真実はまだ見えていない
「わたくしが思うに、ステラ家の男性陣は少々成長が遅延気味だと思うの。主に心の部分が。」
「えぇ、私もそう思うわ。だってバロックが私との結婚を決めたのは百五十歳を越えてからよ?百五十歳!!なのにあの人ったら交際を申し込む時も初めてのデートのエスコートですらまるでなってなかったんだから。」
「確かに。エーデルもわたくしとの結婚を決めたのは百を越えた頃だったし、それなのにあの武術馬鹿はデートの作法所か女心のなんたるかが何一つわかっていなかったわ。」
「それを考えるとデイモンはずいぶんとはやく片割れの番を見つけてしまったのね……。それなのに番を蔑ろにしてあまつさえあんな女に操られているなんて本当に情けないったらない。図体ばかり大きくなっても心はまだまだ赤ん坊なのだからしょうがないのかしらね……。」
「そうね、ある意味悲劇だわ。それを考慮するのなら今回の件も納得まではいかなくても、なるべくしてなったと言うかなんと言うか。まったく赤ん坊がませた真似するから……」
「「はぁ~~っ」」
ラザニアとアルテミスは大きな溜め息をつき、お互い大変ねと労を労い合う。
ここはラザニアの邸のティールーム。
窓の外には広大な庭というには広すぎる庭園が広がっている。窓の外では美しいプラチナブロンドを反射させ、アーティアがルイスにねだられたであろう本を読み聞かせている様子が見える。
先程の一悶着で機嫌をすっかり損ねてしまったルイスをアルテミスがメイドに預けようとすると、折角アーティアと遊んでもらえると思って着いてきたルイスはショックを隠せず目にみるみる内に涙を溜めていった。
かといって小さいながらも男のプライドを持ち合わせていたルイスは、アーティアにすがって遊んでくれと頼む事も出来ずにそれはそれは哀しそうな顔で肩を落とし、ティールームからメイドによって連れ出されようとしていた。
その姿に胸を痛めたアーティアが二人を引き留め、ルイスに「どうか私と遊んでくださいませんか?」とお願いすればたちまちルイスの表情がパッと明るくなった。
ルイスが来ればアルテミスもラザニアもこうなることはわかっていたが、アーティアのいつも通りのお人好しな様子に「あなたそんなことしてる場合じゃないでしょ」と言いたくなったが、それがアーティアなのだからしょうがないわね、と苦笑いで受け入れるしかなかった。
そんな事情もあり、少しの間ルイスと遊ぶことになったアーティアがルイスを連れ庭園へと出たことにより広いティールームの中にはラザニアとアルテミス、後はラザニアの邸の使用人とアーティアが共に連れてきたメイドのアンがいる。
アルテミスが連れてきた使用人は庭園で過ごすアーティアとルイスのお世話と護衛を兼ねて外で二人を見守っている。
「……ところで、アン?貴女はあのデイモンの側室になった女性についてどう思う?」
「どう、とは?」
突然の質問にアンは驚きながらも、ラザニアの真意を考える。
「そのままの意味よ。貴女には彼女の姿がどのように見えているのか聞いてみたかったの。」
アンは戸惑いながらも、頭の中にあの忌々しいロザリアの姿を思い浮かべた。
「誤解を恐れずに言いますと、ロザリア様はよくありふれた特徴の無い容姿の方だと思います。髪の色も赤毛ですが所々に他の色が混っていますし、瞳の色もありふれたブラウンで大きさも人並みかそれ以下。強いていうのなら全体的にふっくらとされていらっしゃるというぐらいで……」
アンは絞り出すようにロザリアの身体的特徴をラザニアへと伝えていく。そこでふとラザニアが問いかけてきたのは外見のことではなく中身の事なのでは?と思い至り、申し訳ありませんと謝った後ロザリアの内面について話そうとするがラザニアに止められてしまった。
「ありがとう、アン。貴方は的確にわたくしの質問の意図を捉え答えてくれたわ。質問の回答はそこまでで十分よ。」
困惑を深めているアンに、ラザニアはそう優しく微笑むと美しい所作でハーブティーを口許へと運んだ。
「それで、これが一番聞きたかったのだけど……。貴方は彼女のことを美しいと思うかしら?」
ラザニアの射抜かれるような眼差しを受け、アンは暫し考える。
まあ悩むまでもなく答えは出ているのだが、悩むそぶりを見せるのはお仕えする伯爵家の一応側室であるロザリアへのなけなしの心遣いというやつだ。
「美しくないと思います。」
外見はもちろん、内面も。
なんてことは口には出さなかったが、必要な回答はしっかりとハッキリと答えた。
アンはラザニアがどのような面での美しさを問いかけているのか図りかねた。しかし外見にせよ内面にせよ、はたまた両方だとしてもアンの答えは変わらないと言い切れる。
ロザリアは美しくない。
ラザニアはアンの答えを聞くとカップを音もたてずにテーブルへと戻した。
そして、
「合格」
そう一言だけ告げると満足そうに微笑んだ。
「実はね、わたくしもアンと同じ意見なの。アンが見ているのと同じような姿がわたくしにも見えているのよ。」
「ねぇ、アルテミスもそうでしょう?」
ラザニアが問いかけるとアルテミスも「ええ」と同意する。
「でもね、不思議なことにわたくし達とは違う見解をもつ方々もいらっしゃるみたいなのよね。……ね?アルバトロス?」
ラザニアが後ろも振り返らずに突然声をかけたのは、ラザニアの後ろに控えていたまだ若い男性の使用人だった。
「貴方も先日のお茶会で彼女の姿を見ているわよね?」
ラザニアに「貴方にはどんな風に彼女が見えているの?」と問いかけられれば、おろおろとしていた若い使用人は酷く言いづらそうに口ごもる。
やがて沈黙に耐えかねたアルバトロスと呼ばれた男は観念したように口を開いた。
「恐れながら、私個人としましては先日のお茶会でちらりと姿を拝見しましたロザリア様は……それはそれは美しい女性だったと記憶しております。」
「うふ、そう。正直に答えてくれてありがとう。」
ラザニアの様子を伺うようにびくびくと答えたアルバトロスはラザニアの満足そうな表情に胸を撫で下ろす。
もう自分に用は無いだろうと定位置にもどろうとすると、「でもね、」とラザニアのお茶目な声が響き渡る。
「貴方は不合格よ、アルバトロス。退室なさい。」
そうラザニアに告げられると、アルバトロスはがっくりと肩を落としてティールームの外へと退出した。
未だ何事か飲み込めていなアンを置き去りに、ラザニアとアルテミスは満足そうに二人で会話を進めていく。
「どうやらわたくしの仮説は正解だったみたいですわね。」
「ええ、アーティーったらとんでもないモノを拾ってきたみたい。」
アルテミスは困ったわと頬に手をあて溜め息をついた。
「どうやら我が家に蜂が紛れ込んでしまったみたいね。」