覚醒3
「おめでとうございます、ファラーラ様」
「ファラーラ嬢、ご婚約おめでとうございます」
「――ありがとうございます。皆様。このたび光栄にもエヴェラルド殿下の婚約者に選ばれたことは大変嬉しく、喜ばしい気持ちでいっぱいでございます。ですが喜んでばかりいるわけにはまいりません。殿下の婚約者として恥ずかしくないよう、これからも一層努力を続けてまいりますので、皆様、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」
カルリージ伯爵夫人主催のお茶会に出席すれば、はじめの挨拶で伯爵夫人が私の婚約に祝福をしてくださった。
それから改めて多くの人たちから祝福され、私は笑顔でお礼を言ったのだけれど……。
何でみんな一瞬沈黙したの?
そんなに私、変なこと言ったかしら?
すぐに伯爵夫人が「おほほ」と笑って「もったいないお言葉を……」とか言っていたけれど(最後は聞き取れなかったわ)、何だか微妙な空気でお茶会は始まった。
「――ファラーラ、あなたどうしたの?」
「お母様? 私、それほどに変なことを言いましたでしょうか?」
「いいえ、びっくりするくらいの模範的挨拶よ。だからこそみんなびっくりしているのよ。シアラから今日のあなたは様子がおかしいとは聞いていたけれど、熱でもあるのではないかしら? 退席させていただく?」
「……いいえ。大丈夫です、お母様。私はもう十二歳ですよ? 殿下の婚約者として、恥ずかしくないよう心を入れ替えたのです」
「たった一晩で? ああ、それでは私の今までの努力は何だったのかしら……」
和やかとは言いがたい空気のお茶会で、お母様がこっそり話しかけてくるから何かと思えば酷い。
いえ、それほど私が酷かったということよね。
優しいお父様と違って、何かとうるさいお母様だと思っていたけれど、私を矯正しようと必死だったのね。
そうよ。思い出したわ。
あの悪夢の中では、このお茶会でも伯爵夫人の祝福のあとの私の挨拶は――。
『ありがとう、皆さん。この先、私は王太子妃、王妃となりますが、皆さんとは変わらぬお付き合いを続けていくつもりですので、どうぞ遠慮なく過ごしてくださいね』
――だったわ。
それって、どこの傲慢女王様!?
ああ、どう考えても黒歴史。
悪夢でよかった。
とはいえ、お母様の驚きからも、みんなの呆気に取られたような態度からも、私はそれを言いかねなかったってことよね。
どれだけ性格悪かったの、私。
本当に客観性って大事だわ。
今でも冷静に周囲を見渡せば、こそこそと私のほうを見て話しているご婦人方や同年代の女の子の姿が見える。
あれはたぶん私の悪口ね。
まあ、悪口っていうのは言い過ぎかもしれないけれど――。
『いったいどういった風の吹きまわしかしら?』
『どうせ今だけよ』
『きっと人気取りね?』
『ほら、昨夜の殿下の冷めたお顔をご覧になった?』
『そうそう! 殿下もお気の毒に。あんな我が儘な娘と婚約させられたんだもの。いくら陛下とファッジン公爵がご親友だからってねえ?』
――って、聞こえもしないのに、何を言っているのか聞こえるようだわ。
ひょっとして私には妄想癖があったとか?
今のは妄想?
だとしたら、あの悪夢も蝶子も妄想?
蝶子は私が勝手に作り上げた世界の中の人物?
だとしたら、妄想の中の蝶子が私の夢を見ていたってこと?
やだ、怖い。
だけど、あの世界はすごく生々しかった。
こことはまったく違う世界。
魔法はないけれど、魔法のようなものがたくさんあった。
そう、たとえばスマホ。
スマホが欲しい。今すぐ欲しい。
こんな退屈な噂話ばかりしていないで、スマホでゲームしたい。
憧れのセレブのSNSを見ていたい。
まあ、あの世界でもこういう場でスマホを触りだすとドン引きされたけれどね。
ああ、退屈。
噂話は楽しいけれど、建設的じゃないのよね。
あら、建設的だなんて言葉が私の頭の中に浮かぶなんて天変地異の前触れかも。
さすが蝶子として社会人経験をしただけあるわ。
最後には婚約者に振られたけれど。
もし、あれが夢じゃなくて。
もし、蝶子も同じように夢を見ていて。
もし、目覚めて十二歳に戻っていたら。
蝶子もやり直しができるといいな。
蝶子は運転手付きのセレブな生活に憧れていて、SNSを見るのが大好きだった。
あの世界では十分、蝶子だってセレブだったのに。
だけど、世界は違えど今の私は蝶子の憧れのセレブじゃない?
運転手付きの車はないけれど、御者付きの馬車ならある。
希望すれば一度袖を通したドレスは二度と袖を通さなくてもいい生活ができる(今までそうしていたんだけど)。
それなら――。
もし、蝶子が今の私を夢に見ているのなら。
もし、この生活をSNSみたいに楽しんでくれたなら。
もし、私がこの先素敵な人生を歩むことができたら。
そうよ。決めたわ。
私は蝶子のために、あの悪夢のような結末を迎えないよう頑張るわ!