訪問1
「――いよっし! やるのよ、セキトウ!」
って、自分の声で目が覚めたわ。
大きすぎる寝言なんて自分が怖い。
蝶子たちの会話はよくわからない言葉もあったけれど、とにかくセキトウは蝶子の使用人ね。
そしてあの二人から慰謝料を徴収する係なんだわ。
少し甘い気もするけれど、あの泥棒猫はまだやる気っぽいし、頑張るのよ、蝶子!
「おはようございます、ファラーラ様。今朝はいつもよりお早いですね。やはりお出かけが楽しみでいらっしゃるのでしょうか?」
「は? あ、ああ。お出かけね……」
私よりもシアラのほうが楽しみなんじゃないかってくらいにこにこしているわ。
実は気乗りしないんだけど、仕方ないわね。
チェーリオお兄様にお会いするんだもの。
朝食をとってお出かけ用のドレスに着替えて支度が終わったところで執事が呼びに来たわ。
ちょっと約束より早くないかしら。
「――ファラーラ嬢、おはよう」
「おはようございます、殿下」
朝からごきげんの殿下にお行儀よく挨拶をして、ソファに座る。
殿下はそれを見届けてから、座っていたソファに改めて腰を下ろしてカップを手に取った。
おかしいわね。
なぜ今日も殿下とこうして一緒にいるのかしら。
予定ではフェスタ先生の別邸にいらっしゃるチェーリオお兄様をお訪ねする予定だったのに。
いえ、予定変更はしていないわ。
ただそこに殿下が同行されるだけ。
私はチェーリオお兄様にお会いしたい。
フェスタ先生は私が押しつけた――お願いした用件をすませてしまいたい。
それがどうして何がこうして悪魔合体したの?
殿下に狡い大人や世の中の理不尽さを教えてくださるなら、別でやってほしかったわ。
そう伝えるとずうずうしいとまで言われてしまったのよ。
私に狡い大人を教えてどうするの?
ブルーノ・フェスタめ、この恨みはらしてみせる。
フェスタ先生のお宅訪問したら、本棚に綺麗に並んでいる本をばらばらに並べ替えたり、置いてある物の位置を変えたりしてやるんだから。
探し物で時間を無駄にするといいのよ。
「チェーリオ殿にお会いするのは久しぶりだけど、また色々な話が聞けるのは楽しみだな」
「……チェーリオお兄様とはよくお話をされていたのですか?」
「以前は王宮によく出入りしていたからね。治癒魔法について興味深い話がたくさん聞けたよ」
「そうですか……」
何だかモヤモヤするのは、私の知らないチェーリオお兄様を知っているからかしら。
殿下は私とはほとんどお話してくれなかったのに。
まあ、昔のことだし別にいいけれどね。
「ところで、どうしてチェーリオ殿はフェスタ先生の屋敷にいらっしゃるのかな? 一度はこちらに帰っていらっしゃったのかい?」
「…………ここでは研究に集中できないからだそうです」
「そうなんだ。フェスタ先生のところは設備が充実しているのかな? 楽しみだね」
「……そうですね」
フェスタ先生が言うには、チェーリオお兄様は私を避けるためにお家に帰ってきてくれなかったみたい。
私はそんなに研究のお邪魔をしていたの?
本を読んでいらっしゃるときなどに、どっちのドレスが似合っているか、リボンの色は何色が可愛いかなんてちょっと選んでもらっていただけなのに。
あと、午後のお茶に付き合ってもらったり、その日あったことのお話を聞いてもらったりしたわ。
それに枯れた葉っぱがお部屋にあったから捨ててあげたり、綺麗なお花の咲いた鉢があったから居間に飾ったりもしたわね。
そうだわ。最後のはまずかったかもしれない。
きっと研究に使う薬草か何かだったのよ。
あのあと家族みんながせき込んで大変だったのよね。私は平気だったけど。
「ところで、その、ファ、ファラーラ嬢」
「はい、殿下。何でしょう?」
「いや、うん。えっと、あれだね」
「どれですか?」
カップを置いた殿下は両手を膝の上で握りこぶしを作っているわ。
これはきっと真面目な話ね。
何だか言いにくそうにしているし、ひょっとしたら婚約解消の話かもしれない。
そう思って、私もカップをテーブルに戻して姿勢を正す。
だけど殿下はなかなか口を開かなくてもどかしいわね。
そうだわ。
ここは言いやすいように私が促してさしあげましょう。
「殿下、何でもおっしゃってください。私はどんなことでも大丈夫ですから」
あまりにこにこしすぎると、プレッシャーから言いにくくなるかもしれないわ。
だからちょっとだけ心配そうな顔で覚悟を決めていますよ、という表情にしてみる。
うまくできているかしら?
ジェネジオに演技が下手だと言われたことが今さら気になるわ。
だけど殿下はほっとしたような顔で私をまっすぐに見た。
顔が少し赤いのは罪悪感かしら。
この際、どうでもいいわ。
さあ、こい!
「その、僕のことは『殿下』じゃなくて、名前で呼んでくれないかな?」
「……へ?」
「それと、僕もファラーラ嬢のことを『ファラ』って呼んでもいいかな?」




