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蝶子4

 

「無事に退院もできたし、そろそろ結婚式の日取りを決めてもいいと思うんだ」

「日取りを?」

「ああ、式場は前から蝶子が言っていたホテルでいいだろ? 招待客の人数を考えるとあそこの大広間が一番だと思うしね。早く日取りを決めないと、俺や両親の予定もあるからさ」



 病院で退院手続きを終えて車に乗り込んだ途端にする話なのかしら。

 今日はお母様が迎えにきてくれるのを、彼が送るからと私の意見を聞くこともなく断ったのよね。

 わざわざ仕事を抜けてまで私に付き合ってくれる彼に、お母様は大切にしてくれているのねって喜んでいたけれど、なぜか私は素直に喜べないわ。

 とにかく早く家に帰って休みたい。



「……誠実さん、道が違わないかしら?」

「違わないよ。ランチの予約しているんだ。蝶子も病院食ばかりで飽きただろう?」

「……ええ、そうね」



 何だかもう、反対するのも疲れるわ。

 会話もしんどくて窓の外を眺めていたけれど、誠実さんの運転が荒くて驚いた。

 今までもこうだったかしら?



「で、いつにする? 少なくとも半年は先にしないと迷惑だろうから、秋ごろがいいかな? 十月あたりの三連休初日はどう?」

「……ごめんなさい。今はちょっと疲れていて考えられないわ。社長や専務のスケジュールも確認しないといけないし」

「ああ、そうだね。蝶子側の主賓は社長でいいね」

「そこまではまだ……お父様に相談しないと」

「だよなあ。はあ、めんどくせー」



 面倒くさいのは同意だけど、それを今口にする?

 それに半年でも早いわよ。

 今まで日取りなんて話題に出なかったのに、なぜそんなに急いでいるのかしら?


 よくわからないけれど、本当に面倒くさいのはこれからのランチだわ。

 まあ、腹が立ったらお腹がすいてきたから許すけれど。


 それにしても、誠実さん運転中に何度舌打ちしているの?

 以前からこんな感じだったかしら?

 到着したお店でも店員さんに何だか横柄じゃない?


 おかしいわね。

 誠実さんはとても頼もしく思えたのに、今はただの傲慢な人にしか見えない。

 あら、傲慢なのは私もよね。



「――蝶子、改めてこれを君に贈りたいんだ」

「……婚約指輪?」

「ああ、入院中は治療の妨げになるかもしれないからと、外されていたんだ。それを俺がずっと預かっていた。こうしてまた蝶子に贈れることを信じて」

「誠実さん……」



 ちょっとクサイけど、感動もしているわ。

 ちゃんと私のことを想ってくれて、こうしてロマンチックな時間を贈ってくれるなんて。


 お店の人たちからの拍手を贈られる中、改めて指にはめてもらう。

 他のお客様たちからも祝福されて恥ずかしいわね。


 なのになぜかしら。

 この指輪を見た途端、すごく頭が痛くなってきたわ。

 何かを忘れているような気がするんだけど、忘れていることはたくさんあるみたいだから、まだまだ混乱しているのね。



「ちょっと失礼していいかしら?」

「ああ、もちろん」



 帰る前に一度化粧室で口紅を塗り直すのが私の習慣。

 それは誠実さんもわかっているから、笑顔で答えてくれた。

 いつだったか、化粧っけのない女性を見て「みっともない」って彼が呟いていたから、それ以来特に気をつけるようにしているのよね。


 化粧室の大きな鏡の前に立って、口紅を取り出したとき、新たに入ってきた人がいた。

 個室に入るのかと思ったら隣に立つから、少しだけ場所を空ける。

 何なの、この人。ちょっと失礼じゃない。



「まさか誠実さんとよりを戻すとは思わなかったわ」

「……え? あら、ひょっとして咲良?」

「ええ、咲良よ。無事に回復したようで何よりだわ。だってあなたに何かあったら後味が悪いものね。それにしても、こんな平日の暇な主婦がランチするような場所で改めてプロポーズ? だっさ!」

「はあ!? 何なの、いきなり? あなたには関係ないでしょ!」

「そうね。もう関係ないわ。それじゃあ、お幸せにね、()()()



 いきなり現れた学生時代の同級生の咲良は化粧も直さず出ていった。

 本当に何なの、あれ? 嫉妬かしら?

 もっと何か言ってやればよかった。


 本調子でないのが悔やまれるわ。

 落ち着いたら咲良が今何をしているのか調べて報復してやらないと。

 ああ、むかつく。


 それから席に戻ると、誠実さんはそわそわとしていてすぐにお店を出ることになった。

 まあ疲れているから、ちょうどよかったんだけど。


 久しぶりの我が家に帰って、気は進まないけれど一応の礼儀として誠実さんをお茶に誘う。

 だけど仕事が残っているからとかどうとかで、帰っていってしまった。

 よかった。



「これでゆっくり休めるわ……」

「まあ、蝶子。誠実さんはお仕事を抜けて送ってくださったんだから、そんな言い方しないの」

「は~い」



 お母様のお小言を聞き流して、部屋に入るとベッドに腰を下ろした。

 本当に疲れた……。

 荷ほどきはまたにして、今日はもう休もう。


 クローゼットから部屋着を取り出して着替えると、スマホを持ってベッドに横になる。

 そういえばスマホも画面にひびが入ってしまっているし、もう少し元気になったら機種変しにいきましょうかしらね。

 スマホの中身の整理もしたほうがいいかも……なんて考えながら弄っていたら、身に覚えのないデータを見つけてしまった。


 録音機能で何か録音してる? 

 まさかアプリがバグったのかしら?

 ちょっと怖いわね。




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― 新着の感想 ―
[良い点] やれ!しまつしろ!ww
[一言] 録音と来たか… このままの結婚しても問屋がおろさない 世間体が気になるわけではなさそうな 誠実の本性と、咲良の狙いはいかに
2020/02/16 17:21 退会済み
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