学園2
夢に見た入学式は最悪だった。
あ、悪夢のほうね。
空気も読まずにクラスでの自己紹介。
『私はファラーラ・ファッジン。エヴェラルド王太子殿下の婚約者です。皆様、どうぞ遠慮なくファラーラ様と呼んでくださってけっこうですわ。ただ殿方には申し訳ないですけれど、あまり近づかないでいただきたいの。殿下に誤解されても困りますので。以上ですわ』
あーあーあー!
ただの悪夢であって! まさかの現実とかではないわよね?
黒歴史どころの話じゃないもの。
ほら、あのときのみんなの顔を客観的に見てみたらわかる。
引いているから! ドン引きだから!
あれ以来、男子はもちろん話しかけてくることさえなかったわ。
魔法の実技でなぜか男女ペアにならないといけないときなんて、押し付け合っていたもの。
それを私ってば、私とのペアの立場を取り合いしているって思っていたのよ。
あーあーあー!
忘れたい! お願い、どうか忘れさせて!
女子だってみんな遠慮がちに私に話しかけてきていたけれど、あれはただ危険物に触れたくなかっただけ。
それを私ってば、高貴な私に近寄りがたいのねって思っていたのよ。
入学してからの私は殿下にまとわりついてばかりだったから、友達もできなかった。
そもそも友達になりたいなんて思わないわよね。
でも取り巻きはいたわ。
ミーラ・ストラキオ男爵令嬢とレジーナ・タレンギ嬢。
この二人はご実家の力があまり強くないから、ご両親から私に取り入れって言われているっぽいのよね。
お茶会でもお母様たちもいつもにこにこして話しかけてくる。
たぶん私が王太子殿下の婚約者でなくても、ファッジン公爵家の出身っていうだけで仲良くしようと近づいてきたと思うわ。
とはいえ、偏見はもたないようにしないと。
この二人が本当はどういう人たちなのか見極めて(自信はないけれど)、普通に友達になれたらいいな。
「おはようございます、ファラーラ様。同じクラスになれるなんて光栄ですわ」
「ごきげんよう、ファラーラ様。私も同じクラスですわ。これからもどうぞ仲良くしてくださいね」
「おはようございます。ミーラ様、レジーナ様。二クラスしかないのですから、同じクラスになれたのも確率としてはそれほど珍しくないですわよね?」
「かくりつ?」
「えっと、何でもないわ。とにかく、よろしくお願いね」
さっそく二人が話しかけてきた。さすがだ。
二人以外の女子はお茶会で面識もあるのに、声をかけてこようともしない。
ここは私から挨拶するべき?
いえ、でもそれはちょっとあからさまっていうか、また人気取りだと思われても嫌だものね。
ここは成り行きに任せましょう。……逃げたわけじゃないわ。
「――みんな、席に座りなさい。これから一年間、同じクラスになった者同士協力するためにも、まずは自己紹介からだ。おっと、それでは私が一番だな。私はこのクラスを担当するブルーノ・フェスタだ。魔法学の実技を主に教えることになる。それじゃあ、そこの席の者から横へ順に自己紹介を始めてくれ」
この学院は特に入学式も卒業式もないみたい。
式典って退屈だからありがたいけれど、担任の先生が入ってきて挨拶もなしにいきなり自己紹介が始まるなんてびっくり。
夢でもこんな感じだったかしら?
そこは覚えていないわ。いらない記憶だけあるのに。
この世界で魔力があるのはほとんどが上流階級の者たちだけだから、一般の子たちはクラスでもごくわずか。
その子たちが自己紹介をすると、くすくす笑う声が聞こえる。
今ならわかるわ。
この小さな笑い声がどれだけ相手に屈辱を与えているのか。
私もずっと陰ではこうして笑われていたのよ。
ファラーラでも蝶子でも。
だけどいらない鈍感力で気付かないでいられた。
それどころかプライドだけ肥大していって、笑われるほど傲慢で嫌な人間になっていたのよね。
先生も注意すればいいのに、我関せずって感じ。
そもそも聞いているのかしら?
むかむか腹が立ってきて、私は先生を睨みつけてから、くすくす笑っている女子を睨みつけた。
途端にみんな口をぴたりと閉ざす。
そうよ。人が話しているときは静かに聞くものなのよ。
以前の私ならこの笑いの中心にいたんだけれど、それは棚に上げておきましょう。
さあ、次はいよいよ私の番だわ。
黒歴史を真っ白に塗り替えてみせるわ!