選ばれた女達①
期待に胸を弾ませたロザリアがティールームへと入室すると、先程まで室内に響いていた貴婦人達の楽しげな声がピタリと止んだ。
そして扉へ背を向けていた貴婦人達がゆっくりとロザリアの方へと視線を移す。
貴婦人達がロザリアをとらえると先程まで無邪気に笑っていたロザリアの表情は固まり、考えていた挨拶の言葉も頭から抜け落ちてしまった。
「皆さん、ロザリアさんがいらっしゃいましたよ。」
唖然と立ち尽くすロザリアに構うことなくアルテミスが貴婦人達に声をかけると、無表情だった貴婦人達の口元が緩やかに弧をえがく。
それはまるで教科書のお手本のような微笑みで、異様なほど全員が揃ったように同じ微笑みを浮かべている。
「あら、やっといらしたのね?私達、皆首を長くしてお待ちしていたのよ。」
「あ……ラザニア、さま……」
「先日はお忙しい中わざわざ私のティーパーティーへ参加して下さってありがとう。」
「い、いえ!!そんなっ」
ロザリアは貴婦人達の中からラザニアの姿を見つけると気まずさに声が小さくなって行く。
それも仕方がないだろう。先日、アーティアが招待されていたラザニア主催のティーパーティーになかば強引にデイモンと参加し、更には空気も読まず初対面で尚且つ妻以外の女を伴って現れたデイモンに対し失望し怒りにうち震えるラザニアに「美味しそうな名前ですね!私、ラザニア大好き!!」だなんて言ったものだからその後のティーパーティーは思い出すのも恐ろしいまるで地獄のような時間になってしまったのだった。
その後のティーパーティーではロザリアはラザニアの侍従や取り巻きに激怒され総スカンを食らったためラザニアに近づくことすら許されなかった。
ロザリアはラザニアがまだあの日の事を怒っているのではないかとビクビクしていたが、ラザニアの表情や声色からもう全てを許され歓迎されていると解釈すると強ばった身体の力が抜けていった。
「まぁ私は貴方のことを招待した覚えはないのだけれどね。」
「へ……?」
安心したロザリアが笑顔でラザニアに駆け寄ろうとすると、微笑みを崩さないままラザニアがそう言った。
一瞬何を言われたのか理解できず固まってしまったロザリアだったが、(もしかするとこれは貴族流のジョーク……?)と困惑しながらも「えへへへへぇ、ラザニア様に会いたくて押し掛けちゃいました!」といつも通りの人懐っこい笑顔を浮かべラザニアの側にぐっと近づいた。
「そう。」
「え?あ、はい……えへへへ…へ」
しかしロザリアの予想と反した、にこやかな表情とは裏腹な素っ気ない返事と周囲の冷ややかな空気にまたしてもロザリアは戸惑いを覚える。
(え?やっぱりまだ根に持ってんの??)
ロザリアの乾いた笑い声だけが虚しく響く室内に困惑し、ロザリアは背中に嫌な汗が伝っていくのをとめられなかった。
「まあまあ、お話が盛り上がっている所水を差すようで申し訳ないのだけど立ち話はそのくらいにしてそろそろ美味しいお茶を頂きましょう?」
ピリついた空気など感じていないかのようにアルテミスが微笑みながらラザニアにそう言うと、それもそうねとラザニア達が室内の中央に用意された長方形のテーブルに腰かけていく。
一人立ち尽くすロザリアにアルテミスは先程と同様に優しい眼差しを向け、テーブルの中央に座るように促した。
ロザリアが案内された席の両隣には誰一人座らず、ラザニアとアルテミスを含めたティーパーティーの参加者達全員がロザリアの対面側の席に着席した。
「あ、あの!皆さんこちら側にいらっしゃらないんですか……?」
「あぁ、いいのよ。だって今日の主役は貴方じゃない、ロザリアさん。みんな貴方のお顔をよーく見てお話ししたいそうだから私達のことは気にせずリラックスなさって?」
アルテミスが貴婦人達を見回してそう言うと、同意の意を込めて全員がにこやかに微笑み頷いた。
「あぁ!!私としたことがロザリアさんにみなさんの事をまだ紹介していなかったわね。」
「おやおや、それはいけないよアルテミス。知り合いのいない茶会ほど心細いものはないんだから。」
「本当にその通りですわ、エヴェリン様。ごめんなさいね、ロザリアさん。」
「いえ、そんな…っ」
ロザリアはテーブルの中央、アルテミスとラザニアに挟まれるように座っている"エヴェリン"と呼ばれた貴婦人に視線を移した。
エヴェリンはロザリアに敵意など向けておらずむしろロザリアを気遣う言葉をかけてくれたのに、なぜだろうかロザリアはアルテミスやラザニア等とは比べ物にならないくらいの恐怖を感じていた。
言葉で表すのは難しいが、底が知れないのだ。そしてそう感じているのは多分ロザリアだけではない。
アルテミスやラザニアだけでなく室内にいる全員がエヴェリンを敬い崇め、そして少しの畏怖を感じているのだ。
右肩に流れるように掛けられた漆黒のロングヘアー、血の気を感じさせない青白い肌、そして怖いくらいに整った顔。
エヴェリンを構成する全てのパーツが特別で、ロザリアはエヴェリンから視線を反らす事が出来ない。
そんなロザリアの様子に、エヴェリンの真っ赤な唇は弧を描く。
「初めまして、ロザリアさん。私はエヴェリン、エヴェリン・ステラだ。」
「え……?」
エヴェリンの女性としては少し低いハスキーボイスで紡がれた"ステラ"の名に先程まで心ここにあらずだったロザリアがピクリと反応する。
「そう警戒しないで。今日は君に会いたくて皆集まったのだから。」
その言葉に、向けられた視線に、ロザリアはハッと息を飲む。
「今日集まった一族の女達を代表して挨拶するよ。ようこそステラ伯爵家へ。」
エヴェリンの言葉に同意するように女達は微笑み、そしてロザリアに鋭い視線を無遠慮に投げつける。
宝石のような十四のカージナルレッドの瞳が怪しく輝き、そしてロザリアを捕らえた。




