王太子4
おかしい。やっぱり絶対におかしい。
僕の記憶にあるファラーラ・ファッジンと先ほど会った彼女は別人のようだった。
変わったとの噂は嘘でも何でもなく、本当だったらしい。
「なあ、あんなに人って変われるものか?」
「……僕も驚いたけれど、勉強も頑張っているとの報告もあったし、このひと月で本当に変わるよう努力しているんじゃないか?」
僕のために――いや、王太子の婚約者としてふさわしくあるために。
相変わらず優しい公爵夫人の暴露話にあわあわしている姿はちょっと可愛いとか思ってしまった。
あのファラーラ・ファッジンなのに。
「俺は絶対あれは演技だと思う。そのうち正体を現すぞ」
「……演技だとしてもいいじゃないか。今のところ誰にも迷惑をかけていないんだから。以前のファラーラ嬢なら間違いなく、学園でトラブル頻出だったと思うよ」
「だからこそ、おかしいんだよ。学園に入学してきたら、トラブルを理由に生徒会から退学勧告をして、その流れでお前との婚約を破棄できるようするつもりだったのに」
リベリオの言葉に、僕は驚いて一瞬固まってしまった。
この婚約が嫌だとは一度も口にはしていないけれど、やはり態度から伝わっていたらしい。
そんな僕のためにリベリオが動いてくれようとしていたことは嬉しかった。
だがやり方を間違えてはいけない。
それをどう注意すればいいか悩んでいるうちに数日が経過し、なぜか肝試しなどすることになってしまった。
僕はいつも行動が遅い。
「なあ、リベリオ。本当に肝試しなんてするのか?」
「もちろん。人間、いざってときに本性が出るからな。昨日の様子から思うに、ファラーラ嬢は怖いことは苦手だと思うんだよ。それなのに誘いに乗ってきたのはお前と――王太子殿下と一緒にいたいからだろ。ついでにサラも誘ったら喜んで乗ってきたから、サラにもファラーラ嬢のことを見てもらおうぜ」
「悪趣味だよ……」
何だかモヤモヤする。
ファラーラ嬢が七不思議の話に興味があるなんて嘘を吐いたことには気付いたけれど、その前に嬉しそうに微笑んでいたのは何を考えていたのだろう。
とにかく、怖がっているとわかっていながら肝試しに誘うなんて、ちょっと度が過ぎないか?
ファラーラ嬢が受けたのはおそらく友達のためだと思う。
それをわかっていてリベリオを止められない自分にもモヤモヤする。
少し遅れてサラがやってきたけれど、伯爵夫人に心配されたらしい。
当然だろう。サラは昔から僕たちと遊ぶときに無茶をしてばかりだったからな。
人工池ではボートを自分も漕ぎたいと言って、オールを任せたらリベリオとぶつけ合ったりしてお付きの者たちをはらはらさせていた。
「――殿下、よろしければそちらの女性を紹介してくださいませんか? 以前、お名前を伺った気はするのですが、失礼ながら覚えていなくて……」
今日は無茶をするなよとサラに目で伝えていたら、ファラーラ嬢から紹介を頼まれた。
婚約パーティーのときに紹介したけど、やっぱり覚えていなかったか。
それじゃあ入学初日に話をしていたのは面識があったからというわけではないのかな?
「彼女はサラ・トルヴィーニ。トルヴィーニ伯爵の令嬢で、彼女の母親と僕の母親が遠縁に当たるんだ。それで幼い頃から一緒にいることも多かったから、妹のようなものだよ」
「ええ? エヴェラルド様ってばひどいですわ。同じ年なのに妹だなんて」
「サラは頼りないところがあるからな。同じ年だってことを忘れてしまうよ」
「もう、本当にひどいです~」
サラは僕の紹介に不満があったらしいが事実しか言っていないぞ。
しかし、サラの話し方が変じゃないか?
「今回だって、無理に一緒に行きたいって言ったんだろ? 伯爵夫人が心配するのも当然だろうに」
「ええ……だって、リベリオから聞いてすっごく楽しそうだったからぁ」
リベリオとサラが一緒になるとろくなことをしないからな。
二人は別行動にしたほうがいい。
そうなると組み分けは……と話し合いの途中で、ファラーラ嬢の友人の一人が残ると言い出した。
彼女は確か一般生徒で、ファラーラ嬢となぜ一緒にいるのかとみんなが不思議に思っている子だ。
リベリオはファラーラ嬢がきっと小間使いのように便利だから傍に置いているんだろうと言うが、そうは思えない。
それどころか、今彼女はファラーラ嬢と手を繋いでいる?
暗闇のせいで見間違えたかと思ったが、現実のようだ。
「それではリベリオ様とミーラ様、レジーナ様が組まれて、殿下とトルヴィーニ先輩がご一緒されればよろしいのでは?」
嘘だろ?
今までずっと何度も何度も離れようとしても僕にべったり引っ付いていたファラーラ・ファッジンが、友人のために残ると言うだけでも驚きなのに。
いくら幼馴染だとしても、サラと二人きりにしてもいいと言うなんて、本当に別人じゃないか。
「じゃ、じゃあ、さっそく始めましょうよ。ファラーラ様がおっしゃっている通りの組み分けで問題ないでしょう?」
「……ああ」
「それでは、行ってくるよ」
「ええ、行ってらっしゃいませ。どうぞお気をつけて」
まだ信じられないでいるうちに、サラに腕を引っ張られて校舎の入口へと向かった。
リベリオもさすがに驚きを隠せないでいるようだったが、本当にファラーラ嬢に何があったのだろう。
「――ねえ? ねえ、エヴェラルド様。聞いていらっしゃる!?」
「え? ああ、ごめん。聞いていなかったよ、何?」
「もう、ひどいです。いつもエヴェラルド様は私の話を聞いてないんだから」
こういうところは女性特有なのかな。
サラが相手でもちょっと面倒くさいと思ってしまう。
今は聞いているんだから早く話してほしいとは思っていても、それを口に出してはいけないと教育係も言っていた。
紳士って面倒くさいよな。
「私、さっきはショックだったんです。ファラーラ様に名前を知らないふりをされて」
「ふり?」
「ええ。私のことは殿下が以前、紹介してくださったじゃないですか。それに私自身もファラーラ様が入学された初日にお会いして名乗りましたもの。でもそれをあの場で言うわけにもいかなくて……」
「そうか……」
やっぱりあのとき話はしていたのか。
それならどうしてファラーラ嬢は知らないふりをしたのだろう。
そう思っていたら、サラが答えをくれた。
「ファラーラ様はきっと私のことが気に入らないのね。エヴェラルド様の幼馴染だから……。それなのに、リベリオに頼まれてわざとエヴェラルド様に甘えてみても嫉妬した様子はないんだから、本当はエヴェラルド様のことを好きではないのかも……」
「ああ、それはそうだと思うよ。ファラーラ嬢は僕が王太子だからこそ婚約を望んだんだよ」
「ええ~、それってひどいわ! エヴェラルド様はそのご身分じゃなくて、エヴェラルド様自身に魅力があるのに」
「へえ? それは初耳だな。たとえばどんな?」
「え……っと。もう! からかわないで!」
サラと二人きりで話すのは久しぶりだけど、昔と変わらなくて安心した。
さっきべったりしすぎていたのはリベリオに頼まれていたからなんだ。
リベリオにはちょっと言っておかないといけないな。




