ようこそ楽しいお茶会へ②
ロザリアの正体をラザニアから聞かされたお茶会の日、アンはアルテミスとラザニアからとある計画への協力を依頼された。
それは指定された日時に表向きはロザリアに付き従い、邸の中からロザリアを外に連れ出すという内容だった。
「ラザニア様、お言葉ですが何故私がロザリア様に付き従わなければならないのですか?今のアーティア様の不安定なご様子はお二人もご存じのはずです。夜は碌に眠れず、食事も殆んど召し上がらない。少し食べられたかと思うと数分後には口許を抑えトイレに駆け込まれているのですよ?それなのに邸の管理や執務、社交を普段と変わりなく完璧にこなそうとする。止める人間がいなければどこまでも無理をするのがアーティア様なのです!!私にはそんな状態のアーティア様から離れるなどとても出来ませんっ!!」
主人に口答えするなど許されることではない。
頭では分かっていたが、アーティアから引き離されるとなれば話は別だ。それだけは黙って受け入れるわけにはいかない。
今アンは一秒だってアーティアから離れるわけにはいかないのだから。
「貴女は本当にアーティアの事を大切に思っているのね。そんな貴女だからこそわたくしはお願いしているの。誰でも良いって訳ではないわ。今回の計画に必要なのはアーティアに対して強い忠誠心を持ち、己の感情をコントロール出来る者なのよ。そうでなければミイラ取りがミイラになってしまう。」
「……どういう事でしょうか?」
「アンは先程わたくしに聞いたわよね?寄生蜂のマインドコントロールから解放する術はないのかと。」
そう、そしてラザニアは「わからない」と答えた。
その返答にアンがどれほど絶望したかラザニアは知っているだろうか。
「さきほどの返答は少し誤解を与えるものだったわね。正確に言うと寄生蜂にかけられたマインドコントロールは永遠に続くものではないの。ただ、魔法みたいに一瞬でマインドコントロールを解くことは現段階では難しいということよ。」
「本当ですか!?ではどうしたらマインドコントロールを解くことが出来るのです?!教えてくださいっ!!」
ラザニアにすがり付くように、アンは身を乗り出して問いかける。
どんなことでもするつもりだった。自分の名誉や幸福には無頓着なのにそのくせ人の幸せばかりを願うもどかしい主人の為に。
簡単にロザリアに取り込まれ、薬どころか毒にしかならない旦那様や簡単に寝返った薄情な同僚達にはアーティアを任せることなど到底出来ない。
珍しく興奮した状態のアンにラザニアはしょうがないわね、と困ったような笑みを浮かべきちんと説明したいから少し落ち着きなさいとアンを嗜めた。
「さる男爵家のお家騒動についてはさきほど説明したわよね?騒動の後、男爵家の当主やそのご子息、果ては使用人や出入りの商人達を調査していくうちに判明したのだけど彼らから色々な余罪が見つかったの。例えば横領だったり粗悪品の販売詐欺だったり、まぁ色々ね。余罪はどんどん出てくるし、さすがにこのまま見逃しておけないってことで役人達が彼らに事情聴取を行うことになったのよ。そしたらね、不思議なことがおこったの。」
何でも今回の事件に関わった人物達、特に男爵家の当主夫妻は大層な人格者だったのだという。
当主夫妻は暇があれば治める領地を見回り、領民達の生活の質を上げお腹を空かせる者がいないようにすることを一番に考えていた。
華美な物を好まず自分達を着飾らすのは後回しで質素倹約な暮らしぶりだったという。
領民達は皆口々に言う。男爵家の方達は心から領民の幸せを願ってくれる心優しい人々だったと。
それなのに彼らは一人の女の登場でその身を滅ぼしてしまう。
彼らは悪くない。ただ、彼らは心優しすぎただけなのだ。
過ぎる優しさは時に弱点になる。
寄生蜂はほんの少しの心の隙間を狙い、巣食い、相手をマインドコントロールする。
今回の男爵家の当主達は彼らの善良な優しさに付け入られたのだ。
マインドコントロールされた彼らは今までの性格と正反対の強欲な者になり、領民達に無理難題を吹き掛け馬車馬のように働かせ重税を課したという。
それだけでは飽きたらず、少しでも金になりそうな話があればそれがどんなに汚く法を犯すものであっても手を出した。
慎ましくも上品で洗練されていた男爵家の邸はいつしかゴテゴテと統一感なく飾りたてられ、シンプルだが流行にとらわれすぎず長く愛用できる装いを好んでいた当主夫妻の衣装も社交界で流行っている最先端の物をクローゼットがはち切れそうになるまで購入し、首元や両手首、両手には隙間がないほど豪華な宝石達をはめ着飾るようになっていた。
