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もう一度貴方を信じていいですか?

 その後、アーティアとデイモンは何とも言い難いこそばゆい空気の中で穏やかな時間を過ごした。


 夜になり、湯浴みを終えたアーティアが自室でいつものように蜂蜜酒を寝酒に飲もうとしていた。

 その時、寝室へと続く扉がトントンとノックされた。


 扉を開くとそこに立っていたのは同じく寝間着姿のデイモンだった。

 いつもは整髪料で後ろに流している髪は、洗いざらしで毛先からは水滴が落ちている。そして髪が落ちて目や頬にかかっている姿が何とも艶目かしかった。


 「どうされたのですか?」


 「……寝る前に一緒に茶でもどうかと思ってな。」


 「お茶、ですか?」


 「今日はまだ酒を飲んでいないのだろう……?ベスがよく眠れるという茶を用意してくれたから一緒に飲まないか?」


 (もしかして、心配してくれているのかしら?)


 アーティアはサイドテーブルに用意された蜂蜜酒へチラリと視線を向けているデイモンを見て思う。


 デイモンと結婚してから、こんな風に就寝前のお茶に誘われたのは初めてのことだった。

 こういうことに関しては勘の鋭い彼のことだ、昨日アーティアが寝る前に酒を飲んでいることを知り、それもデイモンが知らなかっただけで昨日だけではなく習慣化されていると言うことに気づいたのだろう。

 優しい彼の事だから何とかしてくれようと頭を悩ませてくれて、このお茶のお誘いにたどり着いたのではないだろうか。


 そう思うと、ほわりと胸が温かくなる。

 貫かれズタズタに切り裂かれ体温を永遠に失ってしまったと思っていた心は、この二日間のまるで昔の彼に戻ったようなデイモンと共に過ごすうちにどうやら知らず知らずの内にほんの少しではあるが癒されていたようだ。


 アーティアの心を殺すのも生かすのもいつだってデイモン次第。

 そういう意味では"恩恵"を与えられずとも既にアーティアの命はデイモンと共にあり、いずれデイモンと共に散り逝くのだろう。

 

