クイーン・ビー
「蜂、と言っても彼らの殆どは善良な市民よ。女性は働き者が多いと聞くし。」
ラザニアはアンが入れた紅茶に口をつけ、コクりと喉を潤す。
「問題はね、クイーンよ」
「クイーン、ですか?」
アンが思わず問いかけると、ラザニアはふっと笑みを見せアンに問いかける。
「アンは寄生蜂というのを知っているかしら?」
「……いえ、存じ上げません。」
「蜂を祖先に持つと言ってもね、元を辿れば色々な種類がいるでしょ?例えば蜜蜂と脚長蜂は蜂と言うカテゴリーは一緒だけど全くの似て非なるものだわ。」
「まぁ長い年月をかけて交配を続け、今いる子孫達の殆どは様々な種類の蜂の遺伝子がミックスされたものをもっていると言われているけど。」
アルテミスがそう補足するとラザニアは満足そうに頷く。
「その通り。だけど唯一長い年月をかけて他の種族と交わらなかった者達がいるのよ。彼らは蜂を祖に持つ一族の中でも同種の一族のみと交配を繰り返すことでより血を濃くし強大な力を得ようとしたの。それが寄生蜂を祖とする一族。」
彼らはその名の通り宿主に寄生することで繁栄してきた。
彼らの放つ独特のフェロモンは人々を魅了し宿主を酩酊状態にすることで少しずつ少しずつ宿主の思考や行動を司る部分へと干渉し、自我を奪うことで宿主をマインドコントロールし、意のままに動かすのだ。
過去に彼ら寄生蜂の一族はライオネル王家を宿主とし、寄生することで王家転覆を企てたこともあった。
しかしあと一歩の所で寄生に失敗してしまった彼らは、その際に王家の逆鱗に触れ、危険な思想や能力をもつ種族であるとして、一人の残らず秘密裏に処刑されたという話だった。
「ただ、例え寄生蜂を祖にもつ者だとしても普通は大勢の人間を一斉に、しかも深層心理の奥深くまで入り込んで意のままに操るなんて芸当出来るわけがないの。
……だけどね?過去にあった男爵家の一家離散やステラ家で唯一側室を迎えたレビウス・ステラの件、そして今回のデイモンとロザリアの件も全てその不可能が行われている。
しかもすべての騒動にはいくつも共通点があるのよ。
一つは騒動の当事者たちに話を聞いても当時の記憶が酷く曖昧で朧気だという点、もう一つは騒動の当事者達が騒動時と騒動前後ではあまりにも性格や言動が著しく解離しているという点、そして最後にこれが一番重要。すべての騒動の始まりがたった一人の女性を邸に招き入れてしまったことから始まっている点よ。」
「その女性が……ロザリア様、ということでしょうか?」
アンが意を決して核心に触れると、ラザニアはふっと笑みを浮かべた。
「それはわからないわ。男爵家の一家離散の件はともかく、レビウス・ステラの件はそもそも今から約六百年程前の出来事だから、彼女の仕業と言うには無理があるわね。まぁ、彼女がわたくし達ステラ一族同様に永遠を生きる者なのならば可能性はあるけど。」
これはわたくしの推測なのだけど、と前置きしラザニアは話を続ける。
「処刑されたはずの寄生蜂の一族の中に生き残っていた者がいたとしたら、全ての辻褄が合うのよ。
彼らがひっそりと生き延び繁殖を繰り返すことで寄生蜂の遺伝子を受け継いだ者達を現代まで繋いできていたとしたらどうかしら?
それぞれの事件に関わった女性達は寄生蜂を祖にもつ者達で、宿主に寄生することでマインドコントロールしこれらの騒動を巻き起こしたのではないかしら?
そして一度にこんな大勢の人間を強いマインドコントロール状態に陥らせるなんて芸当が出来るのは、寄生蜂の中でもクイーンと呼ばれる者達だけよ。」
クイーン。
蜂を祖とする一族の中に、ごく稀に産まれるという蜂の特性や能力を色濃く受け継いだ者のこと。
クイーンの特徴として、性別が女であること、クイーンは同時に複数産まれることはなくクイーンが亡くなると示し合わせたように新しいクイーンが誕生すること、そしてクイーンは強いフェロモンを持ちその香りを嗅いだだけで心の弱い者は魅入られてしまうという。
「ロザリア様はそのクイーンなのでしょうか?」
「あくまでもわたくし推測だけれと、十中八九間違いないと思うわ。」
「では、クイーンに寄生されてしまった人々はどのようにすればマインドコントロールから解放することができるのですか!?」
アンが必死の形相でラザニアに詰め寄ると、ラザニアはアルテミスと瞳を合わせ酷く辛そうな表情を浮かべる。
「……それは、わからないわ」
アンは喉に何かが詰まったように呼吸が止まり、息苦しくなっていくのを感じた。
陽当たりの良いティールームの中には、窓の外から聞こえるアーティアとルイスの楽しげな声だけが響き渡っていた。
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