杖1
「今のうちに言っておくが、来週から杖を使うからな。まだ持っていない者はそれまでにちゃんと用意しておくんだぞ」
いよいよ来週から杖を使った授業が始まるのね。
楽しみだわ。
杖がなくても魔法は扱えるけれど、魔法の杖があれば威力は倍増。
ただ取り扱いに注意が必要で、今まで使うことは許されなかったのよね。
高名な魔導士が所有している杖は名前がつけられて有名になるくらい、魔法を扱うには杖が大切。
そういえば、いつもシアラが腰から下げている杖を折ったこともあったわね……。
もちろん私は入学前から準備しているわ。
最高級の美しい杖をね。
そうね。名付けるとしたら〝白鳥のくちばし〟はどうかしら。
……やめておきましょう。杖の先から鳩が飛び出すイメージしか湧かないわ。
白鳥はどこに消えたの。なぜ鳩なの? クルッポー。
「ファラはもう杖を用意しているの?」
「ええ。エルダは?」
「私はまだなの。それで週末、フミと買いに行こうと思っているんだけど、どんなものを選んだらいいのかわからなくて。予算もないから中古にしようと思っているの」
「中古品? それって誰か別の人が使っていたものでしょう? 変な癖がついているのではなくて?」
「そうかもしれないけど、それは仕方ないよね。そのうち慣れるよ」
「……そう」
私の友達のエルダが、大切な杖を誰かの使用済みで我慢しようとしているなんて。
そもそも特待生って、全額援助ではないの?
杖は大切な教材の一つなのに?
うーん。気になるわ。
だって、馴染まない杖を使って魔法を扱うなんて事故の元よ。
マッチ一本だって火事の元なのに。
「――だからどうして杖も支給にしないのですか?」
「教科書等は使用者を選ばないが、杖は相性のようなものがあるだろう? 自分で選んでピンときたものを使うのがいいんだ」
「それはわかります。でしたら自分で選ばせればいいのではないですか。あとで学園に請求がくるようにすれば問題ないでしょう?」
エルダの杖の話を聞いて、何となく腑に落ちなくてフェスタ先生に相談することにしたのよね。
それなのにやっぱり納得いく答えは返ってこない。
「簡単に言うなよ。そういう請求は本当に買ったかどうか審査を通さないといけないんだぞ。購入品と請求品が違うなんてことはよくあるんだから」
「それって不正が行われるということですか?」
「その通りだ。ファッジン公爵家御用達のテノン商会ほどの大手がやるとは思わないが、生徒たちがどんな店で買うかはわからないからな」
不正が心配なら、不正をさせなければいいだけの話ではないの?
学園も舐められたものね。
それともこれは学園側の怠慢かしら。
購入するお店を指定すればいいのに。
本当なら私がエルダに新しい杖をプレゼントしたいけれど、きっと遠慮するわよね。
それにエルダのお友達のトミさんにも悪いわ。
トミさんじゃなくて、マミさんだったかしら?
とにかく、杖の一本や二本くらい大した金額じゃないからプレゼントしたいけれど、どうやるかよね。
「そうだわ、いいことを思いつきました!」
「いいことじゃなくて、面倒なことな」
「今度の週末……いえ、休日はゆっくり休みたいので、その前日の放課後に特待生たちを講堂に集めてくださいませんか? 一年生だけでなく、二年生も三年生も」
「聞けよ、私の話を。それで店でも呼んで生徒に選ばせるつもりか?」
「はい、その通りです」
名案を思いついたのに、フェスタ先生は大きくため息を吐いた。
何が不満なのかしら。
「あのなあ、今から店を呼ぶにしても、どれだけの商品を用意させるつもりだ? あまりに急すぎるだろ。それに予算だってすぐには下りない」
「予算?」
「特待生全員分の杖の代金なんて、今年度の学園の予算にはないんだよ」
「ああ、要するにお店とお金の問題ですね。それなら心配いりませんわ。お店はテノン商会を呼びます。杖の代金は私が出しますわ」
そんなに簡単なことならすぐに解決できるから、お父様に話を通すまでもないわね。
特待生が百人いたとして、杖百本でしょう? それくらいなら私の財産で支払えるわ。
将来の貯蓄が減るのは痛いけれど、エルダが気にせずちゃんとした杖を手に入れるためよ。
テノン商会のほうはジェネジオに声をかければすぐね。
できない、なんて国一番の商会の名にかけて言うはずがないわ。
「簡単に言うなよ。そういうことは職員会議を通して、それから理事会にかけて――」
「大人って、本当に簡単なことを面倒なことにするのが得意ですね。まあ、下っ端……あら、失礼。若手のフェスタ先生にお願いしても無駄なことはわかりました。これから学園長に掛け合いますわ」
「おいおい、いきなり学園長に会えると思っているのか?」
「当然ではありませんか。だって、私はファラーラ・ファッジンですもの!」
ここで王太子殿下の婚約者、そしてファッジン公爵家の威光を使わなくてどうするの?
だけど、使わせてもらうからには殿下にだけは先に話を通しておきましょう。
二年生は今日はまだ授業があったはずだから、しばらくラウンジで待ちましょうか。




