選ばれた女達②
「ロザリアさんはデイモンのどんな所が好きなんだい?」
「全部です!!真面目で努力家で、ちょっと無口な所もあるけどそんな所もクールでかっこいいなぁって思います。あ、あと顔もスッゴい格好よくて大好きかな、なぁんて!てへへ」
「そうなのか。こんなに愛されてデイモンは幸せ者だなぁ」
相づちをうちながら、ゆったりとした動きでエヴェリンはティーカップに注がれている飴色の紅茶を口にした。
ロザリアに対して敵対心剥き出しの他の参加者とは打って変わってエヴェリンは先程からロザリアが会話に入りやすいようにロザリアに話を振ったり質問をしたりというのを繰り返していた。ロザリアが話せば静かに耳を傾け心地よい相づちを与えてくれる。
ロザリアは初めこそ身構えていたが、エヴェリンがどうやら自分に対して公平にそして思いやりを持って接してくれる人物であると知り多少ぎこちなくはあるもののティーパーティーに参加しているステラ伯爵家の女性達となんとか打ち解けようとしていた。
どうやらこの場で一番の権力を持っているのはティーパーティーの主催者であるアルテミスでも社交界で絶大な影響力と人脈を築いているラザニアでもなく、唯一ロザリアに対して友好的に接してくれるこのエヴェリンという貴婦人のようだ。
ロザリアは何としても今回のティーパーティーでデイモンの母であるアルテミスを始めとしたステラ一族と親交を深めたいと考えていた。
まさかアルテミスが一族の女性達を集め袋叩きにしようと企んでいるなんて想像もしていなかったが、ある意味ロザリアにとっては好都合だと今となっては開き直っている。
デイモンの側室として認められるために、そしていずれ妻の座をアーティアから奪い取る為にはいつか必ず何処かでステラ一族との接触は避けることは出来ないのならここで一度接触してクッションを置いておくことは悪くない手だ。
何より、予想に反したエヴェリンの友好的な態度にアルテミスとラザニアが声に出さずとも焦っていることが手に取るようにロザリアには分かった。
(エヴェリンには逆らえないようね)
思わず身構えたけれどステラ伯爵家の女達も大したことないわね、とロザリアは心の中でアルテミスやラザニア、そしてエヴェリンを蔑んだ。これならば一瞬で一族郎党全てをマインドコントロール出来そうだと。
ロザリアは今回のティーパーティーではエヴェリンに的を絞って取り入ることにした。そして彼女を足掛かりにステラ伯爵家の中枢に入り込み徐々に侵食していくのだ。
ロザリアは苛立ちと困惑を隠せていない十二のカージナルレッドの瞳をとらえ、これからどう遊んでやろうかと想像しほくそ笑む。
今回のティーパーティーの参加者はロザリアを含めて八人。ロザリア以外の貴婦人達は全員がステラ伯爵家に嫁いできた者達であり、そして全員が"竜の花嫁としての恩恵"を夫から与えられている。
言わば選ばれし女達なのだ。
竜の一族が生涯に一度、たった一人の女性にのみ与えることが出来るという恩恵。世間では別名"血の契り"とも言われている。
花嫁に自らの血を与えることにより己と同じほぼ不老不死の身体を妻に与えるというものだ。
ただ竜の花嫁全員が夫と血の契りを交わす訳ではない。花嫁が不老不死を望まなかったり、心変わりをして逃げ出したりと理由は様々である。
恩恵を与えられた花嫁を見分けるのはとても簡単で、血の契りが無事に成功すると夫の血を授かった花嫁は生まれつき持っていた瞳の色が変化し、カージナルレッドになるという。
これはステラ伯爵家の血を継ぐ者のみがもつ色である。
つまりこの場に居る女達は全員が夫から恩恵を与えられた者だということを意味している。
血を分け与えるのは竜の一族であるステラ伯爵家の男にとって最大の愛情表現だという。
社交界ではカージナルレッドの瞳をもつというだけで年若い娘達からは憧れや羨望の眼差しを向けられる。
ロザリアは紅茶に口付けながらこっそりと己の眼前に座る冷たい眼差しを向けている女達をじっくりと見回した。
女達の外見は多少の誤差はあれど皆若く、そして美しい。デイモンの伯母であるラザニアなどどんなに少なく見積もっても七十歳を越えているというのに外見は二十代前半のように見える。
(羨ましい、羨ましくて羨ましくて妬ましい。)
富、名声、不老不死の身体、そして夫から与えられる不滅の愛。
ロザリアは彼女達の持つカージナルレッドの瞳が欲しくて欲しくて堪らない。
誰よりもその色に相応しいのは私なのに、なぜ私はありきたりな色の瞳のまま日陰者として囲われなければならないのか。
誰よりも何よりも、アーティアなんかよりも絶対に私の方が相応しいのに。
だがまだ間に合う。間違いは正さなければならないのだ。
ただ出会うのが遅かっただけで、本来ならば自分がデイモンの片割れの番だとロザリアは確信している。
あの女さえ、アーティアさえいなければ……
ロザリアはアーティアのアクアブルーの瞳を思い浮かべ歪に笑う。
まだ間に合う。アーティアは真の意味で竜の花嫁になってはいないのだから。
エヴェリンはそんなロザリアの姿を見て困ったような切ないような何とも言えない表情を浮かべた。
「本当に君は変わらないな」
哀しい程に、憐れな程に、
小さく呟いた言葉は誰にも届くことなく泡のように儚く消えた。