 沈黙に耐えかねたのか、デイモンが大きな掌をアーティアに差し出す。


 「……行くだろう?」


 窺うようなデイモンの姿に、アーティアは表情を緩める。

 そして大きな掌の上にそっと自らの掌をのせ自室を後にした。


 寝室には既にお茶の準備が整えられており、室内にはサーブする使用人の姿はなくデイモンとアーティアの二人きりだった。


 繊細な陶器の頼りない取っ手に手をかけ、カップを口許に近づけるとふわりとフルーティーな香りが鼻孔を擽る。


 「カモマイルという茶だそうだ。安眠効果以外にも身体を温める効果もあるらしい。」


 甘い香りにうっとりとしているアーティアに、デイモンはカモマイルという茶について得意そうに説明する。

 多分、ベスに聞いたのだろう。今までお茶に拘りなどない人だったから。


 「お前の手足は冷たいからな、ちょうどいい。ほら、たくさん飲め。」


 「はい。」


 「うまいか?」


 「はい、とても美味しいです。」


 「……酒を飲まなくても、眠れそうか?」


 「……はい。今夜はお酒、必要ありません。」


 そうか、とデイモンは呟く。その表情はアーティアの答えに満足し安堵しているようだった。


 二人きりの夜のお茶会を終えたデイモンとアーティアは昨日と同じようにベッドへと身体を沈める。

 昨夜と違うのは同じベッドへと入る理由を必死に探す必要がなくなったことだ。

 今夜、アーティアとデイモンは同じベッドで眠ることに躊躇することはなく、どちらからともなく自然にベッドへと入り、互いの体温がわかるほど身体を寄せあった。


 アーティアが寝返りを打つと、想像していたよりも至近距離にデイモンの顔があり思わず目を見開いた。

 トクトクと胸が高鳴る。少しでも動いたら唇と唇が触れえしまいそうな距離。

 暫くの沈黙の後、デイモンのひんやりとした掌がアーティアの頬に触れ思わずびくりと肩が揺れた。


 キスされる、そう思ってアーティアは身体が強ばり瞼にギュッと力を込めたがいくら待ってもアーティアの唇にデイモンの唇が触れることはなかった。

 そうこうしているうちにアーティアの頬に触れていたデイモンの掌はアーティアの頭へと移動し優しく撫ではじめた。

 そしてひとしきり撫でた後満足したのかデイモンの大きな掌はアーティアの左手を包み込むように握りしめ動きを止めた。


 どうしたら良いのか解らず動揺するアーティアにかけられたのは「もう遅いから寝るぞ」という一見素っ気ない言葉だった。

 一瞬、久しぶりすぎる口付けに怖じ気づいたアーティアに怒りを覚え見捨てられたのかとも思ったがどうやらそうではないらしい。

 寝るぞ、と呟いたデイモンの声に苛立ちは見つけられず、その代わりにあったのはアーティアを気遣う優しい響き。


 「はい。おやすみなさいませ、旦那様。」


 アーティアは握られた掌をギュッと握り返した。

 その手は剣術の鍛練で皮は固くなり骨場ってゴツゴツとしていてお世辞にも握り心地はいいものではなかった。

 だけど、その掌からじんわりと伝わる温もりがアーティアを安心させ心が満たされていくのを感じた。


 カモマイルの効果も相まって、今まで不眠で悩んでいたのが嘘みたいに微睡み始めたアーティアにデイモンの声が遠く聞こえる。


 「……王都に戻っても、寝る前はこうやって二人で共に茶を飲もう。」


 (そうなったら、とても楽しいでしょうね。)


 「そして、これからはもっと話をしよう」

 

 (ふふ、それは難しいんじゃないでしょうか?だって私達二人とも口下手だもの。)



 「……王都に戻ったら、色々なことをちゃんとする。そしたら――ー」


 (そしたら、そしたら私達また昔みたいに戻れるのかしら?そうしたら私は胸を張って旦那様の番だと言えるようになるのかしら……?)


 デイモンの問いかけに答えたくて、もっと話したいのにアーティアの身体は眠たくて堪らず瞼が重たくて口が開かない。


 それでも一生懸命なんとか口を開こうとしたアーティアをデイモンが止められる。


 「……無理に喋らなくていい。今はただ、ゆっくりと眠れ。」


 おやすみ、デイモンのそんな言葉を最後にアーティアは意識を手放した。

  

 (そうね、今じゃなくていい。だって私達の生きる時間はとてつもなく長いもの。きっと今日の出来事も百年後にはほんの些細な出来事になっていて、そんなこともあったわねと二人顔を見合せて笑い合うの。)


 そんな未来が来たら、いいのになぁ。

 アーティアは幸せな夢を見ながら眠りについた。

 外はもうすっかり雨が止み、夜空には満点の星空が広がっている。


 (もう一度、貴方を信じていいですか……?)

 

 今年の星祭りはそんな願いとも言えない独り言を微睡みの中、願った。



 ★★★




 ポタリ、ポタリ


 ガタガタガタ


 静寂に包まれた寝室に騒がしい音が響き出す。

 時刻は午前三時を回ったところだ。


 (さっき、雨が止んで嵐が過ぎたと思ったらまた雨?不安定な天気ね……。)

 

 アーティアは微睡みの中水滴の落ちる音や窓を叩きつける雨の音に覚醒仕掛け、眉間にシワを寄せる。


 (もうすこし眠りたいのに……) 

 

 カモマイルティーとデイモンの掌は破壊力抜群で、蜂蜜酒でしか眠れなくなっていたアーティアを一瞬で夢の世界へと誘った。


 まだ少ししか眠っていないのに、心なしか身体の怠さが取れ肩が軽くなったような気がする。

 やはりどんなに悪酔いしないと言ってもお酒はお酒。

 身体によくなかったなとアーティアは反省した。


 (これからはお酒はやめて、カモマイルティーを飲もう。デイモンと一緒に。)


 アーティアはふわりと微笑んでもう一度夢の世界へと誘われて行く。

 デイモンの掌はあれからずっとアーティアの手を握りしめて離さないでいてくれた。


 ーーポタリッ


 「っ!!」

 

 後一歩で完全に意識を手放そうとしていたアーティアの頬にヒヤリとした水滴が触れた。


 (雨漏り?)


