竜の一族②
ライオネル王国に住まう人々の恋愛観や貞操観念というものも、やはり祖先である生き物達の特性や性質に左右される場合が多い。
例えば犬を祖先にもつ一族のように一夫多妻制を常識としている者もいれば、男女共に結婚という形に囚われず次々と相手を変えていく者達もいる。
ただ、ライオネル王国では秩序の乱れや異種族間での婚姻による恋愛観の違いから生まれる争い、度重なる婚姻で生まれる権力闘争を防ぐという政治的観点から、側室を迎えることや婚姻関係を結ばず恋愛を楽しむことは暗黙の了解で許されているが離婚をすることは法律で禁じられていた。
竜の血を引くステラ伯爵家の恋愛観はというと、一夫一妻を基本とし妻に対して異常な執着心や加虐性、またそれとは相反する庇護欲を見せる者が多かった。
彼らは片割れの番と呼ばれる己にとって唯一無二の存在である伴侶をかぎ分ける能力をもっており、永遠に近い時を生きる彼らの多くは長い年月をかけ旅をして、片割れの番を探すという。
片割れの番は世界中に何人も存在するが、より自分に合った至高の相手を彼らは探し求め、己の花嫁を選定する。
もちろん彼らが唯一無二の番を見つけたとしても選ばれた花嫁が必ず受け入れるとは限らない。
そうなれば番に対して強い執着心と加虐性をもつ彼らは己の感情をコントロールすることが難しくなり、時には求愛を拒否した花嫁の命を絶望の余り奪ってしまったものも居たという。
求愛を受け入れられた者は花嫁に己の子を産ませた後、花嫁に自らの血を飲ませることで竜の花嫁としての恩恵を与えるという。
恩恵は人生でただ一度、たった一人にのみ与えることができる特別なものである。
血を与えられた花嫁はその瞬間人間としての時を止め、夫の命が尽きるまで共に永い時間を過ごすことを許されるのだという。
人々はまことしやかに囁く。
これが孤独に永い月日を生き続けなければならない彼らに与えられた、唯一の神の救いなのだと。
なので彼らは決して一度迎えた花嫁を裏切ることはない。ましてや側室を迎えることなど天地がひっくり返ってもあり得ない、というのが今までの常識であり定説であった。
なので、竜の血を引くデイモンが側室を迎えたという噂は世間にとてつもない衝撃を与えた。
ラザニアも噂を耳にしてはいたが、そんな馬鹿なことがあるはずがないと最初は笑い飛ばしていたものだ。
だが噂は一向に消えることはなく、ついに先日のお茶会にデイモンがアーティアではなくあのロザリアという女を伴って現れたことによって、ラザニアは信じがたい噂が紛れもない真実であると認めなければならなくなった。
困惑したラザニアだったが、甥っ子の様子をよく確認すれば彼が正常な状態ではないことにすぐに気づいた。
そして周囲のロザリアに対する視線や意見の齟齬も、ラザニアは比較的早期に違和感を感じ只事ではないと気がつくきっかけとなった。
だがラザニアには一つ疑問があった。
正常な判断が出来ていない状態だとしても、番に対して異様な執着心を見せる彼らに果たして本当に側室を迎えるなどという真似が出来るのか、という点だ。
長いステラ伯爵家の歴史の中で、側室を迎えたことのある者は居たのだろうか。
居るとすれば、何故迎えたのか?
その答えを知るためにラザニアは邸の図書室でステラ伯爵家の記録書を閲覧することにした。
ラザニアが長いステラ伯爵家の歴史を辿っていくと、ある一人の男に目が止まった。
彼の名前はレビウス・ステラ。
今から約六百年程前、ステラ家の第四代目の当主を務めていた男だった。
そして唯一、側室を迎えたステラ伯爵家の人間だ。
レビウスのことを調べていく内に、ラザニアは既視感を覚える。
それは以前社交界で風の噂程度に聞いた、ある男爵家の崩壊とその顛末についての話だ。
当時はそんなことあり得ないと一頻り噂話に身を興じたあと、すぐに興味を失う程度の創作物語だと思っていた。
だが、その噂話が真実であったとすれば全ての辻褄が合う。
昔、ある男爵家が一家離散、お家断絶の憂き目にあった。
騒動の始まりは、たった一人の美しい女を邸へと招き入れてしまったことだった。




