噂2
「噂になっているのなら仕方ないわ。本当はまだ内緒にしておきたかったのですけれどね……」
「は、はい」
残念そうに首を横に振りながら私が声を潜めると、教室内が静かになった。
ええ、みんなが先ほどから私たちの会話に聞き耳を立てていたのは気付いていたわ。
だからこれから言うこともちゃんと聞いて広めてね。
ミーラ様とレジーナ様がぐっと私に近づいたところで、それほど声を落とさず続ける。
「今、新しい化粧品の開発をジェネジオに手伝ってもらっているの。だけどなかなか難しくて、満足いくものができないのよ」
「ファラーラ様が新しい化粧品を?」
「ええ。魔法でお肌の状態を誤魔化すだけなんて虚しいでしょう? お肌にもよくない気がするし。だから私は本物で勝負したいの。それで今、とても素晴らしいものを(ジェネジオが)作っているところなの」
「なんて素敵なお考え! さすがファラーラ様ですわ!」
「ええ、ファラーラ様ならきっと素晴らしいものを完成させられますわ。楽しみにしております!」
「いつ頃完成予定なのですか? テノン商会が関わっているのなら、商品化されるのでしょうか? ぜひお譲りいただきたいです!」
「レジーナ様ってば、気が早いですわ。たとえ出来上がったとしても、十分に安全性と効果を調べてから商品化しますので、少なくとも半年……一年はかかるでしょうね」
この調子だとファッジン公爵家の名前を使う必要もないかもしれないわ。
ミーラ様とレジーナ様だけでなく、他の女生徒たちもわくわくしているのがわかるもの。
噂がてら大いに宣伝してくださいな。
もちろん、サラ・トルヴィーニとリベリオ様の親密な仲も一緒にね。
「安全性や効果を十分に調べられてからなんて、さすがファラーラ様ですわ!」
「あら、それは一番大切なことでしょう? 大げさな効能を謳うつもりもないですし、安全性の不確かなものを私自身が手にするつもりは一切ありませんもの。私は私が使いたいものを作るだけ。それをジェネジオに協力していただいているから、商品として許可するのよ。しっかり(ジェネジオが)調べるから安心してほしいわ」
「はい! 楽しみにしております!」
「私もぜひお願いします!」
サラ・トルヴィーニのおかげでいい感じに新しい化粧品の宣伝ができたわ。まだ完成していないけど。
商品というのは待てば待つほどプレミア感も増すし、半年でも一年でも待ってもらえばいいのよね。
ミーラ様に言った通り、私が使いたいものを作るのだから、製品に自信はあるわ。まだ完成していないけど。
そうね。完成したら完全受注生産にして市場の流通数を制限しようかしら。
いえ、最初はそこまでする必要はないわね。
まずはブランドを浸透させて、それから価値を高めていくのがいいわ。
席に着いてから、これからの野心――ではなく展望をあれこれ考える。
この時間がまた楽しいのよね。
鼻歌は歌わないように我慢しながら、鞄から教科書を取り出していたら、教室内がざわりと揺れた。
何なの? エルダが遅いけれどまさか何かあったとか?
いつもはもう登校しているはずのエルダがまだなことで急に心配になって顔を上げたら、殿下が近づいてきていてびっくり。
「……おはようございます、殿下?」
「おはよう、ファラーラ嬢。今朝の体調はどう?」
「気分も天候も視界もとても良好です。ご心配いただき、ありがとうございます」
わざわざ心配して教室まで来てくださったのはありがたいけれど、目立つのでできればやめてほしかったです。
ああ、ほら。殿下がそこに立っていらっしゃるから、エルダが遠慮して近寄れないでいるではないですか。
「そうか。それなら安心したよ。湖畔からの帰りの馬車でもあまり気分がよくなさそうだったから。医師は大丈夫だと言っていたが、やはり今日はあまり無理はしないほうがいいよ」
「はい、そういたします。ありがとうございます」
あああああ。
殿下、お忍びの意味をわかっていらっしゃいますか?
あえて殿下の名前は出さずに昨日のことを説明していたのに。
そんなにほっとしたお顔で微笑まれても困ります。
ミーラ様もレジーナ様も嬉しそうに顔を輝かせているわ。
ええ、あとでちゃんと白状します。殿下も一緒でした。
情報通のミーラ様はもちろん情報を流すのも大好きですものね。
昨日のお出かけは殿下の教育のため、なんて言えるわけもなく。
だけどサラ・トルヴィーニとリベリオ様とは別行動だったと、それだけはちゃんと伝えないと。
まさかこれが午後には『殿下とファラーラ嬢は結婚後のための別荘を湖畔に購入予定』なんて噂になるとは思いもしなかったわ。
結婚後って、いったい何年先の話だと思っているのかしら。
そもそも結婚なんてしないわよ。




