選ばれた女達③
「触るな!!ブスッ!!」
「ま、またまたぁ~、そんなこと言わないでぇ~」
「話しかけるな!!ブスッ!!」
「え~っと…あ!一緒にお菓子食べるぅ?」
「食べねぇよ!!ブスッ!!」
「あーーっ!!もうっ!!私ブスじゃないし!!」
「ブスブスブスブスブス!!ブーースッ!!!!」
「もうイヤァァァーーーッ!!」
「ップフ」
堪えきれず、思わずアルテミスの口から変な音が漏れでてしまった。
慌てて扇子で口許を隠すがもう遅い。笑いを堪えていたのはアルテミスだけではなかったようで、室内にいたロザリアや他の貴婦人達、さらには給仕をしていたメイド達までもが先程のアルテミスの笑い声を合図に一斉に吹き出した。
本来であれば先程からロザリアに対してブスブス言っている少年に対し、アルテミスは叱責しなければいけない立場であるにも関わらず、思わず心の中で「グッジョブ!!」と叫んでしまったのは大人としても貴族としても、そして母親としても失格だろう。
先程まで劣勢を極めていたティーパーティーは、突然現れた小さな侵入者によって一気に形勢逆転のチャンスを迎えた。
小さな侵入者、もといアルテミスの息子でありデイモンの弟でもあるルイス・ステラは使用人の制止を振り切り突然ティーパーティーが行われている室内へと勢いよく入ってくると、ロザリアまで一直線に駆け寄ると聞くに耐えないほどの罵声を浴びせかけた。
今日ルイスは、屋敷の外に友人を訪ねるという名目で外出させる予定だった。
男性や幼い子どもは寄生蜂に寄生されやすいことから、クイーンであるロザリアとルイスを鉢合わせさせないようにするための措置だったのだが、どうやらルイスは何処かでロザリアが今日のティーパーティーに出席すると聞き付けて一言もの申すことにしたらしい。
ルイスは幼い頃から義姉であるアーティアのことが大のお気に入りだった。
人にも物にもあまり執着しない子だったが、アーティアに関することだけは酷く執着心と独占欲を見せていた。
優しく抱き上げ、絵本を読み聞かせ、いつも一緒に遊んでくれるアーティアお姉ちゃんが自分の兄の婚約者であると知った時のルイスの荒れようと言ったらとんでもないものだった。
アーティアとデイモンが結婚した時も、バロックがデイモンに家督を譲りアーティアと遠く離れて暮らすことになった時も、それはそれは泣いて暴れて手がつけられず本当に大変だったのだ。
そんな大好きな義姉を苛める女がいると知ってしまえばルイスが黙っているわけがないのは分かりきっていたので、アルテミスは決してルイスにはこの事を知らせないようにと箝口令を強いていたのだがルイスの方が一枚上手だったらしい。
アーティアの事に関してはルイスがとんでもない地獄耳を持っていることを失念していたのだ。
アルテミスは顔を真っ赤にさせてロザリアに食って掛かるルイスと、どうにかルイスに取り入ろうとするが上手くいかず発狂しているロザリアを見て、中々やるじゃないかと心の中で褒め称えた。
それに比べてデイモンは……はぁ。
アルテミスはもう一人の息子を思い浮かべ深いため息をついた。
あのアンポンタンのバカ息子がもっとしっかりしてたらこんな事にはならなかったのに。
正気に戻ったら扱き倒して気合いを入れ直してやらなくてはとアルテミスは決意するのだった。
「ちょっと!!この失礼極まりないクソガキを早く外に出してよ!!」
「指図するな!!ブス!!」
「もぉぉおーーーっ!!だぁかぁらぁ!!ブスじゃないって言ってるでしょ!!出ていきなさいよクソガキ!!」
「ここは俺の家なんだよ!!出ていくのはお前だブス!!」
「いいから出てけクソガキーーーっ!!」
「出ていくのはお前だ!!ブーーース!!」
取り乱しながら叫ぶロザリアは先程までとは打って変わってルイスに負けないくらい下品な言葉遣いで可愛い子ぶりっ子の化けの皮も剥がれ落ちている。
はじめこそどんなにブスと言われてもひきつりながら友好的にルイスに接していたロザリアだったが、何度も繰り返しブスブス言われて流石に腹が立ったらしい。
母親としては悪口の語彙力少なすぎるだろと呆れてしまったが、今回ばかりはその少ない語彙力のお陰で繰り返し同じブスという言葉を投げつけられたことがかなりロザリアには堪えた様だった。
化けの皮の剥がれたロザリアはもうルイスがデイモンの弟だとかアルテミスの息子だとかそんなことを気にする余裕はなかった。
「ブス!!」とルイスが言えば「クソガキ!!」とロザリアが返す。
まだ十にも満たない幼子と大人が本気で言い争う姿はとにかく滑稽だった。
「黙りなさい」
地が震えるような、低くドスの効いた迫力ある声が響き渡り室内がシンと静まり返る。
声の主であるエヴェリンは優雅な仕草で紅茶を一口飲むとロザリアとルイスに冷たい視線を向けた。
「ルイス、レディに外見の事を言ってはいけないよ。」
「だって本当の事だもん!!」
「本当の事でもだよ」
有無を言わせないエヴェリンの迫力にルイスは顔を歪ませ渋々「……はぁい」と返事をした。
そんなルイスの姿に勝ち誇った顔をしているロザリアはなんと醜悪だろう。
アルテミスはエヴェリンのロザリアを庇うような態度に不安を覚えていた。
今日のティーパーティーにステラ一族の女達をわざわざ招いたのはエヴェリンの助言によるものだ。
竜の血をひくステラ伯爵家の男達は個人主義者が多く、唯一番に対しては強い執着心を見せるが基本的に他人に対して関心を抱きづらい。
そのためステラ伯爵家に嫁いできた女達は夫の代わりに外部との連絡調整や社交を行うことも役割の一つである。
そして男達の関係が希薄である分、ステラ伯爵家の女達の結束は固い。
普段は各々夫に付き添い世界中に散らばって生活している彼女達ではあるが、こまめに連絡を取り合い、互いに何かがあれば助け合って生きていた。
その中でもエヴェリンは一族の中でもかなり発言力をもつ女性だ。
血の契りを交わしているので外見はアルテミス達と変わりなく分からないが、その年齢は軽く五百をこえている。
そしてエヴェリンはクールな見た目と反して人一倍世話焼きで情に厚い。困っている人は放っておけない性分の彼女は一族の女達のみならず、社交界でも頼りにされている。
なのでエヴェリンの助言を受け今回彼女に協力を依頼したのだが、どうやらエヴェリンはロザリアに対して何か思うところがあるようでアルテミスは口出しすることも出来ず事の成り行きを見守ることしか出来ずにいた。
エヴェリン様はどうお考えなのかしら…
アルテミスが不安げにエヴェリンを見つめると、目があったエヴェリンがフッと微笑んだ。
「みっともない真似はもうやめなさい」
エヴェリンの言葉に、またしてもロザリアはフンと勝ち誇った顔をしてアルテミスを見る。そしてエヴェリンに皆さんに意地悪をされてとても悲しかったですぅと訴えた。
その様子にアルテミスはぐっと言葉を詰まらせたが、エヴェリンはロザリアに返事をすることはなかった。
「こんな虚しいことをいつまで繰り返すの?ロザリア」
「え?」
「もう全て分かっているんだよ。クイーン」
エヴェリンは射貫くような視線でロザリアを見据えた。
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