病気1
「…うっ……」
立ち上がった私は額を押さえ、ふらふらしながら手近にあったソファの背に手を置いて、膝から崩れ落ちた。
すると、お兄様と殿下が血相を変えて飛んでくる。
「ファラーラ!」
「ファラーラ! めまいか!? 私の声が聞こえるか!? 吐き気は!?」
「……大丈夫よ、お兄様。私は何ともないもの。殿下もご心配をおかけして申し訳ございません。今のは演技でしたの」
「演技……?」
「本当か? 私に心配をかけないように嘘を吐いているんじゃないな?」
「ええ。本当に大丈夫です、お兄様」
お兄様が私を抱き起こす前にすっと立ち上がる。
なかなかの演技だったのか、お兄様と殿下は心配してくれたのに、フェスタ先生はのんびりソファに座ったまま。
やはり侮れないわね。
今に見ていなさいよ、ブルーノ・フェスタ。
いつかギャフンと言わせてみせるんだから!
って、違う違う。
目的が変わってしまっているわ。
私はお父様の病名を知りたいのよ。
「お兄様、実は今のような状態で、倒れる前には言葉が不明瞭になるような病気をご存じですか?」
「……ファラーラは、そのような人を見たのかい?」
「――はい」
「そうか。それで、その方は……?」
「次の日に……亡くなりました」
あのときのことを思い出すと、ただの悪夢だと思いたいけれど苦しくなってしまう。
ひょっとしたら私にも何かできたかもしれないのに、自分のことばかりでパニックになって何もできなかった。
もう後悔はしたくないわ。
「だからお兄様、もしその病気のことをご存じなら、どうすれば救うことができるのか、予防ができるなら今からしておきたいんです!」
私の訴えに今までへらへらしていたフェスタ先生も姿勢を正して真剣に聞いてくれている。
殿下も私を心配そうに見ているわ。
だけど大丈夫。
私はあの最悪な出来事を変えて見せるもの。
ただの悪夢だったんだって高笑いしてやるわ。
「ファラーラは同じような人を救いたいんだね?」
「今度はちゃんと救いたいんです」
「そうか……。それでその病気について知りたいんだね?」
「はい。今は健康そうに見えるのですが、五年後に急に苦しみ倒れられるので、予防ができるなら今からしておきたいのです」
「うん?」
「はい?」
お兄様は困ったように私を見て微笑まれた。
この微笑み、懐かしいわ。
私がお願いを口にすると、いつもこうして微笑まれて「仕方ないな」っておっしゃって叶えてくださるのよね。
そして気付いてしまったわ。
チェーリオお兄様だけでなく、アルバーノお兄様もベルトロお兄様も、いつも私がお願いを口にすると、同じような微笑みを浮かべていらした。
あれは困っていらしたのね。
それならそうとおっしゃってくだされば、私だってもっと我慢を覚えたのに。
お兄様たちのせいにしてはダメだとわかってはいるわ。
もとは私の我が儘で、お兄様たちは私を喜ばせようとしてくれていたんだって。
だからこれからは甘やかし禁止!
お兄様たちが私を甘やかさないように気をつけないといけないわ。
「――ファッジン君はまるで未来のことを話しているようだな」
「はい?」
「今の言い方では、過去形のようで未来形のようでもある。語学の授業の成績は悪くなかったはずなんだがなあ」
「……先生、今日は休日です。成績のことをおっしゃるのはおやめください」
おほほほ……。
って、誤魔化せていないわよね。
失敗したわ。
お兄様が病気のことをご存じのようでつい口がすべってしまったのね。
もうこの際、どうでもいいわ。
お兄様に――ついでに殿下に変な子だって思われてもかまわない。……フェスタ先生にはたぶん手遅れ。
悪夢の中で一番変えたい未来――お父様を救うために私はオオカミ少女にだってなるわ!
オオカミが来たぞ~!
しばらく多忙のため、朝のみの更新になります。




