしょう。私達は彼女を馬車に乗せ邸へ連れ帰ることにした。名前がわからないと不便なので"ロザリア"と名付けることにした。ロザリアは笑顔を見せてとても喜んでくれた。」
「ロザリアさん、貴女ひねりがないのね?同じ手口でシーラン男爵夫妻とアーティアに取り入るなんて」
こんな怪しい手口に簡単に引っ掛かる方も問題だと思うけど、とラザニアは困ったように眉をへの字に曲げた。
「……何なんですか?これ」
「シーラン男爵婦人の日記よ。今日のためにお借りしたの。これ、貴女のことよね?」
「違います……」
「あら?だって"ロザリア"って書いているわよ?」
「……っそれは、偶然ですっ!!ロザリアなんてありふれた名前だし、第一私にロザリアと名づけたのはアンなので私は関係ありませんっ!!」
ラザニアが「そうなの?」とロザリアの後方に立っているアンに問いかければ、アンは小さく頷いた。
「そう、じゃあこれは本当に只の偶然なのね。こんなことってあるのね、不思議だわ。」
「本当に不思議ですね、えへへ……」
ロザリアが取り繕う様に笑った。
「でも貴女、確かアーティアに足を怪我をしている所を助けられたのよね?」
「……はい」
「聞くところによると記憶もないのだとか?」
「……それがなんなんですか?!」
「ふふ、随分と偶然が重なるのねと思っただけよ。本当に面白いわねぇ?ロザリアさん」
ロザリアをジワリジワリと追い詰めるラザニアに、ロザリアは何も答えられずギリリと歯ぎしりする。
思えばいつもラザニアはロザリアの思い通りに動いてくれなかった。
ロザリアはロザリアに歯向かってくる人間とロザリアを愛さない人間が何より嫌いだった。つまりその両方を兼ね備えているラザニアはロザリアにとって何よりも不愉快なモノなのだ。
そもそも最初からラザニアはロザリアにとって不愉快な存在だった。
初対面の時からロザリアを存在しないものの様に扱い、今日だって騙し討ちの様な真似をして私設裁判でロザリアを断罪しようとするなんて許しがたい行為だった。
殴りたい。跪かせたい。赦しを乞う惨めな姿を椅子の上から眺めたい。
暴力的な衝動がロザリアの身体を突き動かそうとするのを必死で塞き止める。
全てはデイモンと共に歩む未来のため、そしてアーティアから全てを奪い尽くすため。
ロザリアは小さく深呼吸をし、己を落ち着かせる。
「本当に、面白いです」
ロザリアはニコリと微笑んだ。
もう今さらここで引く訳にはいかないのだから。




