今日、夫が側室をむかえました。
心が音もなく崩れ去った。
もう、あと少しの所でギリギリ形を留めていたアーティアの心は、最後に彼等に喰らわされた強烈なパンチによって崩れ落ち跡形もなく綺麗に消えてしまったのだ。
「…承知いたしました。」
アーティアは美しい淑女の礼をした。
困惑や怒りや、哀しみ。そんなものを少しも感じさせず、抗議の声をあげることもない。あげる気力も残っていないと言うのが正しいのかも知れないが…。
ただ夫であるデイモンの言葉を静かに受け入れ、夫と夫の隣で彼の腕にしなだれかかり喜びに顔をほころばせる可愛らしい女性の姿を瞳の端に映しただけ。
アーティアが何も意見せずすんなりと受け入れたことに驚きの表情を浮かべたデイモンだったが、自分の隣で喜びを隠そうともせず無邪気に笑顔を見せているロザリアに気付き、強ばった表情を緩め愛しげに彼女を見つめた。
「退室して良い」
その言葉を合図にアーティアは静かに部屋を後にした。
扉へと向かう道すがら、「ありがとう!!アーティア。これからもよろしくね!!同じデイモンの奥様同士仲良くしましょ!!」
そう、部屋中に響く大きな声でロザリアは満面の笑みをアーティアに向けた。
アーティアは足を止め、伯爵家の妻として学んだ社交的な微笑みをロザリアに向けた。
部屋にいるデイモンの父母や友人達、果ては使用人までもがロザリアのはしたなく無礼にも程がある態度に顔をしかめたが、彼女の隣に立つデイモンだけはやれやれといった表情を浮かべてはいるがその無邪気な姿を好ましそうに見守っている。
アーティアは部屋を後にすると、歩調を変えること無いよう意識して歩いた。
(まだ、ダメ。動揺してるの、知られてはいけない。使用人達が不安になる。)
アーティアは駆け出したい衝動を抑え、ゆっくりと自室へと足を進めた。通りかかる使用人達は既に先程の出来事を知っているのか、どこか痛ましげな同情するような視線をアーティアに向けている。
あと三歩
あと一歩
ガチャリとドアノブを捻ったアーティアは、扉の閉まるその瞬間まで普段と変わらない凛とした美しい伯爵婦人だった。
ズルリ…
扉に接したドレスの衣擦れの音だけが異様に室内に響き、アーティアは己を叱咤して力を込めていた足の力を抜き床へと座り込んだ。
色を失い、青白い陶器のような頬を一筋の涙が伝う。
気を抜くと漏れ出てしまいそうな嗚咽は歯を食い縛り耐えた。
今日、夫が側室を迎えました。