「そうこうしている内に男爵家の不正が明るみに出て彼らは取り調べを受ける事になったのだけど、肝心の謎の女が忽然と姿を消してしまったの。女を探そうにも取り調べの際に男爵家の当主夫妻も事件関わった使用人達も誰もが女について完全に黙秘を貫くものだから手掛かりもなく捜索することが困難な状態だったそうよ。いつまでたっても口を開かないものだから少々手荒な尋問も行われたのだけど彼等は決して口を割らなかった。」
しかし、そんな頑なだった彼等も一ヶ月がたつ頃に徐々に様子に変化が見られるようになった。それも皆一斉に示し合わせたように、だ。
「まず、変化していた性格が徐々に元のものに戻ってきたの。言葉遣いや仕草なんてものが徐々に戻ってきて、取り調べに対しても協力的になったそうよ。そしてしきりに『なぜ自分があんなことをしたのかわからない、確かにそのような事を自分の意思で行っていたが何故そんな事をしたのかわからないし当時の記憶や感情は朧気でまるで夢を見ているようだ』と皆が語っていたそうよ。そして一番不思議なのが、謎の女について聞くと女の容姿や人となりに関して皆意見に統一性が無く、彼女のことはよく覚えていなかったという点。そして誰一人彼女を悪く言うものがいなかったという所。」
「誰一人、ですか?」
「ええ、誰一人彼女を悪く言わなかったわ。なんだったら女を女神だと称える者も居たそうよ。だからね、これは私の仮説なんだけれど、寄生蜂はマインドコントロールした寄生対象者に自分自身の姿を寄生対象者が思い浮かべる理想の姿に見えるように幻覚かけているんじゃないかしら?」
「理想の姿、ですか?」
アンは自分の見ているロザリアの姿を思い浮かべ、納得いかないと首を捻った。
なぜならアンが思い描く理想の女性像とロザリアの姿は似ても似つかないからだ。
だらしなく太った身体も、目や鼻と言ったパーツの造りも配置も全てにおいて美しいとは思わないし決して憧れることもなかった。
無神経な言動や人懐っこいを大幅に通り越した馴れ馴れしい態度はむしろ苦手としている。
これが私の理想?そんな納得のいかない表情を汲み取ったのかラザニアは微笑んだ。
「ふふ、だから貴方は『合格』なのよ。」
「『合格』…ですか?」
「さっき若い男の使用人が言ったわね?ロザリアを美しいと。彼の瞳には彼女が大層な美人に映っていたのでしょうね。少し姿を見ただけのたった一瞬で寄生されているのだから本当に情けないこと。あの子はもう一度ビシバシ鍛え直すようにバトラーに伝えなくてはね。」
ラザニアは心底がっかりしたというように肩を落とし溜め息をついた。
「とにかく、つまりそういうことよ。あの子には理想の姿が、アンには現実が見えている。これが答え、貴方はロザリアに寄生されていない。」
ラザニアが言うには寄生されにくい人間の性質と条件というものがあるらしい。
女性より男性の方が寄生されやすく、また年齢が若い者の方が簡単に寄生されやすい傾向にある。
また疑り深く他人をあまり信用しない者や、誰か別の人間を深く愛していたり崇拝している者、信仰心の深い者はマインドコントロールされにくいという。
実際、男爵家でも長年男爵家に支えてきた年配のメイド頭や庭師、馬丁などは寄生されることはなく、異変を感じた彼女達の訴えで騒動が明るみに出ることになった。
「性質や年齢以外にも寄生蜂と長い時間を共に過ごせば過ごすほど深く寄生されマインドコントロールされてしまうみたいなの。寄生蜂にはね、巣作りという習性があるらしいのだけど寄生先の家を作り替える事によってマインドコントロールしやすい環境を作っているみたいなの。だからとにかく巣作りされた邸と寄生蜂本体、つまりロザリアから遠く長く離れることがマインドコントロールを解く鍵になるわ。」
ラザニアが言うには寄生されていた男爵家の人々も取り調べのため男爵邸から離れ寄生蜂本体との接触も絶ったことで一ヶ月ほどしたらマインドコントロールがほぼ切れたらしい。
ただ、やはり寄生されていた間は夢のような理想の姿を見せられていた為か寄生蜂への印象は自我を取り戻した後も良いもののまま変わらなかったので完璧に寄生から解放されているのかは定かではないのだと言う。
「完璧ではないけれど、時にはベターで我慢しなければならない時もあるでしょう?とにかく今は私たちに出来る最善を行いましょう。」
ラザニアの真剣な眼差しに答えるようにアンは決意を込めて頷いた。
「私に、命じてください。きっとラザニア様の使い勝手の良い便利な手足になって見せましょう。」
アンの言葉にラザニアとアルテミスは満足そうに微笑んだ。
「では始めましょうか、ステラ伯爵家の害虫駆除を。」