 突然の衝撃に思わず目を開け、真っ暗な室内にある天井へと目を凝らそうとした。

 その瞬間、激しい落雷の音と同時に目が痛くなるほどの閃光が真っ暗な室内を包み込む。


 「ひっ……!!」


 アーティアはその時目に飛び込んできた、閃光が浮かび上がらせた信じられないモノに声にならない叫び声を上げる。


 喉がひきつり、手が震える。


 ポタリ、ポタリ。

 水滴がいくつものシミをシーツに作っていく。


 アーティアの頬に落ちてきた雫は雨漏りなんかじゃない。

 

 極限まで見開かれたアーティアの大きな瞳に写ったのは、びしょ濡れになってアーティアの鼻先まで顔を近付け至近距離で覗き込む、ロザリアだ。


 この場に決して居るはずのないロザリアが、髪を振り乱し、雨を含み泥だらけになって所々千切れたドレスを纏いアーティアをじっと覗き込んでいる。


 「あっ……」


 アーティアがひきつった声を出して後ずされば、ロザリアは無表情だった顔にニタリ不気味な笑みを浮かべアーティアへとさらに顔を近づけた。


 ポタリ、ポタリ



 「アーティアみぃーつけたぁ」



 ロザリアは恐怖で動けないアーティアの首もとに手をかけ、鋭く伸びた親指の爪をアーティアの青白い喉元に突き立てる。



 「今さらもう逃げられるわけないじゃぁ~ん!!」


 えへへへへ~と異様なハイテンションで笑うロザリアの足元には、酷く濁った水溜まりが出来ていた。


 

 「あんたのこと絶対に許さないから」


 

 ロザリアの爪先を伝い、アーティアの首もとから真っ赤な鮮血がポタリと雫のように溢れ落ちた。


 いつも作品を読んでくださってありがとうございます。

 今回はいくつかお詫びと訂正と、今後の更新についてご説明させてください。

 まず、先日あとがきで描きました物語の半分にもうすぐいくかいかないかまできたとお話した件なのですが、私の書き方が悪く正しく伝えられませんでした。

正確には1章がもうすぐ終わる。ということを伝えたかったです。

1章でアーティアの辛い状態が終わり、2章からざまぁパートを始めたいと思っています。

誤解をさせてしまう書き方をしてすみませんでした。


 もう一つお知らせしたいのが、少しの間コメント欄を閉じるか1章を完結させるまで更新をお休みするか検討中であるということです。

 皆様から頂くコメントや個別メッセージはすごく嬉しく執筆の原動力になっているのですが、一部とても傷ついてしまうメッセージなど頂くこともあり、正直に言って少し疲れてしまいました。

物語の展開や結末はもう決まっているのですが、コメントに左右されてしまいそうな弱い自分が出てきてしまっているので納得のいく結末を書くためにもこのような方法をとらせて頂きたいです。

ご迷惑おかけしてすみません。


いつも応援してくださる皆様、本当にありがとうございます。

お時間ある時にこれからも遊びに来ていだけると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 素晴らしく良い(灬ºωº灬) これで邪悪を殺害する大義が出来た。人ではなく魔物として果てるが良いੈ✩‧₊˚₍ᐢ⸝⸝› ̫ ‹⸝⸝ᐢ₎
[一言] 一読者として、 書いて下さっている恩恵をただただ受けている身としては RNK様のペースで書いて頂ければそれが一番かと。 ご自愛下さいませ。
[一言] 是非、最期までご自身の着想した物語を完走して下さい。 私も辛口だったかなm(_ _)m でも、ついつい話にのせられて熱が入ってしまいます。 沢山、反響があるのは面白い証拠。 何より完結される…
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