学園1
とは決意したものの、本当にこれでいいのかしら……。
目の前の算数の問題を見つめながら、思わずため息が漏れる。
問題が簡単すぎて困るのよね。
以前は勉強嫌いのまま学院に入って、コンプレックスを傲慢さでカバーしていたから、馬鹿なままだった。
試験は受ける必要ないとかどうとかって、拒否していたもの。
あの悪夢が本当のことなら、自分がどれだけ我儘だったかよくわかるわ。
そりゃ、殿下だって呆れるわよ。
取り巻きはいても友達はいなかったしね。
算数以外の勉強もできる。
問題は語学。
こればっかりは一から勉強になるから仕方ないけれど、子供の柔軟さというか割とできないこともない。
ダンスや礼儀作法もできるし、先生もお母様も私に変な期待をかけ始めている。
だけど、今は神童でも大人になればただの人、間違いなしだもの。
魔法についてはまだ基本しかできないけれど、魔力測定で魔力が高いことはわかっているのよね。
そうじゃないと、殿下の婚約者には選ばれなかったもの。
殿下からは一度手紙が届いただけ。
内容は社交辞令だけの婚約者への義務的なもの。
そこに殿下の感情はなくて、なさすぎて逆に殿下のお気持ちがよくわかってしまった。
だから明日からの学園生活がすごく憂鬱。
学院は四日あって三日休み。
そこで主にするのは魔法の勉強。
時間は十時から十六時まで。
魔力がある子供の義務教育のようなもので三年間。
ただ魔力がある子はたいてい貴族の子女だから、一般の子たちはほとんどいない。
また特別に家庭で資格のある先生に魔法を教えてもらえるなら入学の必要はない。
私も家庭学習でもよかったんだけど、殿下が通われているからという理由で入学を決めたのよね。
今さら行きたくないなんて、前の私なら言えたけれど、今の私では申し訳ない気がして言えない。
たまに自分が本当にファラーラなのか疑問に思う。
悪夢の中のファラーラはもっと傲慢で我儘で、自分を中心に世界は回っているくらいに考えていた。
それなのに今の私は蝶子よりもみんなに気を使っていて、気味悪がられている。
最初は家族も病気じゃないかって心配してきたくらい。
シアラは未だに私が爆発するんじゃないかって怯えているけれど、少しずつ力は抜けてきているかな?
問題は同年代の子とその親たち。
人気取りのために私が機嫌を取ろうとしているって思っているみたい。
「はあ~、嫌だなあ~」
「ファラーラ様、どうなされましたか? 少し休憩されますか?」
「……うん」
思わず声に出てしまって、シアラが心配してくれる。
私はあんなに嫌な子どもだったのに、いくら使用人とはいえずっと仕えてくれているなんて、何か事情でもあるのかしら。
田舎のお母さまがご病気とか?
「シアラのご両親はお元気?」
「私の両親ですか……?」
「うん、兄弟とかどうしているの?」
「……私の両親は幼い頃に亡くなり、伯母夫婦に育てられました。そのご縁でこちらで働かせていただくことになったのです。兄弟は弟がおりますが、弟は別のお屋敷で働いております」
「すごく借金があったりとかするの?」
「はい?」
「あ、いえ、うん……。そういう物語を読んだことがあるから……」
「いいえ、私も弟も借金はございません。いただくお給金だけで十分に暮らすことができておりますので、こちらの皆様には本当に感謝しております」
「そっか……。それはよかったわ」
変なことを聞いてしまった。
でも借金の形に売られたわけでもないのに、よく私専属の侍女で我慢できていたわよね。
それも何年も。
シアラなら魔法も使えるんだから、他にも働き口はあるでしょうに。
「……ねえ、シアラは学園に通ったの?」
「はい。幸いにして魔力がございましたので、三年間通わせていただきました」
「学園って、どんなところ? その、友達とかできた?」
そういえばシアラがこの家以外の使用人と親しくしているところを見たことがないもの。
って、当り前ね。
使用人が休日に何をしているかなんてわからないし、使用人宛ての手紙を私が目にすることも……あったわ。
あの悪夢の中で、確か何年後かにシアラの恋人からの手紙を私が奪い取って炎魔法で燃やしてしまったんだわ。
本当に本当に、私ってば最低。
自分のしたことを思い出してずーんと落ち込んでしまった。
だけど、シアラは私が今日一日ため息ばかり吐いていた理由に納得したらしかった。
「学園は……ファラーラ様なら絶対に大丈夫でございます。確かにはじめは緊張されるかもしれませんが、すぐにお友達もできますわ。すでにお知り合いはいらっしゃるわけですし、何より婚約者の王太子殿下がいらっしゃるのですもの」
「……うん、そう、だよね」
シアラが難しそうな顔をしたので、大変なのかと思ったら励まされてしまった。
ただその婚約者が問題なんだよね。
関心がないというより、たぶん嫌われている。
すでにいる知り合いにも嫌われている。
これって四面楚歌なんじゃない?