王太子7
どうしよう。
どうやってジェネジオ・テノンのことを切り出せばいいのだろう。
今までのファラーラ嬢はうんざりするほどおしゃべりだったのに、最近は一緒にいてもちっともしゃべらない。
ぼんやりして僕のことなんて見ていないみたいだ。
やっぱり王太子であるだけの僕にしか興味がないのかな?
「――このお茶、すごく香りがよくて美味しいね」
「それは当然ですわ。その茶葉はテノン商会を通して海を渡った異国より取り寄せたとても貴重な……ものですので、殿下にお褒めいただき光栄です。ありがとうございます」
結局、気の利いた話のきっかけも思いつかず、ありきたりなことしか言えなかった。
だけどファラーラ嬢はぱっと顔を輝かせて茶葉の説明をしてくれたけれど、それってジェネジオ・テノンが関わっているためなのだろうか。
「……テノン商会といえば、ジェネジオ・テノンと何か楽しそうなことをしているんだって?」
「へい!?」
「以前よりも頻繁に呼びつけているらしいね。しかも採寸係などを部屋に入れることもなく、二人きりでこそこそと何かをしているとか?」
「ふ、二人きりではございません! シアラが――侍女が常に傍におりますもの!」
「ファラーラ嬢に忠実な侍女らしいね?」
ああ、違うんだ。
こんなことを言いたかったわけじゃないんだ。
これではまるで嫉妬丸出しじゃないか。
どう取り繕うべきか考えているうちに、ファラーラ嬢はにっこり笑った。
だけど目が笑っていないよ。
「殿下は、そのことをどなたからお聞きになったのですか?」
「……ある人が心配して教えてくれたんだ。婚約者であるファラーラ嬢の行動は僕の評判にもつながるから、気をつけたほうがいいと」
「では殿下は、私とジェネジオの関係よりも、ご自分の評判を心配されて、今のようなご質問をされたのですか?」
「い、いや、違うよ。評判云々はどうでもいいんだ。ただそんなにジェネジオと一緒にいるなんて、何をしているのか気になっただけで……」
僕は馬鹿だ。
これではやっぱり嫉妬していると言っているようなものじゃないか。
だけどファラーラ嬢からは先ほどの怒りは消えたようだ。
よかった。
ひょっとして僕が嫉妬していると思って嬉しいのかな?
いや、違うな。
またファラーラ嬢は僕が目の前にいるのに、見えていないかのように考え事を始めたらしい。
ちょっと酷くないかな?
婚約を望んだのはファラーラ嬢で、僕は婚約者に会いにきたのに、喜んでいるようにはまったく見えない。
そう思ってモヤモヤしていると、ファラーラ嬢は意外な質問をしてきた。
「殿下は、どのような女性がお好みなのでしょうか?」
え? 何、その質問。
突拍子がなさすぎて、ちょっと意地悪をしたくなるよ。
「そうだなあ……。美人で頭がよく、控えめだけれど明るく、僕を常に立ててくれて、楽しく会話できる人かな」
「そうなんですね」
ええ!? 納得した!?
そこは笑ってくれるか、高望みだとか言って怒ってくれないと。
僕が馬鹿みたいじゃないか。
「嘘だよ」
「はい?」
「今の、好みの女性像。全部嘘だよ」
「え!? 嘘!!?」
内心では慌てていたけど、ふと昨日のサラの言葉を思い出した。
大人な男はきっとここで、慌てて否定したりしないはずだ。
余裕ぶって笑ってみせると、ファラーラ嬢はかなり驚いていた。
僕はいったいどんな傲慢な男だと思われているんだ。
だけどだんだん笑いがこみ上げてくる。
びっくりしたファラーラ嬢を見ていると、あれこれ考えていた自分がおかしい。
「ずっと心ここにあらずって感じだったから、ちょっと意地悪をしただけだよ」
「意地悪……」
「普通に考えて、理想が高すぎだろ?」
「……そうですか? 殿下なら別にそれぐらいお望みになってもおかしくはありませんわ」
「いやいや、おかしいよ。そもそも、それならファラーラ嬢はその条件に当てはまると思っているってこと?」
「はい!?」
「だから婚約を望んだってことだろ?」
「あ、あの頃の私はまだ……子供だったのです」
「正式に婚約してからまだふた月あまりだよ? しかも話が出たのも数か月前なのに?」
「あのときはまだ十一歳でしたもの。でも今は十二歳ですわ」
まだ大人の余裕はないけれど、彼女をからかう程度の余裕は生まれてきた。
するとファラーラ嬢はツンとした表情で言い訳を口にする。
その表情はよく知っている傲慢なファラーラ嬢なのに、口にした言葉はあまりにも拙く、その落差がおかしくて声を出して笑ってしまった。
ファラーラ嬢はそんな僕をびっくりして見ているけど、僕自身もびっくりだよ。
こんなに声を出して笑ったのは初めてかもしれない。
やっぱり彼女は変わったと思う。
今目の前にいるファラーラ嬢はどこかチグハグで、それでも一緒にいて楽しい相手なんだから。
もっと一緒にいるにはどうすればいいのかな。
そもそも婚約者って何をすればいいんだろう。
ここは年上の男として、彼女をリードすべきだよな?
なんて考えていたら、ファラーラ嬢からデートの誘いをしてくれた。
ジェネジオ・テノンもいるのは気に入らないが、いきなり二人きりよりもお目付役がいたほうがいいよな。
うん。予定ならいつでも空けるよ。




