治療法2
「というわけでお兄様、それまでお家には帰ってこないでください。ただし進捗状況は手紙で教えてくださいね」
「そんな……せっかく戻ってきたというのに、また会えなくなってしまうのかい?」
「お兄様の研究の邪魔はできませんもの。ですがきっと、一年後にはまた会えますわよね? それまで涙を呑んで待っております」
「ファラーラ……。わかったよ、お前のために頑張るからな」
「ありがとうございます、お兄様」
これは私の記憶にあるチョロいお兄様だわ。
これでどうにか一年後には成果を出してもらえるでしょう。
それまでにジェネジオに準備を進めさせておけばいいわね。
「勝手に話が進んでいるが、ここは私の屋敷なんだがな」
「水臭いことを言うなよ、ブルーノ。私とお前の仲じゃないか」
「それ、お前の立場で言うセリフじゃないからな。ずうずうしいところは兄妹そっくりだな」
「そうか。ファラーラは私に似ているか」
「喜ぶところじゃないぞ」
そう言ってフェスタ先生は大きくため息を吐かれたけれど、お兄様とは本当に仲が良いお友達なのだとわかるわ。
私にはエルダやミーラ様、レジーナ様がいるから羨ましくなんてないんだからね。
それにしても私とお兄様が似ているなんて。
本来なら抗議したいところだけど、今回はお兄様がお世話になるので我慢してあげるわ。
あと、不労所得のチャンスを逃すわけにもいかないもの。
「ところで、殿下はファラーラに対して今までとずいぶん態度が違うようですが、いったいどういうおつもりですかね?」
ええ? それを今言う?
確かに再会当初から殿下に対して冷たいなとは思っていたけれど、いきなりじゃない?
これから帰ろうとしているところなのに。
しかも本人(妹)を目の前にして、そういうことを訊ねるなんて、デリカシーがなさすぎ。
だけど何となく今回のお兄様の態度の理由がわかったわ。
以前は私が付きまとって一人で盛り上がっていたけれど、殿下はまったくといっていいほど相手にしてくださらなかったのよね。
あ、涙が……。
それが今、殿下とこうして一緒にお出かけしているどころか、それも初めてではないと誰かから聞いていればお兄様として見過ごせないんだわ。
いえ、普通は見過ごすどころか応援してくださるべきだけど。
ひょっとして今はまだ沈黙を守っていらっしゃるアルバーノお兄様とベルトロお兄様も何か言ってくるかも。
「――今までのことは申し訳なかったと思います。その上で、うわべしか見えていなかった自分を反省もしています。そして状況が変わった今、ファラーラときちんと向き合い、誠実に付き合うと決めたんです。ですから、ご心配には及びません。チェーリオ殿はどうぞ心置きなく研究に打ち込み、ファラーラとの約束を今度こそ果たしてください」
真面目に答える必要なんてないのに、殿下はお兄様に挑むように一歩前へと踏み出て、ほんの少しの嫌みを交えて宣言された。
とっても堂々とされているお姿はちょっとときめきそうになってしまったけれど、〝誠実〟は私の中のNGワード。
危うく惹かれそうになったところで現実に戻れたわ。
そもそもちょっと私が〝いい子〟の仮面を被って殿下を好きなふりをしただけでその気になるなんて甘い甘い。
まだまだ坊やの証。
このファラーラ・ファッジンは簡単に心を許しませんからね。
「さあ、ファラーラ。帰ろうか」
「――はい」
「フェスタ先生、今日はお忙しいところご対応くださり、ありがとうございました」
「ありがとうございました」
だけど、でも、まあ、少しは成長したかもしれないわね。
最近はリベリオ様とご一緒のところを見かけないけれど、ひょっとしてそれが影響しているのかも。
以前の記憶ではいつもリベリオ様とご一緒で、私が近づくとリベリオ様が前面に出られて邪魔をしてきたのよ。
そういえば、殿下のお声を聞いたこともあまりなかったような……。
だってはっきり記憶にある殿下のお言葉は、あの婚約破棄のときだけ。
私がまとわりつかなくなったから、リベリオ様が殿下を庇う必要がなくなって自主性が出てきたとか?
それともたった二回とはいえ、狡い大人になる講座が役に立ったのかしら?
うん、そうね。きっとそうだわ。
それでは殿下にはこのまま勝手に成長していただいて、自主的に婚約解消していただきましょう。
そして私はどんどん増える不労所得で悠々自適生活。
まずはジェネジオに相談ね。




