ジェネジオ3
結論から言えば、あの交渉はなかなか面白かった。
お嬢様としては頑張っていたが、やはりまだまだ子供。
誰が入れ知恵したのか知らないが、ロイヤリティを50%も吹っ掛けてくるのは甘すぎる。
自分でまだまだ下げますよ、と言っているようなものだ。
それでもやはり楽しかったのは事実だ。
だからおまけして10%のロイヤリティで譲歩することにした。
お嬢様から提案された内容で、成分にだいたいの目星はついている。
あとは試験を繰り返していくだけになるのだが、その開発費用を公爵家がもってくれるなど、これほど美味しいことがあるだろうか。
悪徳商人ならのらりくらりと開発を遅らせるところだろうに。
だがまあ、ファッジン公爵に契約書を確認してもらうと言っていたから、他の業者に騙されることはないだろう。
とはいえ、あとでこっそりシアラには注意を促しておこう。
本当は情報を流してくれるのが一番ありがたいが、シアラはなぜかお嬢様に絶対的忠誠を誓っているようだからな。
何か弱味でも握られているのかとも思って調べたこともあったほどだ。
それにしても、お嬢様のあの変わり様はどうにも気になる。
まさかお嬢様が金のことを口にするとはな。
金なんて勝手に湧いてくると思ってそうだが――実際そうなんだが、いや、むしろ金の概念があったことに驚きだよ。
いったい何があったんだ?
帰り際、シアラに「お嬢様は頭でも打たれたのか?」と訊けば、烈火のごとく怒られてしまった。
普通はそれくらい考えてもおかしくないだろ。
……嫌われてないよな?
商会に戻るとさっそく俺専用の実験室に籠もる。
だいたいの薬草類は揃っているから、あとはそうだな……試用し放題ならあの薬草も試してみるか。
開発費を気にしなくていいのはかなり助かる。
親父にどやされることもないからな。
なんて呑気に考えていた俺は、経過報告にと呼び出されたときには驚いた。
お嬢様がそんなことにまで気を回すとは思ってもいなかったからだ。
やはり本当に別の人物が後ろで糸を引いているのだろうか。
しかしそれならシアラが黙っていないはずだが……。
「――では新しい化粧品が開発されたら、私が使用する前に、シアラが試してみてね」
「はい、かしこまりました」
「はあ? いえ、失礼いたしました。……精進いたします」
シアラがお嬢様のことをどれだけ大切に思っているか、わかっていないのか?
それともわかっていて、実験させようとしているのか?
やはり傲慢さに変わりがないことに一瞬怒りが湧いたが、ここは冷静にならなければ。
シアラに迷惑がかかる。
「ところで、ジェネジオ。あなたに訊きたいことがあるのだけれど」
「はい、何でございましょうか?」
「あなたは色々な貴族のお屋敷に出入りしているでしょうし、色々な噂を聞いていると思うわ」
「……さようでございますね」
「別に警戒する必要はないわ。大したことではないの。ただあなたが見て、聞いて、知っているお嬢様方の中で、殿下の婚約者にふさわしいと思える令嬢はいるかしら?」
「それは……王太子殿下の、ということでしょうか?」
「ええ、そうよ」
「ファラーラ様?」
自分は商談にきているのだと言い聞かせ、冷静さを取り戻したが、お嬢様はまた新たな話題を持ち出した。
情報は金になる。
俺たち商人が一番大切にしている商品が情報だ。
何を言い出すのかと思えば、今度も予想外のことを言いだした。
「心配しなくても、そのお嬢さんのことを聞いたからって、別に階段から突き落としてしまおうとか、毒を盛ろうとか、えん罪をかぶせてしまおうとか思っていないわよ」
「いえ、さすがにそこまでは心配しておりません。ご質問の意図がわからず、少々驚いただけでございます」
ライバルを早々に潰してしまう気かと思ったが、俺はそこまで具体的には考えてなかったぞ。
あっさり具体例が出てくるところが恐ろしいな。
だが、潰すつもりがないのなら何のための質問だ?
疑問を解決するためにも、ここはやはり素直に答えるべきだろう。
「やはり、一番の候補としては、トルヴィーニ伯爵令嬢のサラ様でしょうね」
そう答えた瞬間、お嬢様は顔つきを変えることなく、手元のカップを投げつけてきた。
これでこそ、俺の知っているお嬢様だよ。




